スローライフ編 その2

第21話 仕事をしないJKアルバイト現る

 2回目のデスゲームから10日。

 と言うか、2回目って何ですか。

 デスゲームに1回も2回もないでしょう。


 そろそろ夏も近づく7月上旬。

 俺は背中の傷の治療のため、鮭ヶ口さけがぐち市内の病院を訪れていた。


「あの、本当に事件性はないんですよね? 何度見てもこの傷、日常生活で負うたぐいのものじゃないんですよ! ちょっと、奈良原さん!?」

「あ、すみません。野菜の事を考えていました」

「あなた、それ今日だけで3回目ですよ!?」


 鮭ヶ口総合病院の外科の先生が怖い。

 女医さんって、何と言うか、表現できない圧を感じるのって俺だけですか?

 同性の先生よりも、こう、ガツンと来られることが多い気がするんですよ。


「奈良原さん! 聞いていますか!?」

「あ、すみません。ちょっと考え事していました」

「あなたねぇ!!」


「す、すみません! おにいは色々とアレなので! あとで、ウチがしっかり叱っておきます!!」

「はぁ……。お願いしますね。まったく、お兄さんとして恥ずかしくないんですか? こんなにしっかりした妹さんがいるのに!」


 俺に妹はいない。

 と言うか、俺に家族はいません。


 かつて軽く、ふんわりと触れた記憶があるような、ないような。


 俺の母は、女手一つで俺を育てて、俺が高校在学中に交通事故で亡くなった。

 そして、母は駆け落ち同然で実家を飛び出したとかで、実家とは絶縁状態。

 父はどこに行ったのかと言えば、気付いたらいなかった。

 ラーメンのメンマの如く、「あれ? 俺、食べたっけ?」と少し首を傾げる程度の違和感を残して、どこかに行ってしまった。


 では、この妹を自称する女子は誰でしょう。


「はぁー。マジでウチが付いて来てあげないと、奈良原さん通報されちゃってますよ? そのコミュ力はマジでヤバいっす」

「そうですかぁ。いや、莉果さんには助けられてばかりですね」


 そうとも、彼女は白木屋しらきや莉果りかさん。

 お世話になっている白木屋種苗園の娘さんで、何の縁か同じデスゲームを攻略した仲間でもある。


 そもそも、なにゆえ彼女が俺の通院に同行するようになったのかと言えば、正直自分でもよく分からないので誰か教えてください。

 デスゲームから帰宅後、翌日に知らない番号から電話がかかって来て、「もしもし」と電話に出たらば、莉果さんだった。

 そして、病院に行こうと彼女は言った。


「じゃあ、消毒しましたから。薬出しておきますので、飲み薬、塗り薬、どっちもちゃんと使って下さいね?」

「お約束できるかどうか……」

「バカ! あ、ちゃんと飲ませますし、ウチが塗りますので! ありがとうございます、お世話になりましたー! 失礼します! どもどもー」


 彼女いわく「奈良原さんだけで病院に行かせるとか、絶対騒ぎになるんで、ウチも行きます。ダルいけど」だそうで、実際助かっているので文句もありません。


「はーっ! やっと終わったー! 奈良原さん、お腹空いた!」

「そうですね。どこかで何か食べて帰りましょうか」

「やたっ! 奢りですよね? じゃないとナシっすわー」

「もちろん、ご馳走しますよ」


 莉果さんも、当然ながら625万円をあの夜、ゲットしている。

 が、出所が出所な上に、彼女は女子高生。

 預金口座にドンと預ける訳にもいかない。


 そこで俺は閃いた。

 「俺が預かりましようか。学生の間はうちでバイトするって事にして、少しずつお渡しして行けば不自然はないかと」と、彼女に提案した。


 莉果さんは「うへぇー。奈良原さん、そーゆう知恵だけはマジでエグい。……でも、助かる」と、不承不承ふしょうぶしょうの了承をしてくれた。


 と言うことで、うちの農場にまた一人従業員が増えた。


「ご飯食べたら、一緒にピーマン収穫しましょうね!」

「はぁー? それはパスで。ウチは見学してまーす!」


 農業に対する情熱は、少しずつレベルアップしてもらおう。

 ふふふ、時間はたっぷりありますからね。


「えー? つか、なんでファミレス? 奈良原さんお金あるじゃんかー!」

「良いじゃないですか、ファミレス。美味しいですよ?」

「まー、美味うまいっちゃ美味うまいですけど? もっと高級なランチが良かったぁ」


「莉果さん。ひとつ言っておきます」

「はい? なんか、目がマジで怖いんすけど!?」


「農業従事者にとって、625万は大金には変わりないですが、割とすぐ溶けます」

