第10話 凪紗さんの恩返し ~販路が増えるよ、お野菜集合!~

「えっ!? うちの野菜をレストランで使ってもらえるんですか!?」

「はい! 昨日、併設されているレストランのおばさんとお話してたら、流れが新汰さんの事になりまして! 玉ねぎの品質も高いし、是非とのことです!!」


 急な展開だった。

 俺の野菜が評価をされているらしい。

 嬉しいじゃないですか。


「つまり、何か新しい野菜を育てたら、レストランのメニューなどで使って頂けると、そういうワケですか?」

「はい! そーゆうワケです!!」

「これは何と言うか、凪紗なぎささんには差し入ればかりして貰っているのに、その上新しい販路の開拓まで……。もう、実質うちの従業員みたいですね」


「ええっ!? 私、ここで雇ってもらえるんですか!?」

「あ、すみません。例えばの話です。雇いません」


「むーっ。期待させておいてその態度は酷いと思います!」

「いや、しかし、道の駅の方がお給料も良いでしょうし、福利厚生等もうちとは比べ物になりませんよ」


 先日、やっとペタジーニさんの公的保険の手続きが終わったレベルのうちの待遇を、福利厚生と呼んで良いのか。

 それすらもはばかられる気がしてなりません。


「私はお仕事にやりがいを求めるタイプなので!!」

「それなら、なおさらですよ。うち、向上心とか一切ないですから」

「むむ……。新汰あらたさんって意外と攻略が難しいです」

「なるほど。ちょっと意味が分かりませんが、とりあえずごめんなさい」


「仕方がないので気持ちを切り替えます! 何を作るか相談しましょう!」

「相談にまで乗って頂けるんですか?」

「もちろんですよ! よろしければ、おはようからおやすみまで、私が一括サポートさせてもらっても良いんですよ!?」


 それも楽そうだなぁと思う反面、この冗談とも取れる発言を年頃の女性を相手に何と返事したものかと考えていると、面倒になりました。

 総合的な判断で「今はまだ結構です」とお断り。



 なにはさて置き、新しい野菜ですって。

 これはもう、ワクワクしてしまうではないですか。

 俺は農業が大好き。農業も多分、俺の事が大好き。

 相思相愛の関係がまた一つ深まるとあっては、じっとしていられません。


「うーい。どしたー? おっ、凪紗ちゃん! うーっす」

「ペタジーニさん、こんにちはー」


 農場の経営方針を決めるとあっては、従業員の意見も大切にせねばならない。

 足の方はかなり良い具合になったが、まだ腰が痛い俺。

 つまり、種まきや苗の植え付けはペタジーニさんに頼らざるを得ない。


 種まきからするのが楽しいのに。何と言う残酷な運命。

 おのれ、ペタジーニさん。


「新しい野菜ねぇー。オレは、アレだな! スイカが良い! 美味ぇから!!」

「ダメです、ニッチ過ぎますよ! レストランで使うんですよ? デザートでカットしたもの提供するだけとか、用途が狭すぎです!!」

「ぐっ! なんつー理詰めの反論! さては凪紗ちゃん、勉強できるな!?」

「ふふんっ! これでも通っていた高校では学年トップ5の常連でした!」


「おい、どした、新汰? ほうけた顔しちまって」

「もしかして、新汰さんもスイカ作りたい派でしたか!?」



「ああ、いえ。農業って色々考えないとダメなんだなぁって思いまして」

「呆けてんのな!! お前、計画性がなさ過ぎ! どうした、元ゲームプランナー!! 計画立てるの仕事じゃん!! 食べ放題で最初に料理取りまくる人か!!」



 言われて気付く、俺の元職。

 本当じゃないですか。


 ただ反論させてもらえればありがたいのですが、俺は玉ねぎに関して、手前みそになるものの、完璧な計画と徹底した管理で、それなりの物を作って来たと思います。

 つまり、元の職場で企画ばかり立てさせられていた反動で、管理力は残っているものの、計画性や企画力はとうに出家しゅっけしてしまっていた模様。


「新汰さんの作りたいお野菜ってないんですか? これ、カタログです!」

「あー。えーと。今の時期だと……。ああ、ピーマンとか良いですね」

「マジかよ! オレ、ピーマン嫌いなんだよ! 苦ぇじゃん!!」


 子供ですか。


「わぁ! ピーマンだったらお料理でも大活躍ですよ! 理由をお聞きしても?」

「ああ、はい。あまり重くないですし、管理も比較的簡単だと書いてあるので」

「合理的! 出たよ、出ました、新汰の合理主義! かぁーっ! 若ぇんだから、もっと冒険しろよー! 他にも理由があんなら、まあ仕方ねぇけど?」


「あとは……。緑色なのが良いですよね」

