第11話 白木屋種苗園と白木屋姉妹

 ハイエースに乗って、ウキウキなドライブ。

 ちなみにこのハイエース、前回のデスゲームの際に慰謝料代わりとして貰って来たものです。

 俺たちを拉致するのにも使われた、縁の深い乗り物でもあります。


 後ろ暗い事の代表格であるデスゲームの拉致に使われた車なんて、どうせ盗難車とかだろうとお思いでしょう?

 ちゃんと前回ゲームのマスターだった高東原たかとうはらさんから聴取済み。


 驚く事なかれ、彼の自家用車であり、車検を済ませたばかりだと言う。

 速やかに譲渡手続きをしてもらって、確認できない場合は何するか分からないと忠告したらば、数日後、しっかり俺の車になっていた。


 これは酷いことなのでしょうか?

 俺はコミュ障なので分からないですが、多分、人様ひとさまの命をもてあそぶゲームを嬉々として運営していた彼の方が酷いと思うのです。

 そういう訳で、今ではうちの便利な自家用車、ハイエースちゃん。


 彼は今日も俺たちを乗せてひた走る。



「おい、新汰! せっかくだからイージューライダーでも流すか!?」

「好きですね、ペタジーニさん」

「ドライブって言えば音楽だろうが! あと、スキマスイッチのトラベラーズハイってのも、なかなかにアガるぜ? オレのスマホに入ってる!」

「どうぞ、ご自由に」


 いそいそとオーディオをセッティングするペタジーニさん。


「新汰さん、運転上手ですね! 安心できます!」

「そうですか? 普通に運転をしているだけですが」


 助手席には凪紗さん。ニコニコスマイル。

 ご機嫌な様子。何よりです。


 ならばペタジーニさんはどうやってオーディオのセッティングをしているのかと言えば、後部座席からむちゃくちゃ体乗り出して、腕を伸ばしている。

 危ないから、早く済ませて下さい。


「オレが運転するっつってんのに、こいつハンドル譲らねぇんだ!!」

「違います。あなたの運転が危険だから、俺が仕方なくドライバーしているんです」


 ハイエースが来た当初は、ペタジーニさんが運転する予定だった。

 彼が「オレ、前の職場でも運転してたからよ!」と言うものだから、「じゃあお願いします」と言う流れになるのは当然。


 そして、ハンドルを握って数秒。彼は柱で車体をこすった。

 まさか、手に入れた車で最初に向かう場所がカーコンビニ俱楽部になるとは。

 ペタジーニさんの前の職場では同僚の方がさぞや苦労をしていたのだろう。


白木屋しらきや種苗園しゅびょうえんって、どんなところなんですか?」

「結構大きなお店ですよ。この辺の農家はお世話になっている所も多いと聞きます」

「そうなんですかぁー。私、そういうお店に行った事ないので楽しみです!」


「そう! 楽しいところなんですよ! もう、見渡す限り、種と苗が並んでいて! いやぁ、俺は農場が潰れたら是非あそこで雇ってもらいたいですね!!」

「あははは! 新太さんがテンション上がるなんて、ステキなところなんですね!」


「おーい、新汰よー。今、普通にその種苗園の前を通過したぜー」



 そんなこんなで、目的地に到着である。

 俺としたことがテンションを上げた勢いそのままに店の前をスルーすると言うミスもあったが、ドライブにトラブルは付きものなので問題ないでしょう。


 と言うか、カーナビを勝手にオフにしていたペタジーニさんにも問題がある。


「だって、音楽流れてる時にナビ音声入ると萎えるじゃん?」

「あなたは運転に関して一切意見しないで下さい」



「あら、いらっしゃい! 新汰くん! 晴矢はれるやさん!」

「どうも、お世話になっています、凛々子さん」

「ちょっと、ちょっと! 今日は可愛い子連れてるじゃない! どっち!? どっちの恋人!? どう見ても妹じゃないわね!? 特に晴矢さんとは骨格が違うもの!!」


 このグイグイ来るのが、白木屋しらきや凛々子りりこさん。

 歳は俺の一つ下の22だが、コミュ力は俺の20000くらい上な女子大生。

 もう卒業までほとんどやる事がないと言う理由で、実家の種苗園を手伝っている、元気な女性である。


「あ! 私、小瀬川凪紗と言います! よろしゅくおにゃがいします! ……あ」

「あっははー! 緊張しなくても平気よ! わたしは白木屋……って、名字はバレちゃってるか! 凛々子よ! 気軽に名前で呼んでちょうだい、凪紗ちゃん!」


