デスドッジボール編

第13話 またしてもデスゲーム

 ハイエースは、例によって雑居ビルに入る。

 前回よりも少しばかり大きいでしょうか。

 周りは倉庫や廃材置き場でほぼ囲まれており、これでは飲み物一つ買うのにも苦労しそうだと思う。


「あの、木刀は置いて行ってもらえますか?」

「あ、え? ダメですか? せっかく持って来たのに? え? ダメですか?」

「えっ!? いや、ダメと言うか、ええ……。デスゲームに武器持ち込みする人なんて聞いた事ないですけど!?」


 主任の言う事も一理あるなと感心。


「なるほど。分かりました。置いて行きます。ああ、帰りに回収しますから、ハイエースに載せておいて下さい」

「……生き残る気満々なんですね」

「はい。むしろ、こんなしょうもない事で死ぬ理由が見つかりません。お聞きしますけど、主任さんはデスゲームで死にたいですか?」

「……差し出口をきいてしまい、すみませんでした」


 主任とのお喋りも楽しいけども、早いところ会場に入った方が良いでしょう。

 理由は後述するが、これは結構大事なポイントなのです。


「こちらです。どうぞ。奈良原様が入られたら、施錠しますので」

「はい。トイレは済ませてきましたから、平気です」

「えっ、あ、はい。そうですか……」


 そして足を踏み入れる、デスゲームの会場。

 こんなに心が躍らない場所もなかなかないと思う。



 相変わらず、真っ白なコンクリートで覆われた部屋と言う、何の捻りもない舞台がそこにはあった。

 どうして毎回同じような演出をするのか。


 俺は、会社に在籍時、壁を花柄にしたり、床にふなっしーのスタンプを押すことを提案したが、どれもことごとく却下された。

 今さら未練など微塵みじんもないが、当時の上司だった高東原さんの頭は固すぎた。

 だから未だに出世できず、場末のゲームマスターなどさせられるのです。

 彼は元気にやっているでしょうか。


 それはさて置き、まずい事になりました。

 俺がゲーム会場に入った瞬間、参加者たちがざわつく。


 それはつまり、彼らが既に拉致されてきて、多分眠らされたりしていたと思うのですが、その状態から覚醒を果たしているという事。

 大変結構なことであり、素人が一般人を昏倒させるリスクを考えたらば、無事に目が覚めて「おはようございます」と挨拶をしたい心情です。


 話の主題はそこではなく、参加者が既に「ここを異常な場所だと認識」している事が問題。大問題。

 異常な場所に、異常な状態の人間が同じ条件で横たわっている。

 それがあるべきデスゲームのスタートであり、スタンダードでもあります。


 そこに、俺が重役出勤で「やあやあ」と遅れて会場入りした事実。

 これがめちゃくちゃ悪手。


 彼らがざわついたのがその証拠。

 俺と彼らの間に、既に「同じ条件ではない」と言う、一種の異物感が生まれてしまっている。


 今回も参加者全員を生還させる方針の俺としては、協力体制を速やかに整えたかったものの、それが容易ではなくなりました。

 これを作為的にしたのであれば、今回のゲームマスターは結構手ごわい。



『ようこそ! 不幸な一般市民の皆様! 本日は、上級国民の皆様のために命を粗末にして頂くことになります! 噛み砕いて言えば、デスゲームに参加してもらいます!!』


 例によって、ゲームの趣旨がゲームマスターによって語られ始める。

 その間に、俺は参加者の人数、男女比、その他諸々を観察する。


 この場には全員で8人いる。

 意外と多い。が、人数から何となくゲームの種目を察する事ができる。

 嫌なスキルですね。


 男性、俺を含めて7人。女性が1人。

 年齢は、上は40代半ばくらいの男性、下は女子高生くらいの女の子。

 割と動ける年齢に偏っている。そして偶数。


 足元には、二面に区分けされた四角いコートが。

 壁を触って歩くと、なるほど、今回も発射口がある。


 天井を見上げると、薄暗くて判然としないが、恐らく何かが吊るされているだろう。

 照明が壁に設置されている事からも、天井が薄暗いのは意図したものと考えるのが自然。


 大方の予想はつきました。


 ゲームマスターの口上はクライマックスのようで、怒声を浴びせる者、静聴する者、笑みを浮かべる者、泣きわめく者、今回は皆さんバラエティに富んでいる。

 そしてゲームマスターは言った。



『今回、皆様に行ってもらうデスゲーム! それは、デスドッジボールです!! 今から、2チームに分かれて頂きます! そう! このゲームでは、半数の4人が生き残れると言う大盤振る舞い!! 精々頭を使って、組む相手を探してくださいね!!』