「野菜は結構な勢いで緑色だけどな!?」


「じゃあ、ピーマンは決まりとして、もう一つくらい行っちゃいますか!?」

「ええ……。俺は手を出し過ぎて中途半端にはしたくないんですが」

「大丈夫です! ペタジーニさんが馬車馬のように働きます!!」

「なるほど。それなら大丈夫ですね」


「君たちは、一度オレの扱いについて話をした方が良さそうだな。まあ、働くけどもよぉ!」


「あっ、茄子なす! お茄子はどうですか!? 時期的にも悪くないですし、これも管理は比較的容易って書いてありますよ!!」

「茄子ですか。良いですね。こちらも軽い野菜ですし、ちょっとチャレンジしてみましょうか。それに——」

「おっ! 今度は何か思い入れでもあるんか!? 聞かせろ、聞かせろ!!」


「紫色って良いですよね」

「ホント、聞いて損したって心から思えるわ! ありがとよ!!」


 こんな感じで、うちの農場で新しく作物を増やす運びとなった。

 野菜を育てるのは本当に楽しい。

 そんな機会を与えてくれた凪紗さんには、何かお礼をしなければならない。


「凪紗さん。欲しいものはありますか?」

「えっ!? 急にどうしたんですかぁ?」

「なるほど。やはり、現金ですか」


「え、ええ!? ちょっとヤメて下さい! 私にまで変なキャラ付けとか、嫌ですよ!?」


「……オレに気を遣ってくれるヤツ、誰もいねぇ」


「ああ、いえ。こんな素敵なお話を持って来て下さったので、何か形の残るお礼を、と考えたのですが。不躾ぶしつけだったでしょうか?」

「なんだぁー。それならそうと言って下さい!!」


 それをそうと言ったつもりなのですが。

 まったく、意思疎通って難しいですね。

 コミュスキルとか、ゲームだったら絶対に割り振らないのに。

 現実ってすごい。すごいを通り越して、いっそロックですね。とても固い。


「だったらですね、育ったピーマンを一番に食べさせて頂けますか?」

「そんな事で良いのですか?」

「はい! 新汰さんの作ったお野菜、とっても楽しみです!!」

「そうですか。そう言う事でしたら、喜んで」


 そうと決まれば、行動開始は早い方が良い。

 なにより、俺の頭はもうピーマンと茄子の事でいっぱいである。

 この溢れ出る感情を抑えきれない。


「すみません。ちょっと電話を一本掛けても良いでしょうか?」

「あ、はい。じゃあ、私、席を外しましょうか?」

「ああ、いえ、お気になさらず。ただの注文ですから」

「おー。白木屋しらきやんとこに電話すんのな」


「もしもし、お世話になっております、奈良原農場です。ああ、凛々子りりこさんですか。ちょうど良かったです。急な注文なんですけど、お願いできますか?」


 俺の電話の邪魔をしない声の大きさで、ペタジーニさんが凪紗さんに電話の相手を説明している様子。

 意外と気が利くペタジーニさん。

 鼻の輪っかは伊達じゃない。


「うちの種とか苗は、全部、新汰が電話してる、白木屋しらきや種苗園しゅびょうえんで買ってんだよ。なんか、この土地を紹介してくれた伯父だったか叔母だったかが懇意こんいにしてたんだと」

「そうなんですか! じゃあ、凛々子さんって言う方はご年配の?」

「いんや? 若ぇよ? 確か、女子大生とか言ってたかな? 跡取り娘で、もう大学は卒業するまでやる事ねぇからって、よく店番してんのよ」


「……可愛い人ですか?」

「おー。そうだな、美人だと思うぜ?」

「……私とどっちが美人ですか?」

「お、おー。さあなぁ、それは個人の好みのもんだ……いや、凪紗ちゃん! 凪紗ちゃんの方がぶっちぎりで可愛いわ! マジ! ガチ!!」



「ペタジーニさん。なにやら、たまたま在庫があるそうなので、明日早速買いに行きましょう」

「んじゃ、ハイエースの荷台空けとかねぇとな! ちょっくら片づけてくらぁ!」

「お願いします」


「あの、新汰さん。私も行っても良いですか!?」

「はあ。別に構いませんが。そんなに面白いところではないですよ? ああ、いえ、俺にはとても面白いところですが」


「全然かまいません! 連れて行ってください!!」


「お、オレは車庫に行くぜぇー? 新汰は凪紗ちゃんとごゆっくりな!」

「はい。じゃあ、凪紗さん、明日は朝10時に出ますので」



 こうして、農場に新たな作物が増える事となった。

 どうしよう、ドキドキします。

 なるほど、これが乙女心!



 今晩、寝付けるでしょうか。

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