第12話 育つ野菜と深夜の襲撃
その日もいつもと同じだった。
「新汰よー! スプリンクラーが回んねぇんだわ!」
「それはいけませんね。すぐに行きます」
「叩いたら直るかと思って叩いたら曲がっちまったんだけど、不良品じゃね?」
「あなた、仮にも土木作業の現場で働いていたんですよね?」
発想がお年寄りのそれである。
現場に到着してみると、スプリンクラーが見るも無惨な姿になっていた。
これはダメですね。
俺の工具じゃどうにもなりません。
「明日にでも、業者に修理を依頼しましょう」
「なんだよ、そんな事に金かけんの!? オレが直したらボーナスくれる?」
「何もしなかったらボーナスを出します」
「ひでぇ! ……でも、なんか知らんがラッキー!!」
「とりあえず、水撒きを念入りにしておいてください」
「水の呼吸使って良い?」
「出来れば呼吸しないでお願いします」
今のところ順調である。
「茄子は水で育てる」と、読み過ぎてクタクタになった俺のバイブル、三千円で買った農業の指南書に書いてあった。
先ほど、誰かがその水やりのキーマンであるスプリンクラーを破壊したが。
ペタジーニさんには、責任取って直るまでの間、茄子に付きっ切りで水をやってもらおう。
ピーマンの方は、更に順調。
もう既に実が収穫できる程の大きさになっている。
凛々子さんのアドバイスに従って、黒マルチをしっかりと使用したのが正解だった。
マルチとは、農業従事者にとってなくてはならない相棒である。
その効能について語ると、興味のない人が次から次へといなくなるのは明白なので、むちゃくちゃ簡単に説明する。
土壌の水分を蒸散しないようにしたり、土壌温度を一定に保ったり、雑草の抑制、肥料の流出防止、等々、素晴らしい働きをしてくれるフィルムである。
今度畑を見る事があれば、注目して頂きたい。
ビニールみたいな見た目で土を
頬ずりしたいくらいには愛しています。
「新汰さーん! 麦茶とお菓子持ってきましたー!! 休憩にしませんかー!?」
畑の向こう、
もう六月も半ばであるからして、結構蒸し暑い。
そんな中、冷たいものの差し入れは大変ありがたい。
「ペタジーニさんは水をやり終えてから来てくださいね」
「なんか冷たくねぇ!? 悪かったよ、スプリンクラーの事は謝るからよー!!」
「別に怒っていませんよ。ただ、茄子の水やりを
一足お先に俺は凪紗さんの待つ母屋へ。
そう言えば語った事がなかっただろうか。
この土地を伯父から譲渡する際「古い家が建ってるけど、壊すなり好きにして」と言われたので、俺はそこに住んでいる。
築四十年と、雨風の強い日は住む者をやきもきさせるが、まだまだ余裕で住める。
なにより、昔の民家の造りなので大きい。
ペタジーニさんも、働き始めた頃は毎日アパートから通っていたが、最近では三日に一度は泊まっている。
農家の朝は早いので、そうしてもらった方が助かる事も多い。
「私も泊めて下さいよぉー」
「ダメです。あ、このゼリー、美味しいですね! 中に入っているのは、梅ですか!!」
「ぶーっ。と言うか、女子が泊めてって言ってるのに、それよりも梅ゼリーに食いつかれると、ちょっとだけ傷つきます……」
「おーす! 水、完璧にやってきたぜ! 見るか!?」
「ああ、大丈夫です」
「冷てぇ! なんだよ、従業員の成長を確認しろよ!!」
「あなたの仕事はもう確認するまでもなく、任せられると判断していますから」
「あ、新汰……! お前ってヤツは!!」
「ちょっと、ヤメて下さいよぉ! 男同士でイチャイチャしないで下さい!」
「えっ? そんな気色の悪いことしませんよ?」
「野菜は成長してんのに、お前のコミュ力は一向に芽が出ねぇな!!」
こんな感じで、いつもと同じように日暮れまで働き、泊っていくと言うペタジーニさんと夕飯を食べて、床に就いた。
本当に、何の予兆もなかった。
深夜、やたらと大きな車の音と、何人かの足音で目が覚める。
続いて、防犯用に設置してある警報が鳴る。
「おう! 新汰、オレ先に行ってるぜ!」
「俺もすぐに行きます。野菜を盗もうとは、
