第20話 有限会社・デストライアスロンの憂鬱

 ——一方、その頃。


 かつて奈良原新汰が務めていた、表の顔はゲーム会社。

 裏の顔はデスゲームの運営を請け負う、その名も『デストライアスロン』。

 聞いているだけで人をヤキモキさせる名前の本社にて、緊急会議が行われようとしていた。


 くだんの奈良原新汰とゆかいな仲間たちがまたしてもデスゲームを攻略してから2日が経っており、会議の参加者の表情は暗い。


 あまりにも暗いので、『デストライアスロン』の成り立ちについて、そして奈良原新汰との関係性について、軽く触れておこう。



 奈良原新汰が住む、鮭ヶ口さけがぐち市。

 そこから東に30キロと少し車を走らせると海月くらげ市に入る。

 『デストライアスロン』が居を構える街である。


 この会社、零細企業のくせに今年で創立20年と、しぶとく生き残っている。

 不況の中にあって、いかにして呼吸をしているのか。

 当然、そのからくりには裏があった。


 『トライアスロン』と言う名前で、大手ゲーム会社の下請けとして産声を上げたのも束の間、不景気の煽りを受けたこともあり、わずか10年で経営が傾いた。

 そんな折、社長である林崎はやしざきに接触してきた大企業があった。


 表の名前は『スターキングダム』と言い、複合型ゲームセンターや遊園地等の管理、運営を生業とする一部上場企業である。

 当然、裏の顔があるのだが、名前は『デスキングダム』。

 誰か止めなかったのであろうか。


 『デスキングダム』は、会員制の高級ホテルをいくつか有しており、そこでとある催しを主催し、顧客を楽しませる事で利益を生み出していた。


 もちろん、デスゲームによって。


 本家のデスゲーム興行会社の手腕は見事で、多くの富裕層が刺激を求めて多額の寄付金を惜しみなく投じていった。


 そんな怖い会社に目を付けられたトライアスロン。

 30余名の生活のためにと、社長は決断した。

 ちなみに、「断ったら社会から消えてもらう」と相手先に脅されていたので、決断と言う選択肢しか残されてはいなかったのだが。


 めでたく反社会的組織になったトライアスロン。

 冠にデスを付けられて、いよいよデスゲーム興行が始まった。

 しかし、ノウハウも分からず、当時2人いたゲームプランナーが手掛けていたのは、テニスゲームとレーシングゲーム。

 まともなデスゲームなど生み出せる訳もなく、会社の迷走が始まった。


 そこで会社は、「とにかく面白いゲームのアイデアがある人募集! 給料歩合制でむっちゃお金出しちゃう!」と言う、捨て身の戦法に打って出た。


 もちろん、こんな怪しさ満載、最近では見かけなくなった新装開店のパチンコ屋ばりにピカピカと妖気を垂れ流していたので、就活生からも見向きされなくなり、いよいよダメかと社員全員が諦めていたその時、ヤツが会社の門を軽快にノックした。