「どうだ? 別に、普通の女の人だったろ?」

「うぐぐ……。これは強敵ですよぉ……。ところで、晴矢って誰ですか?」


「オレだよ!! オレの名前だよ!!」


「それで、電話で注文しておいたピーマンと茄子、苗があるって聞いたんですが!? 実物を見せてもらっても!? も、もう我慢できなくて!!」

「あー。はいはい! 新汰くんはいつも食い気味でわたしも売りがいがあるわー。こっちよー。苗は逃げないから、足元気を付けてねー」


 そして案内された先には、たいそう可憐な苗が鎮座していた。

 抱きしめたいが、抱きしめると折れるので抱きしめられない。

 何と言う歯がゆさ。


「これがね、さららって品種のピーマンで、うちのおすすめ! ビタミンCが豊富で、味も抜群よ! 栽培も比較的容易な部類! どう!?」

「買います!!」

「相変わらず、気風きっぷが良い買いっぷり! わたしは好きだなぁー! 新汰くんのそーゆうとこ!! んじゃ、茄子なすも見る?」

「見ます! そして買います!!」


「あの、凪紗ちゃん? なんでオレを壁にしてんの?」

「むむむ……。敵情視察がバレたら意味ないじゃないですか!!」

「いや、大丈夫だって。あの新汰が、人間の女になびくと思うか?」


「どういうことですか?」

「見てりゃ分かんだろ? アレは、野菜に興奮してるただのコミュ障だ。ぶっちゃけ、凛々子の嬢ちゃんが相手じゃなくても、あのテンションになる」

「むー。そう言われるとホッとするような。……でも、それって私にとってもマイナスの情報ですよね……」


「そこは気の毒! マジで気の毒!!」



 その後、茄子の苗も食い入るように見て回り、結局『千両茄子』と言う品種に決めた。

 『サファイヤ茄子』にも大いに惹かれたのですが、まずは基本を学ぶべきと凛々子さんの金言きんげんたまわり、俺もうなずくところ大でした。


「お姉ー! パパが呼んでるー!」

「マジかー。じゃあ、莉果りかさ、新汰くんの注文書受け取ってくれるー?」

「はぁー? ダルいんだけどー」

「あんたも実家の仕事なんだから、ちょっとは手伝いな! お小遣い減らすよ?」

「へーい。どもどもー。らっしゃーせー」

「やあ、どうもお世話になっています。莉果さん」


「ペタさん! ペタさん!! なんかまた女の子が増えましたけど!?」

「ついにオレの名前、原形をとどめなくなっちまった……。あれは、凛々子さんの妹だな。確か、莉果ちゃんって言ったか? 高校3年生だって話だぜ」

「ジェーケェー!! くぅぅっ、私だって、去年まで女子高生だったんですよ!!」

「いや、知ってるよ!? ちょ、おい、なんでオレのピアス引っ張んの!?」


 さっきから後ろがうるさいです。

 彼らは野菜に対するリスペクトが足りない。

 帰りの道中でお説教しなければならないようですね。


「奈良原さんってさー。なんでこんな泥臭い仕事してんの?」

「よくぞ聞いてくれました! 実は俺、何かを作るのが得意なようでして! それでいて人付き合いに難があるようでもあり! つまりこれは天職で!!」


「あー。さーせん。聞いたウチが悪かったっす。ちょっと熱すぎてダルいんで、その話はまた今度聞かせて下さいでーす。はい、注文書、確かに受け取りました」

「支払いはいつも通り現金でお願いします」


「うわっ! すごいお金入ってんじゃないすかー! 農業ってそんな儲かるんです?」

「今のところ、儲けはほとんど出てないです。莉果さん、農業に興味が!?」

「あー。ないっす。ウチが興味あんのは、どっちかって言うとお金なんで」


 可哀想に、彼女はまだ若いから、農業の尊さを理解できないでいる。

 17歳ではグリーンよりもゴールドに目が行くのも仕方ないのでしょうか。

 いつか、莉果さんとも熱い農業トークを展開したいものです。


 緑はグリーン。ふふふふ。



「ペタジーニさん、慎重にお願いしますよ!!」

「わーってるよ! もう、耳がおかしくなるくれぇ聞いたわ!!」

「白木屋種苗園……。恐ろしい場所でした……! 私、頑張らなくっちゃ!!」


 三者三様の気持ちを乗せて、そして大事な苗たちを載せて、ハイエースは夕暮れを走るのだった。

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