第16話 ありがちな前回参加者の人

『ボールがコート外に出た場合は、相手チームのボールでリスタートです。さあ、早く醜いボールのぶつけ合いを!』


「……ちっ。見世物にされてるのは気に入らんが、確かにさっさと終わらせよう。こんな茶番にいつまでも付き合うのはご免だ」

「皆さん、来ますよ! キャッチしたらセーフですからね! ペナルティは発動しません!」

「おら、よっと!!」


 矢原やばらさん、何の迷いもなく莉果りかさんを狙う。

 これが勧善懲悪のミュージカルだったらば、彼のように卑劣ひれつなプレースタイルの者には早々に天罰が下るでしょう。

 しかし、デスゲームにおいては、彼のやりようが正解なのです。


「きゃっ! え、マジ!?」

 そして普通に避け損なう莉果さん。

 ちょっと待って下さいよ。

 避けるのに自信があるって言ったじゃないですか。


「ごるぁ!! 取ったぞ! ドッジボールちゅうんは、地面に落ちる前にボール拾うたらセーフじゃろうがい!?」

「セーフです! けど、ペナルティは来ます! 莉果さん、失礼!!」

「ひゃっ! いった!! ちょ、何すんの、奈良原さ……えっ——」


「いきなりさっき例に挙げたボウガンが来るとは、運が良いのか悪いのか。とにかく、ご無事で何より。……ああ、いえ、お怪我してませんよね!?」

「バカ!!」

「えっ!? もしかして、強く床に押し付けたせいでどこか捻りましたか!?」

「バカ、バカ!!」

「息が荒いのは、別に女子高生の髪の毛の匂いに興奮したからではあべしっ」

「違う! バカ!! 奈良原さんの背中!!」


「ああ、シャツですか? 確かに、これ高かったんですけどね……」

「怪我! ち、血が出てんじゃん! ウチを助けたせいで!!」


 ボウガンの矢の発射口は既に把握していたので、問題なく回避できたのですが、「年頃の女子に覆いかぶさる」と言う行為に抵抗があったため、対応が少し遅れた。


 いや、だって、今ってそういうアレが厳しいじゃないですか?

 コンプライアンスって言うんでしたっけ?