 我らが主人公、奈良原新汰その人である。


 最初は社員全員が奈良原新汰に懐疑的であった。

「こんな怪しい会社に入るヤツなんてどうせ大したことはない」

「頭のネジが外れてるに決まっている」

「どうせすぐに辞めるだろ」


 新人指導を押し付けられた高東原たかとうはらが、彼に「適当に脱出ゲームの企画書作ってみ」と指示を出してわずか3日。

 「できました」と奈良原新汰は言った。

 「ああ、こいつ適当に仕事したな」と察した高東原であったが、彼もまた適当に仕事をする人間だったので、そのまま上司に企画書を放り投げた。


 その企画は、役員会議でも「これ、良いのか悪いのか分からん」と議論を呼び、最終的に社長の林崎が「とりあえず本店に上げてみよう」と決断した。

 この会社、まともな決断のできる社員はいないのか。


 結論から言うと、これが大当たり。

 デストライアスロンにとって初ヒットとなり、社内は沸いた。

 沸くと同時に、奈良原新汰と言う、自分から転がって来た金の卵を最大限利用する方向に会社の運営をシフトさせた。


 新入社員に全てを賭けるとか、正気の沙汰ではない。


 その後も奈良原新汰は馬車馬のように働き、5年間で100を超えるゲームを企画した。

 彼は、給料が貰えればそれで良いと言う無我の境地に最初から達しており、クオリティの高いゲームを、デスゲームと知らずにバンバン生み出していた。


 金の卵は無事に金のニワトリとなり、さらに金の卵を産み続ける。

 だが、彼が務めて5年と少しした頃に、役員会議である議題が取り上げられた。



 「このままだと、奈良原新汰に会社を乗っ取られるんじゃないか?」説である。



 彼の人となりを理解している者であれば、そのような事はないと断言でたものの、悲しいかな、彼はコミュ障。

 人となりどころか、社内で言葉を発すること自体がまれだった。

 その何を考えているのか分からない部分が、上役たちの猜疑心さいぎしんをさらに高めた。


 ミステリアスが魅力になるのは女性だけなのである。


 そして、ついに、その時が来た。

 もうゲーム企画はたっぷりと確保できたし、奈良原新汰に用はない。

 それが会社の総意であった。


 頭にデスなんて付けるから、発想まで最悪の方向へひた走るのだ。


 社長の命を受けた専務の郷田は、高東原と共に策謀を巡らせた。

 策謀と呼ぶにはあまりに恥ずかしいレベルのものを巡らせた。

 かたの身にもなって欲しい。

 顔が赤くなる。


 奈良原新汰の仕事について、ありもしないクレームを付けたのだ。

 そして、その証拠すら開示せず、翌日クビを切った。


 嫁をいびる姑だってもうちょっと考えてからイジワルをするだろう。

 シンデレラの義理の姉を見習えと声を大にして言いたい。


 その後は、読者諸君もご存じの通り、奈良原新汰は農業と言う名の天職に転職し、幸せなスローライフを手に入れた。



 だが、話はそこで終わらない。

 社長の林崎だけは、この無能集団の中に置いて唯一、少しばかり危機管理意識があった。



「奈良原が今後、わが社の邪魔になるのではないか」



 それは、結果として素っ頓狂な考えであった。

 しかし、林崎は後顧の憂いを断つために、奈良原新汰をデスゲームに巻き込み、抹殺しようと企んだのだった。


 そしてお約束のようにボコボコにされたデストライアスロン。

 ようやく話は現在へと戻る。



「それで、どうするのかね!? 奈良原はなんで殺せない!?」

 社長の林崎は憤慨していた。


 「あんたが余計な事を考えなければ済んだのでは?」と専務の郷田を筆頭に数人が思いを馳せる。

 今回、酷い目に遭った郷田が、渋々ながらに所見を述べる。


「奈良原はもう放置しておきませんか? 彼の性格ですと、こちらから何もしない限り、わが社に危害は及ばないと思われますが」


 その意見に、『奈良原を育てた男』と言う謎のポストに就く高東原も同調。


「むしろ、こっちから手を出せば出すほど被害が出ており。しかも、2回とも、視聴率は最低。賭けも盛り上がらず、本店からクレームが山盛り来ています。あと、被害総額もドン引きするレベルです」


「どうしてだ!? どうして、我々がここまで苦汁を飲まされる!?」


 それはあなたがアホだからですよ、とは流石に誰も言えなかった。

 代わりに立ち上がった男がいた。

 名を島津しまづ。デストライアスロンの副社長であり、林崎の信頼も厚い。


 当然、この男もアホである。


「私に考えがあります。お許しを頂ければ、そうですね、3か月後には奈良原を亡き者にしてご覧に入れます」

「おお、本当かね、島津くん!!」

「もちろんです。何故ならば、この二戦の敗因を私は看破しております!」

「なんと! 聞かせてくれるかね!?」

「ええ、それはですね……」



「奈良原が作ったデスゲームにヤツを巻き込んだ事! それに尽きます!!」



「なんと! そうであったか!! そこに気付くとは、やはり島津くんだな!!」

 ご機嫌の林崎。


 他の出席者はほとんどが同じことを思っていた。



「そりゃそうですよ……」



 「奈良原の作ったデスゲームはデキが良いからね、これ使って奈良原殺して来て!」と絶望的な指示を出していたのは誰あろう社長の林崎。

 そして、訳の分からぬ理論にも反論できない社風の小さな会社。

 元凶は何なのか。

 分かっていても分からないふりをするのが大人なのかもしれないが、だったら私は大人なんてヤメたら良いと思う。


 この日から、マイナビ転職やスタッフサービスのサイトを開く社員が急増した。

 まるで沈む船からいち早く逃げ出すネズミの群れ。


 そうとも、読者諸君のご推察の通り。



 デストライアスロンの余命は短い。



 余計な事はしない方が安全に暮らせる。

 このような教訓を彼らから得て、今回は結びとさせて頂く。

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