第32話 顔見知りが意外と多いデスゲーム

「阿久津さん、そちらの覆面が良くお似合いの人はお友達ですか?」


 ハテナ顔の俺を見て、阿久津さんだけではなく覆面の人も笑う。

 酷いじゃないですか、二人して。

 コミュ障はこういうアウェーな空気が苦手なのをご存じないのでしょうか。


「ああ、いや、すまんのぉ。新汰も知っちょる相手じゃけぇ、もしかしたら気付くかのぉと思ったんじゃが、やっぱり無理やったか」

「いえ、俺は覆面の良く似合う知り合いはいませんが」


「相変わらずだね、奈良原も。別に、ボクだって好きで覆面被ってるワケじゃないんだよ? ほら、これで分かるかい?」


 そして覆面の人が覆面を取った。

 ああ、あなたは——。



「どなたですか?」

「がっはっは! 言うと思うたわ! ほれぇ、ドッジボール一緒にした仲じゃろがい!」



 そう言われてみると、喋り方に少しだけ覚えがある気がします。

 ああ、そのなんだか相手を見透かしたような態度も覚えがあります。

 そうだ、そうだ。

 デスドッジボールでチーム『お金大好き』を結成して俺の必勝法を邪魔した人じゃないですか!



代々木よよぎさん!」

佐々木ささきだよ」



 惜しかったですね。実に惜しかった。


「いや、新汰! なんでお前、人の名前を字面じづらで覚えるの!? 音と顔で覚えなさいっつてんだろうが! その人にも失礼!」

「ペタジーニさんの言う通りですね。ごめんなさい、佐々木さん。覚えていたんですよ? あのー、その、アレです。もう、膝くらいまでは名前が出ていたんですけど」


「喉元まで出そうぜ!? そして膝くらいまでしか出てないなら、その事実は伏せようぜ!?」


 名前をすっかり失念していた佐々木さん。

 それでも怒る様子はなく、それどころか「ふふふ」と不敵な笑みをたたえる。

 なんて良い人なんでしょう。


「君が噂のペタジーニか。なるほど、聞いていた通りの見た目だな。それに、くくっ、その喋り方! 本当に奈良原の言っていた通りじゃないか! あははは!」


「新汰さぁ。オレのいねぇところでオレの事、なんて言ってんの?」

「ありのままですよ? ヒップホップが好きそうな助っ人外国人で、若い頃はお笑い芸人をしていたからツッコミにキレがあって、あとパンチがすごい」


「お前、帰ったらアナと雪の女王を一緒に見ような? ありのままって言葉の意味を、オレと一緒に再確認だ!!」


 とりあえず、刺客側に知り合いが紛れ込んでいるとはつゆも思わず。

 ひとまず事情を聴いてみましょう。


「ああ、覆面かい? ボクも意味が分からなかったけど、合点がいったよ。相手が奈良原だから、顔を見られたらまずいって事だろう?」

「えー。その、佐々木さんは、ええと。やっぱり良いです」


「頑張れ! 諦めんな!! 新汰ならできる!! やれるって!!」


 ペタジーニさんの熱いエールで、何となくやれそうな気がしてきました。

 続けましょう。


「どうして佐々木さんはこの企画に参加を?」

「連絡があったんだよ。副社長の、なんて言ったかな? 島津? とにかく、そいつが一晩で5千万以上稼げる仕事があるから乗らないかってさ」

「相変わらずお金に目がくらんだんですね」

「失敬だな。自分からお金に目がくらむのはこれが初めてだよ」



「どっちも一緒じゃね?」


「ペタさん、ガンバ! ウチら会話に入れそうにないから! ウチらの代表として頑張ってよ! もっとおっきく声出すし!」

「そうです! ペタジーニさん! 出番を貰ってきてください!」

「あつははー! 凪紗ちゃんってば! えーと、まあ、ペタくん頑張って!」


「こんなに嬉しくねぇ声援、オレ、浴びた事ねぇよ!!」



「もしかして、佐々木さん以外のリピーターっています?」

「断言はできないけど、覆面のヤツはあと2人くらいいたな。リピーターかは分からないけど、奈良原の知り合いの線は濃いかもね」


 俺は頭の中で必勝法を組み替える。

 第一案よりも、より効率的な第二案を思い付いたのだ。