まず、先発隊として、ペタジーニさんが母屋を飛び出した。
俺は、場合によっては通報が必要になるため、スマホと、荒事になると困るので護身用に置いてある木刀を持って、遅れる事5分、母屋を出る。
「ワケ分かんねぇ事言ってんじゃねぇよ! うるぁあ!!」
「しゅ、主任! この人ヤバいです! 僕らじゃ太刀打ちできません!!」
想定していた野菜泥棒との大立ち回りと考えると、何やら様子がおかしかった。
誰も野菜に目もくれず、ペタジーニさんに襲い掛かっている。
俺は、野菜の魅力について夜が明けるまで語ってあげようと思った。
「おい! 新汰ぁ! 危ねぇ!!」
「おっと。せいっ! ヤメて下さい。俺は彼みたいに頑丈じゃない一般人ですよ」
「いや、死角から襲われてんのに、普通に木刀で殴り倒す一般人はいねぇわ」
「どちら様ですか? 一番偉い方、どなたです?」
「主任! 呼ばれてます!!」
「バカ、押すな! ちょ、おい、振りじゃねぇよ! 押すなぁぁぁ!!」
そして主任なる人物が転がるように先頭へ出て来た。放浪記ですか?
「警察に通報してよろしいですか?」
「ま、待て! いや、待って下さい! あの、僕ら、お迎えに来ただけなんです!」
「ペタジーニさん。夜遊びはほどほどにと言ったじゃないですか」
「こんなワイルドな夜遊びしねぇわ!!」
「いえ、そちらの、奈良原さんにご用がありまして」
まさか、俺をご指名とは。
クラブとか、行った事ないけど大丈夫だろうか。聞いてみましょう。
「クラブって初めてなんですけど、ご迷惑じゃありませんか?」
「なぁ? もうちょっとコミュ力付けようぜ? クラブ誘うのに集団で拉致しに来るとか、それは多分ファイトクラブ的なアレだよ?」
「僕らは、デストライアスロンの人間です」
「なにその物騒な名前! 聞くからにおかしい団体じゃねぇか!!」
ペタジーニさんの真っ当なツッコミの裏で、俺は点が線になる感覚を得ていた。
「あー。あー。ペタジーニさん。……それ、俺の前の職場の名前です」
「……ああ!? え、なに!? あの、デスゲームの!?」
「はい」
「僕たちは、奈良原さん、あなたを拉致して来いと言われたんです」
「はぁぁぁ!? てっめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ!? また懲りもせずに新汰をデスゲームに巻き込む気か!?」
「そうは言っても、僕たちだって仕事なんですよ!!」
「黙れ! 新汰は渡さねぇぞ! ここでオレがてめぇら全員片づけてやらぁ!!」
ペタジーニさんの気遣いはとても嬉しかったのだが、反面、冷静に考えるとこの対応が正しいのか不安になって来る。
そして、1度芽を出した不安はすくすく育つ。
割と簡単に、ひとつの結論に達してしまった。
「ペタジーニさん。俺、ちょっと行ってきますよ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!? ついに頭おかしくなったか!?」
「失敬な。俺は正常です」
「あのなぁ、命ってのは1個しかねぇんだぞ!? 一点物の命を粗末にすんなよ!!」
「いえ、別にデスゲームしたい訳じゃないんですよ」
「なら、どういう事だよ!?」
「考えたんですけどね。今回この人たちを撃退しても、どうやら俺は標的にされているみたいですし、結局、そのうちまた拉致しに来ると思うんです」
「お、おう」
「だったら、こっちから行って、会社の偉い人を叩き潰して来るのが得策かな、と。下手に暴れられて、野菜に傷でもつけられたら、俺、殺しかねませんし」
「新汰……。じゃあ、オレも行くぜ!?」
「いえ。ペタジーニさんには俺の留守中、野菜の世話をしてもらわなければ。どれくらいかかるのかもしれませんし。お願いしますね」
不承不承のペタジーニさんに「ちょっと行ってきます」と挨拶して、俺はハイエースに乗り込む。
二台目のハイエースをお土産にするのも良いかもしれない。
俺を乗せた車は、漆黒の中、新たなゲーム会場へと走る。
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