第25話 ハウス栽培の誘惑には勝てない

「あのですね、この度、奈良原農場はですね、えー。あのー。アレです。そのー。……やっぱり良いです」



「お前ほど経営者に向いてねぇ男はいねぇよ! なんで今後の展開話し合うのに諦めてんの!? 松岡修造のカレンダー買ってくるか!?」


 ペタジーニさんの喝が入る。

 とは言え、こんな大人数を前にして自分の意見を言うのとか、恥ずかしいし。


「新汰おにい、めんどくさっ! あのですねー。おにい、ハウス栽培してみたいだって! この前のゲームの賞金を投資して!」

「莉果さん。俺が言おうと思ったのに」

「なんで嘘つくんすか!? 言えないっしょ!? 見栄張るなし!!」

「はい。すみません。言えません」


「お前、ついに女子高生にまで卑屈になるように……。仮にもヤクザの若頭従えてんのに、どういうパワーバランスなの!?」


「なるほど、ハウス栽培ね! だからわたしも相談に呼ばれたんだ!」

「はい。凛々子さんのお知恵をお貸しいただけないかと」

「うん! 良いよー! お知恵貸しちゃう! 200万になりまーす!!」

「え? あ、はい、払います」


「意思を強く持てよ! カツアゲされた中学生だってもうちょい粘んぞ!?」


「あははー! 冗談だよ! ペタレルーヤくんは心配性だなぁー」

「もう実在しそうな外国人選手みてぇになってる! オレはペタジーニだよ!!」

「ペタジーニさん、なんか違う名前じゃありませんでしたか?」

「そうだよ! オレ、ペタジーニじゃなかった! 辺田尻へたじりだよ!! オレが忘れたら誰がオレの事覚えてんの!? ペタジーニの侵食速度が怖いんだけど!!」


 まったく、ペタジーニさんがうるさくて話が進まないじゃないですか。

 困ったものです。彼こそコミュ障なのではないでしょうか。


 とりあえず、凛々子さんに予算を提示。

 まだ財政的には余裕があるとはいえ、何かの時の蓄えもしておきたい。

 つまり、625万全ツッパは避けたい。


「専業農家さんで、ガッツリ農業して稼ぐぜーって人がよく使うのは、この辺りかな? まあ、何を作るかによってかなり振れ幅はあるけど」

 そう言って凛々子さんが、持参したタブレット端末でカタログを見せてくれた。


「うーん。やっぱりそれくらいしますよね」

「だねー。アルミサッシのしっかりしたヤツがご希望でしょ?」

「はい。やるからには最高の状態で野菜を愛でたいです!」

「おおー! 男の子だねー! あとは、広さだよね。その辺りも詳しく出さないと、資材が足りなかったりで追加がかかるかも」


「おい、オレにも見せてくれや! はあああっ!? ご、500万!? プリウスが余裕で買えんじゃねぇかよぉ!! おい、新汰、正気か!?」

「え? あ、はい。だって、プリウスじゃ野菜育ちませんから」

「そういう話じゃねぇんだよ!! そんな大金、既に使う気満々じゃん!」

「はい。むしろ、使わない理由がないかと」


「おい! みんなも何とか言ってやってくれ!!」


「自分は奈良原さんのご意向に従うっす!」

「自分もです!」

「自分は、そんな大金の話とかしたことないので、よく分かりません」

 1人悲し気な森島さん。


「森島のおっちゃん、ごめん! オレの配慮が足んねぇな! マジでゴメン!!」

 そしてフォローに回る、見た目は半グレ、中身は紳士、その名はペタジーニさん。


「ええんじゃないんか? 新汰のやろうっちゅう気概きがいは感じるけぇ、まあ、早々失敗すりゃあせんじゃろう!」

「阿久津さんまで! ダメだ、この農場!! イエスマンしかいねぇ!! こうなったら、オレが最後の砦になるぜ! そんな簡単に大金動かしちゃダメだ!!」



「私は断然、イチゴが良いです! 大好きです!!」

「なるほど。良いですね。イチゴは甘いし、赤いところが良いです」

「えー。トマトとか良くない? 美容にマジイイらしいし!!」

「なるほど。良いですね。トマトは色々と加工できますし、赤いところが良いです」