「えーっ!? なんで!? 土掘って種植えて収穫するだけじゃん!」

「甘いですね。例えば、ちょっと良いトラクター、いくらすると思います?」

「……5万くらい?」


 俺はにんまりと笑みを浮かべる。

 莉果さんには「うわ、なんかキモッ!」と顔をしかめられた。


「200万以上するのがざらです。あと、新しい種類の作物を育てる場合、物にもよりますが、その準備費用だけで数千万レベルと言うのも割と聞く話です」

「ウチ、農業従事者とだけは恋に落ちないようにしまーす」


「おや。俺は農業従事者ですが?」


「は、はあ!? 23のくせに、JKを口説いてんの!? ま、まあ、1週間くらいずっと見てて、ちょっとだけ農業に? 興味は、うん、出て来たかもなぁー?」

「おお! それは素晴らしい! あと、口説いてませんよ! これっぼっちも!!」


「……ウチとしたことが、なんか、すごい嫌なフラグを立てちゃった気がする」

「それはいけない。折るのを手伝いましょうか?」


「人の恋愛フラグを勝手に折るなし! はぁー。奈良原さん、そーゆうとこだよ」

「なるほど。勉強になります」

「勉強しても伸びないかんなー、この人。んー、パスタ美味うまし! デザートにパフェも良いっすか?」

「ええ。もちろん。すみません、えーと、あのー、そう、デラックスパフェを2つ」

「あー……。奈良原さんも食べるんだ……。あと、それストロベリーパフェね。困った時に適当な事言うのヤメなよ、コミュ障さん」



 そしてハイエースに乗って農場に帰宅。

 ちょうどペタジーニさんがピーマンを収穫しているところだった。


「おーう! 新汰、帰ったんか! どうだった、怪我の具合?」

「おかげさまで、順調のようです」

「莉果ちゃん、ごめんなー? オレが付き添えりゃ良いんだけどよー」


「あ、大丈夫でーす。ペタさんもウチの中では奈良原さん寄りなんで!」


「ねぇ、今オレ、多分すごく傷つく事言われたよね!? 新汰の代わりにほとんどの農作業引き受けてんのに、酷くね!? つか、出番も久しぶりなのに!」


「あー。はいはい、すみませーん。奈良原さん、ウチのリアルゴールド冷えてます?」

「はい。冷蔵庫に入ってますよ。常に10本」

「マジでそーゆうとこは高得点! だって、学校でペットボトルのリアルゴールドをガチ飲みするのはさすがにナシなんでー。飲んでこよーっと!」


 小走りで母屋に走って行く莉果さん。

 元気そうで何よりです。


「しっかし、600万ちょいだっけか? 今回はまた、どえらい土産持って帰って来たなぁー。しかも、そのすじの人と共闘したんだろ?」

「ええ、まあ。ああ、それから、ハイエースも頂いてきましたよ?」

「出会った時から、お前が一度としてオレの常識のラインに収まったことがねぇよ」


「ところでペタジーニさん」

「ちょっと待て! 新汰、一応確認するけど、オレの名前、本名だぞ!? 忘れたりしてねぇよな?」

「当然じゃないですか」


「んじゃ、オレの名を言ってみろ!」

「ジャギですかね」


「違う! 俺の本名だよ!! なんでノータイムでジャギの名前は言えるの!?」

「知ってますってば。ええと、ほら、あのー。辺田尻へたじりホニャ夫でしたよね?」


「でしたよね? じゃねぇわ! そんなヒョロヒョロネーム付ける親いるか!!」


 それはさておき、ペタジーニさんには伝えておかなければ。

 今や彼は立派な従業員。

 農場の運営方針は共有する必要がある。


「おい! お前、それはさて置きって顔してんな!? オレの名前をその辺に置くな!!」

「まあまあ。ところでですね、手持ちが増えたので、新しく挑戦したい作物があるんですよ! これはもう、テンション爆上がり間違いなしですよ!!」


「今のお前のテンションが既に俺の知ってる中のお前を基準にするとまあまあ高いよ!?」


 ペタジーニさんは、ぶんぶんと首を振り、建設的な意見を述べた。


「しかし、お前、人手はどうする? 新汰が復活しても、正直これ以上の規模はカバーし切れんぞ? 莉果ちゃんもあの調子だし」

「そこについては、俺に心当たりがあります」


「まさか、その筋の人、とか言わねぇよな?」

「………………」


「せめて否定して! もうそれ決定じゃん! マジかよー! 怖ぇよー!!」



 俺はまだ何も言っていませんが、次回、従業員が増えます。

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