 佐々木さんが前回のように協力してくれたら、だが。


「阿久津さん、より良い必勝法を思い付きました。ちょっと聞いてくれますか?」

「おお、ワシで良けりゃあの。ただ、全員で共有した方がええんじゃないんか?」

「それは必勝法がきちんと成立してからじゃないと。ぬか喜びで士気が下がるとまずいですし」

「相変わらずのリアリストじゃのぉ! 修羅場で冴えるその知略、絶対にうちに欲しい! で、策っちゅうのは? おう、なるほど。よし、交渉してみちゃろう」


 俺が佐々木さんと交渉すると、1時間くらいかかるのは自明の理。

 阿久津さんに年の功で頑張って頂きたい。


 5分後。


「ちゅうワケじゃ! そっち側にゃメリットは一切ないじゃろう? ここは一つ、前みたいに協力体制と行こうじゃないか! のぉ!!」

「話は信じるよ。奈良原がバカみたいに真実しか吐かないのは知っているし。だけど、ボクが得るはずのお金はどうなる? 今回は君らにも、賞金ないんだろう?」


 話が纏まりかけている気配を察知して、俺が打って出る。

 俺が打って出る意味があるのかは、この際無視して下さい。


「俺の農場でイチゴを作っているのですが、佐々木さんにはそのイチゴで作ったジャムを差し上げましょう! 美味しいんですよ、イチゴのジャム!!」

「ぷっ! あっはははは!! 相変わらず、ぶっ飛んでるな、奈良原は!」


 何でしょうか? イチゴの悪口言われたら怒りますよ、俺。


「いいよ。ただし、ジャムが不味かったら賠償金を貰うよ? とりあえず、1千万ほどね」


「新汰! 新汰ぁ!! ここはお前、慎重に答えねぇと、うちの資本が!!」

 ペタジーニさん必死の訴え。

 分かっています、分かっていますとも。


「もちろんです! 万が一、いや、億が一、俺の作ったジャムが不味ければ、農場の権利を佐々木さんにあげますよ」



「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ! お、オレの職場の権利がぁぁぁぁぁぁっ!!!」



「あっはははは!! 相変わらず、愉快な男だなぁ。よし、その条件で行こう。取引成立だ。ボクだってここで死ぬのはご免だからね」


 こうして、新必勝法が確立された。

 第一案よりも作業の効率化が図れる上に、上手くすれば味方はまだ増える。


「ペタジーニさん、スマホ貸して下さい」

「良いけどよ、なんで? あ、分かった! オレの買ったばっかの最新式に触ってみたくなったんだな? 仕方のないヤツめ! ほれ!」


 受け取ったスマホを流れるように佐々木さんへ譲渡。


「これで連絡してください。首尾が整ったり、不測の事態が起きたりした際には特に迅速にお願いします」

「良いけど、荒事になるかもしれないから、スマホの面倒までは見られないよ?」

「平気ですよ。最新式らしいですし、銃弾でも穴が開かないんじゃないですか?」

「ははっ、そいつは良い! いざと言う時は盾にさせてもらうよ」


「オレのスマホぉぉぉぉぉ!! なんだよ、さっきからオレ、こんなんばっかり!!」


 ペタジーニさんが何故か悲観に暮れている。

 大事な戦力の彼がモチベーションを下げてしまってはいけない。

 何か元気づけてあげなくては。


「ペタジーニさん」

「……あんだよ?」

「帰ったら、ピーマンのピクルス、瓶であげます」


「お前、世の中野菜でどうにかなるとガチで思ってんな!?」

「えっ、ならないんですか? えっ、ならないんですか??」


「2回言うなよ! 聞こえてるよ!! そしてならねぇよ!! どうしてお前が不思議な顔をするんだよ!! まだオレもしてねぇのに!! なんか秦基博はたもとひろのヒットソングみたいになった!! ちきしょう!!!」



 ペタジーニさんの士気も再び上昇して、結構なことです。

 それでは、必勝法、第二案を発動させましょう。


 ああ、その前に、皆さんに説明を、でしたね。


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