「大丈夫ですよ。別に刺さってませんから! ああ、毒矢とかでもないので、急に俺が倒れたりする展開にもなりませんよ!」

「バカ、バカじゃん、奈良原さん! ウチ、色々酷いこと言ったのにさ! なんでそんな普通の顔で助けてんの!? バカだし、バカ、バカ!!」


「いや、普通助けるでしょう? えっ!? 俺って女子高生見殺しにする男に見えます!? うわぁ、ショックだなぁ……。バカって連呼してるのもまさか!?」

「……バカ」


「あんちゃん! ボールどうしようかぃ? そろそろ爆発するんじゃが」

「とりあえず、外野に投げときましょう」

「任せとき! ごるぅあぁっ!!」


「あ、阿久津さんも! だから、高いですって!!」

 再び俺たちのコートから外野へと飛び立ったボールは、大山さんの頭上を越えて鉄柵に接触。

 二発目の花火が打ち上がった。


「皆さん、これがデスゲームです! さあ、協力しましょう!!」


 今度の俺の言葉も空砲に終わるかと思ったものの、少しばかり響いたようでした。

 なにゆえと合理的に考えたらば、俺の背中が血まみれだからなのではないかとすぐに答えに辿り着く。


 普段から血と共に生きている人なんてそうはいない。

 他人のものでも、流れ、したたり落ちる鮮血のインパクトは大だった。


 ああ、阿久津さんは見慣れてそうですね、鮮血。


「や、やっぱヤメましょうよ!? 自分、借金は諦めるんで! 死んだら賞金も何もないですよ!!」

「坂もっちゃん……!!」

「な、奈良原さん! こんな自分でも、まだ坂もっちゃんと呼んでくれるんすか……?」

「もちろんですよ! 一緒に帰りましょう、坂もっちゃん!」


「あーあ。また一人抜けちゃうんですか? じゃあ、ボクはもう坂本くんの事、守りませんからね? 矢原さん、ボクら二人で勝ちましょう」

「……ああ。ほら、ボールが来たぞ。今度はあんたが投げれば良い」

「そうですね。平等に働かなくちゃ、ねっ!!」


 矢原さんよりも球速は落ちるものの、標的の足元を狙うプレーを徹底して見せる佐々木さん。

 俺と莉果さんはジャンプでかわす。


「莉果さん、動きが良くなりましたね! さすが女子高生!」

「……また、奈良原さんに助けられて、怪我されるの嫌だし」

「は? 毛が猿のあご出汁だし?」

「……聞き間違えにも限度ってあると思う。マジでイラっとしたんだけど、もうっ! ムカつく!! 緊張が解けたから、平気になったの!!」

「ああ、それは結構です。若林さん、ボール下さい」


「え?」


 チーム『お金大好き』の外野は若林さん。

 そして若林さんは生き残りたい派。

 つまり、ボールをくれと要求すると、断る理由はないはずです。


「あ、はい。あのー! 渡しますけど、良いですかね!?」


 律義に佐々木さんの指示を仰ぐ若林さん。

 多分この人、仕事ができないタイプ。


「どうぞ。ご自由に」

「……待て。全員、聞け。オレは前回参加者だ。このゲームには必勝法がある。オレに乗るヤツはいないか? 賞金も分けてやる」


 意味ありげな前回参加者。

 これも、ゲームのギミックです。


 あらかじめ運営側が用意して、金銭で雇われた人が、いかにもなセリフをゲームの最中に吐いて、場を混乱させる目的。

 俺がライアーゲーム読みながら考えた設定なので、間違いありません。


 問題は誰がその役を引き受けているのか、あぶり出すのは骨が折れそうだと思っていたけども、俺の負傷で序盤にも関わらず流れが動いたのが良かったのか。

 血でも何でも、流してみるものですな。


 あ、言い方を変えておきましょう。

 いいフレーズを思い付きました。

 キャッチーな言い回しをサラッと言ってこそのコミュ障からの脱却!



 これが本当の怪我の功名ですね!!



 間違いなく、今俺のコミュ力が上がった気がする。

 さて、勢いそのままに矢原さんを攻略しよう。


「証明が必要か? なら、オレにボールを当ててくれ」

 すごい、俺が設定したセリフ、そのまま流用されてる。

 元勤め先が下請けに甘んじているのは、こういうところが原因だと思う。


「あの、じゃあ、一旦ボールを手放しますねー?」

 若林さんは、群れからはぐれたバンビのよう。

 なんだか見ていられないので、「俺が貰います」と助け船を出す。


「矢原さん。あなた、運営に言われてますよね? 弾は入っていない、大丈夫だって。セリフは違うかもですが、ニュアンスは合ってますよね?」

「……なっ!? 何を言っているのか、分からん、な」

「断言しておきますけど、騙されてますよ、あなた。普通に弾が出ます。と言うより、実践して見せた方が早いですかね。若林さん!」


「えあああいっ!?」


 今日一の良い笑顔で俺にボールをパスした彼に、もう一仕事してもらおう。

 あ、もう笑顔が曇ってた。すみません、お手数かけます。


「俺を当てて下さい。阿久津さん、すみませんけど、さっきみたいにリカバリーお願いできますか?」

「おう。任せちょけ」


 そして女の子投げで若林さんが投じたボールを胸でトラップ。

 宙に浮いたボールを阿久津さんがキャッチ。つまり、セーフ。


 ただしペナルティは執行される。

 ロシアンルーレットと表示されているペナルティ。

 壁の発射口から銃が運ばれて来た。


 回転寿司屋でよく見る新幹線の装置に乗って。

 そうそう、かっぱ寿司に行って思い付いたんですよ、この運搬方法。


「運営との契約で、このロシアンルーレットを事も無げにこなして見せて、したり顔でこのゲームには必勝法がある……って言う予定でしたよね?」

「……ふっ。どうだかな」

「じゃあ、見てて下さいね。行きまーす」


 俺は、誰もいない方角に銃口を向けて、リボルバーの装弾数と同じく、5回ほどトリガーを引いた。


 ——ダァン。ダァン、ダァン、ダァン、ダァン。


 その場の全員がドン引きです。


 俺の企画書だと、したり顔の前回参加者は不慮の死を遂げて、ゲームがさらに混迷を極めて盛り上がることになっていました。


 そのまんま、俺の企画はまったく修正されていなかった、と。


 と言うか、銃ってこんなに反動あるんですね。

 腕がもげたかと思いました。


 おっと、いけない。

 ペナルティを無視したペナルティがやって来る。


「阿久津さん! 莉果さんを抱えてラインの一番後ろまで下がってください!!」

「おうよ! 嬢ちゃん、こんなおっさんですまんがのぉ、ちぃっと我慢せぇよ!!」

「わわっ、きゃあっ」


 阿久津さん、年齢を考えると望外な俊敏性。

 そして俺も、全力でコートの反対側に滑るようにして退避。


 ——ゴンッ!


 鉄骨が落ちて来た。

 このギミックは失敗だったなぁ、音が地味だものと思いながら、俺は矢原さんに警告する。


「お分かりの通りです。あなた、今、死んでましたよ? まだ、このクソゲーの運営を信じます? 絶対報酬貰えないと思いますけど」


 少しの沈黙。

 矢原さんが口を開く。



「ず、ずびばぜーん!! オレ、完全に騙されてましたぁぁぁ!! 変なキャラ付けまでして、混乱させて、マジですみませぇぇぇぇん!!」



 これにてゲームの8割が攻略済み。

 背中は痛いが、あと少し。


 頑張れ、俺。頑張れ、コミュ力。


 正直、いっぱい喋り過ぎて、頭の中がゴチャゴチャしてきましたよ。

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