「なんで作るものの相談!? 展開が速いんだよ! ドラゴンボールの人造人間編か!! アニメ見たあと単行本読んだら、すげぇ勢いで話が進んでビビったわ!!」


「悩ましいですね。凛々子さんのご意見が聞きたいです」

「そうだねぇ。新汰くんは、今すぐハウスでバリバリ作物育てちゃいたい感じ?」

「はい! もうアレでしたらこれからでも! もう、本当に、アレです! いや、もう、アレですから、これからでも!!」


 興奮すると、ただでさえ乏しいコミュ力が更に失われる。

 俺とハウスの間には壁があるのでしょうか。

 そんな、デスゲームでお金ふんだくって来た時から、ハウス栽培の青写真を描いて来たと言うのに。


「じゃあ、イチゴかな! 今の時期でも、苗を植えたらハウス栽培できるよ。と言うか、土の準備とかハウスの建築とか考えると、今からでもギリギリかも」

「じゃあ、これから始めましょう!!」

「うむうむ、新汰くんの気持ちは分かったから、少し落ち着きたまえー。じゃあ、イチゴをハウスで作る方向で見積もりとか出すけど、良いかな?」

「はい! 喜んで!!」


「従業員の意見も聞けよ!! すしざんまいの社長かよ!! あそこの社員は毎年、たっけぇマグロ買うくれぇならお年玉くれって思ってんぞ!!」


 ペタジーニさんの言う事は、結構常識的であると、最近の俺の研究により明らかになってきた。

 つまり、彼の言う事を聞いておけば、失敗の芽を摘み取れる。


「では、ペタジーニさんにお任せします」

「お、おう!? なんか、急に素直になったな!? 良いんだけどよぉ! おおし、おめぇら! 多数決だ! ハウス栽培に反対のヤツ、手ぇ挙げて」


 ペタジーニさんの元々黒かった日焼けした腕が天に向かって伸びる。


「はーい。ペタさんぼっちー! ウケる!! ぷぷーっ!!」

「ペタジーニさんが座り込んじゃったので、私が聞きますね! ハウス栽培に賛成の人ー!! 挙手をお願いします!!」


 凪紗さんの音頭に、全員の手が伸びた。


「自分、雇われてる身なんで、社長の意向に従うっす!」

「自分も同じっす!」

「自分もです!」

「ワシは新汰のやりたいようにさせちゃるのがええと思うけぇ、賛成じゃ!」


「イチゴもウチ、結構好きだし! タダで食べられるなら、美味しいヤツ作ってよね、新汰お兄!!」

「では、私も! はいはーい! 賛成です!!」

「はい! 俺も賛成です!」


「ちょっとぉ、新汰さんは別に参加しなくても良いんですよ? あはは!」

「あ、そうなんですか? すみません」

「お兄ガツガツし過ぎ! 野菜作る時だけ肉食系とか、意味分かんないし!」


「「「あっはっはっは!!!」」」


「オレがおかしいのか……。ちくしょう、オレは農場のためを思って……!!」

 ふと見ると、闇落ちしそうなペタジーニさん。

 これはいけません。

 うちのエースで四番が闇に落ちられるとすごく困ります。


「ペタジーニさん」

「あんだよ?」

「俺は、あなたの事をすごく頼りにしていますよ」

「……な、なんだ、今更! 別にオレ、気を悪くしてないからな!?」


「農場を訪ねて来た時は、南米特有の何かの悪い冗談か、桃鉄で貧乏神に憑りつかれたような気分になりましたが、今ではペタジーニさんほど頼りになる人はいないと思っています」


「前半の煽りが酷くて、多分褒めてくれてんだろうけど、後半の内容がサッパリ入って来ねぇんだわ!!」


 ペタジーニさんのハートキャッチ作戦、あえなく失敗。

 その後、凛々子さんが「今度一杯付き合うから、元気だしなよ?」と彼を慰めていた。

 そうか、飲みにケーションとかいうものの存在を俺、知っていますよ。


 コミュ障にとっては、呪いの言葉ですが。


 前の会社では頑なに飲み会の誘いを断り続けていたため、23歳にして未経験の飲み会。

 しかし、従業員も増えた事ですし、一度開催を考えてみるべきなのかもしれません。



 まったく気乗りしませんけど。

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