第18話 今さらそんなこと言われても

「ゲームマスターさん。今からそっちに行きます」



 デスゲームのあとにやる事と言えば、もちろんアレですよ。


 今回起きてしまった間違いが二度と起きないように、釘を刺しに行く必要がありますよね。物理的に。

 それと、今回は報酬の剥ぎ取りもしなければ。

 このまま賞金を得られずに逃げられた日には、俺が皆さんに何と言われるか。


『な、奈良原ならはら新汰あらた!! ちょっと待ってくれ!!』

 ゲームマスターからのご指名である。

 何やらやっぱり既視感を覚えます。


「おい、呼んでるぞ? 君の知り合いなんじゃないのか? この運営会社で働いていたのだろう?」

「あ、佐々木さんもそう思います? 俺もですね、あれ、なんかこの喋り方に覚えがあるなぁーとか、ちょっとだけ気になっていたんですよ」


「奈良原。君、一体何年そこで働いていたの?」

「え? ええとですね、高卒で飛び込んで、いちにのさん。5年くらいですか?」

「いや、疑問形で聞かれても知らないよ。と言うか、それだけ勤めていて、よくもまあ相手の顔が思い浮かばないものだね? 社員500人くらいいたの?」


「いえ。30人くらいでした」

「うん。君、辞めて良かったね。会社勤め、向いてないよ」


 若林さんと坂本さんの首根っこ掴んで部屋を飛び出して行った阿久津さんが、手ぶらで帰って来た。

 お二人は殺害されたのですか?