 そこでゲームマスターの通信は一旦途切れる。



 ——ああ、やっぱりこのデスゲームも作ったの、俺だ。



 ゲームの性質上、フリートークタイムを設けなくてはならないのは助かります。

 どうせ、この様子を出資している悪趣味な金持ちが見ているのでしょう。

 もしかすると、どっちの誰が生き残るか、賭けでもしているのかもしれません。


「すみません。聞いて下さい、皆さん」


 俺は、時間を有意義に使うため、速攻に打って出た。

 これが最初の悪手。


「お、お前! 怪しいぞ!! 一人だけ眠らされずにここまで来たみたいじゃないか!!」

「はい。その通りです」


 そして選択肢のミスチョイスをトッピング。


「お前! このゲーム作ったヤツらと、グルなんだろう!?」

「いいえ。違います。正確には、以前勤めていた会社が、このゲーム会社でした。そこでデスゲームを作っていたのが俺です。しかし、それとは知らずに——」


 トドメに、俺のコミュ障をドーンとマシマシ。

 考えられる最悪のルートをスキップして走破した俺でした。


「聞いたかよ、みんな!! 騙されちゃダメだ!! こんなヤツの言う事を聞くと、最初に殺されちまう!!」

「ああ、いえ。俺の目的は、全員の生還でして」

「絶対嘘だね!! 名前も知らないのに、そんな綺麗事吐くヤツなんて、信じられるか!!」


「ああ、これは申し遅れました。俺は奈良原新汰と言います。今は農業をやっております」

「これはご丁寧に、自分は若林です。って、そうじゃないだろう!?」


 こうして、完全なる壁が出来上がってしまった。

 更に俺は説得を試みたが、結果として、強固な壁がATフィールドに進化しただけだった。



 会場の隅でため息を吐くのは俺。

 これは困りました。


 デスドッジボールは、社員の頃に課長賞を取った、結構出来の良いゲームです。

 デスゲームと知っていたら組み込まなかった、参加者を陥れる罠もそれはもう頑張って、色々と用意した。


 そのため、参加者の協力が無血攻略には不可欠なのに、まさか初手でつまずくとは。

 自分がコミュ障な事を失念していました。

 やっぱりペタジーニさんを連れて来れば良かった。


 このゲームは、チーム分けが済まないと始まりません。

 つまり、俺もどちらかのチームに参加する必要があり、要するに俺が隅っこで埃をいじくりながらハブられている間は比較的平穏。


 だが、このままではらちが明かないし、済ませて来たとは言え、急に催してくるかもしれません。

 ゲームの設定表にトイレの有無について記載を怠ったかつての俺に少しばかり怒りを覚えていると、目の前に影が差した。



「やば! 人違いかと思ったけど、奈良原さんじゃん!! ちょ、マジで!? 状況も意味わかんないけど、ここで知り合いと会うとか!! それはアリ!!」


 そこには制服姿の女子高生がいた。

 俺に女子高生の知り合いはいない。いたら事案である。


「ちょっ、もしかして気付いてないんですか!? ナシなんだけど!! ウチです、白木屋しらきや種苗園しゅびょうえんの、莉果りかです!!」

「……ああ! 莉果さんでしたか! いや、制服があまりにも似合っているものですから、全然気付きませんでした」


「いや、今はそーゆうの、良いんで! マジで!!」

 今どきの女子高生は、なんだか冷たい。


「つか、これガチのヤツっすか!? 今どきデスゲームとか、なくないですか!? 分かった、新手の脱出ゲームとか!?」

「落ち着いて下さい。残念ながら、これはガチのヤツです」

「そ、そんなこと、奈良原さんに決める権利とかなくないですか!?」


 ああ、またあのセリフを吐かなくてはならないのか。


「あのですね、莉果さん。申し上げにくいのですが」



「そのデスゲーム作ったの、俺です」



 莉果さんだけでなく、会場が静まり返った。

 俺は、「ああ、声のボリューム間違えたなぁ」と、おのがコミュ障の不始末に目を細める。


 ダメですねぇ、俺ってヤツは。

 ホントにもう、ドジっ子。

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