「おう、あんちゃん! 入口っちゃあ、一つで間違いないんじゃろ?」

「はい。俺が入る時に確認しました。このビル、正面の入り口だけです。非常階段は錆びていて使えそうになかったですし、裏口も溶接されていました」

「ほうか! それなら、まあ二人で足りるじゃろう!」


 お二人、生きておられましたか。


「あの二人にゃあ、入口を張らせちょる。得物はバールと、ぶち壊して回収したボウガンしかないけどのぉ。まあ、小一時間くらいは耐えられる」

「なんと、入口の封鎖に動いてくれていたのですか!? 俺が指示する前から……! さすが、ヤクザ屋さんは違いますね!!」


 そして、気付けばゲームマスターがいない。

 逃げたな? でも、逃げられませんよ。


「ちょっと! 奈良原さん、動かないでよ! 止血できない!!」

「すみませんね、莉果さんの、その、アレ、ナニですよ。ええ、長い靴下! お借りしてしまって! ちゃんと洗って返しますから!」

「……え、いらない。ってか、怪我したのウチせいだし。……その、手当くらい、するし」

「え? 毛が舌の上でセイウチ?」

「……奈良原さんって、ホントにバカ!! コミュ障バカ!! もう知らない!!」


「あ、それ知ってます。おんどれってヤツですね!」

「ほう。今どきの若い子っちゅうんは、そんな呼び方するんか?」

「……しないです。しないし」


「違った! あー。あの、えーと。アンドレだ!」

「おお、ベルサイユのばら! アンドレの死にざまは見事じゃったのぉ!」

「……もう! ここの人たちバカばっかり! 帰ってお風呂入りたいし!!」


「ふふ、それに関してはボクも同意見だよ。あと、ツンデレだね。……さて、そろそろ行くかい?」

「あ、佐々木さんも来てくれるんですか?」

「当たり前だろう? 賞金を得なくちゃ、話が違う」


 佐々木さんの手には日本刀。

 矢原やばらさんも随伴するらしく、手にはバール。

 阿久津あくつさんには、残った罠の場所を教えたら、「ええこと聞いたわ!」と、普通にコンクリートの壁を矢原さんのバールでゴスゴス叩いて、穴を開通。


 いくら開閉式の部分がもろいからって、むちゃくちゃな人だなぁ。


 そして阿久津さんはお目当てのモノをゲット。

 とても嬉しそうに笑う。


「ポン刀も捨てがたかったんじゃけどのぉ! やっぱ、すじもんとしちゃあ、これがしっくりくるわ! 見てみぃ、案外上物が置いてあったわ!!」


 その手には、リボルバー。

 もちろん、全弾装填されている。

 ゲームクリア後の事まで企画していなかったので、これは俺の責任じゃないけども、万が一を考えて凶器の類は奪えないようにしておいた方が良いと思います。


「あんちゃんはどうするんじゃ?」

「ああ、俺はこれでいいです」

「そんなオモチャでええんか? 何なら、ワシのチャカと交換しちゃるで? 惜しいけどのぉ! むっちゃ惜しいけどのぉ!!」

「あ、いえ、銃刀法違反で捕まりたくないので、大丈夫です」

「なんじゃあ、最近の若いのは欲がないのぉ!! がっはっは!!」


 討ち入りの準備、整う。

 さて、行きましょうかというタイミングで、モニターが起動する。

 そこには、ゲームマスターと思しき、中年のおじさんが座っていた。


『この通りだ! 奈良原! いや、奈良原くん!! 君の才能をなくした損失を今回思い知った!! 君の希望のポストと条件を飲むから、会社に戻って来てくれ!!』


 そして、おじさんは大変美しい土下座を見せる。

 それは相当に熟練を積んでいる技のようで、阿久津さんが「見事なもんじゃ」と感心していた。


「どうするんだい? 奈良原。会社を乗っ取れるチャンスじゃないか」

「えー。嫌ですよ、こんな反社会組織。それに、今の仕事気に入ってますし」


『そう言わずに! あんなカスみたいな農場で、スッカスカのピーマン作って才能を無駄にしちゃいけない!! うちなら、もっと最良の条件を——』


 俺は基本的に相手が喋っていると最後まで聞くし、何ならそのせいで自分の喋るタイミングを見失って変な空気になるのが日常ですが。

 今回ばかりは事情が違いました。


「思い出した。郷田ごうださんだ。あなた、郷田さんでしたよね?」

『そ、そうとも! 覚えてくれていたのかね!! いやぁ、嬉しいなぁ!!』

「今、何とおっしゃいました?」

『ああ! ああ!! うちで最良の条件を出すから、再就職を——』


「そこじゃないです。その前ですね」

『えっ……? スッカスカのピーマン……? あひぃぃっ!?』


 笑うと言う行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をく行為が原点、と会社で企画していた頃に参考資料で読んでいた漫画に書いてあった。

 それを踏まえて、俺は満面の笑みを浮かべた。


「確かに、ハッキリと、ピーマンの悪口を言いましたね? ……今から、行きます」


「矢原。奈良原の沸点がボクにはサッパリ分からないんだけど。君、分かった?」

「やめといてください、兄さん! もう、奈良原はんが怖くてしゃあないんですって!!」


「莉果さん」

「え? なに? ウチは怖いからパスだし! ヤダからね!?」

「ああ、いえ。ちょっと、上で大人の話をしてきますので、待っていて下さい」

「わ、分かった。じゃあ、待ってる」

「大山さん。彼女の事をお願いしますね。口調は強いですけど、まだ女子高生ですから」

「心得たよ。そちらも、気を付けて」


「おっしゃあ! ワシが頭でカチコミじゃ! 久しぶりじゃのぉ、この手の荒事は!! がははっ、血がたぎるのぉ!! ごるぅあああっ!!」


 進撃のヤクザ。

 これほど頼もしい先導役もいない。

 それに続くは矢原さん、さらに俺。殿しんがりを務めるのが佐々木さん。


「これ、ボクたち必要かな? おじさん一人で済むんじゃないの?」

「いえ。阿久津さん一人だと、勢い余って殺してしまう恐れが」

「それはいけないな。賞金が貰えなくなる」


「あんたら、もう会話の内容怖すぎや! なんでわいはこないな仕事を引き受けたんや!! 地元の母ちゃん! 生きて帰ったら、家業の漬物屋を継ぐからぁぁっ!!」


 ダァンと銃声が轟く。

 阿久津さんが、同時に俺たちに「待て」のサインを出す。

 誰か殺しちゃいましたか?


「今のは威嚇いかくじゃ! 相手がチャカ持っちょる言うたら、向こうもそれなりの備えをするじゃろ? つまり、準備を焦る今が好機っちゅうことじゃ!!」


 なるほど。

 阿久津さんの理屈は正しく、修正の必要もないと思われました。


「物音ひとつしませんね? やっぱり今ので死んじゃったんじゃないですか? もしくは、銃声で心臓が止まったとか」

「あはははっ! 奈良原は面白いな。相手はハムスターじゃないんだろ? 仮にもデスゲームの運営なんだから、死にはしないって」

「それもそうですね。はははっ」


「何も面白うないですよ!? ここ、サイコパスしかおらへん! 助けて、母ちゃん!!」


 俺たちがお喋りしている間にも、着々とダンジョン攻略をする阿久津さん。

 ドアの蹴破り方がもう、本職のそれである。

 俺など及びもつかない。


「おーい、最後はこの部屋じゃ! 4つも部屋があったっちゅうのに、最後まで当たりが引けんとは、運がええんかのぉ」

「阿久津さんのヒキが悪いんじゃないですか?」

「はははっ、それは言えてる。おじさん、人殺し過ぎて運がなくなったんだよ」

「おどれらぁ! そうかもしれん! がーっははは!!」


「母ちゃん! 母ちゃぁぁぁぁん!! わい、今度はマジメに働くからぁぁぁぁっ!!」



 矢原さんの悲鳴を子守唄に。

 ゲームマスター、郷田さんの眠る時間がやって来た。


 永眠じゃなかったら良いですね!

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