スローライフ編 その1

第9話 賑やかになる奈良原農場

 デスゲームから数日。

 俺は悠々自適なスローライフに復帰。

 今日もせっせと玉ねぎを収穫します。


 育てているのは、とあるブランド玉ねぎ。

 とは言え、やはり玉ねぎの単価は安い。

 薄利多売スタイルでやっていかないと利益は出ません。


 まあ、半分以上趣味みたいなものなので、そこまで利益に固執している訳でもないですが、自分の育てた農作物が売れるのはやはり嬉しいもの。

 それなのに、右足と腰を負傷しているため、作業効率はグンと落ちる。


 デスゲームの翌日、近所の整形外科に行って診察を受けた。

 結果、骨には異常なし。

 しかし、足と腰、ともに打撲で、全治は2週間。

 これは困ります。

 農作業に支障が出ると、出荷先にご迷惑がかかってしまう。


 そんな折、偶然の再会が訪れた。



「おーい! 待ってたぞ、奈良原!!」

「あれ? ペタジーニさんじゃないですか。家を間違えたかな?」

「なにしょうもねぇボケかましてんだ! お前んちだよ!!」


 どうやって俺の住所を知ったのかと聞いたところ、デスゲームの際にした俺と小瀬川さんの会話を思い出して、道の駅で俺の事を尋ねたらしい。

 相変わらず、見かけによらない頭の冴えには脱帽。


「どういったご用件で?」

「おう、そうだ! なぁ、人手が必要じゃねぇか? その足、何かと不便だろ?」

「そうですね。おっしゃる通り、結構不便です」

「そこでだ! オレを雇ってくれ!!」

「ええ……」


「なんで嫌そうなんだよ!! オレら、供に死線を乗り越えた仲だろ!? その表情、スーパーでキャベツ買ったら内側に青虫が付いてたの見つけた主婦の顔じゃん!!」


「新鮮な証拠ですね。どこのスーパーですか」

「たとえツッコミだよ!! オレのツッコミ空間にまで入って来ないで!?」


 事情を聴くと、ペタジーニさんは土木作業のアルバイトをしていたそうなのだが、くだんのデスゲームで拉致されている間に仕事があり、無断欠勤扱いになったと言う。

 それが原因でクビになってしまったと続けた。

 デスゲームを作ったのが俺だと言う事を考えると、なんだか責任を感じてしまうような気がしないでもなく、結局彼に押し切られてしまいました。


「履歴書も書いて来たんだ! ほれ、見てくれ!!」

「拝見します。……辺田尻へたじり晴矢はれるやとは?」

「オレの本名だよ!!」

「帰化したんですか?」

「だから、してねぇよ!!! いや、記憶力!!」

「すみません。どうでも良い事は忘れる事にしているので」

「お前は人の心を上手く傷つけるなぁ。本名って言うか、オレ、一度もペタジーニって名乗ってねぇからな!?」

「そうでしたか。28歳……。意外といい年なんですね」

「お前、マジでそう言うセンシティブなとこ、普通に踏んで歩くよな」


「あ、大型免許をお持ちなんですか? これは助かるなぁ。……おや。賞罰の欄に記載がありませんよ?」

「ああ、すまん。窃盗と、暴行とって、バカ!! いや、ふつー前科なんてねぇから! お前、ホントそーゆうとこ、直した方がいいぞ!?」

「そう言えば、うちは俺が食えれば良い規模でしかやってないので、お給料は多く出せませんけど、平気ですか?」

「人を犯罪者呼ばわりした件をそう言えばで流されるのはすげぇ不服だけど」


 ペタジーニさんは頷く。


「さっきから見てりゃ分かるよ! だって遊ばせてる土地、結構あるもんな! だから、給料は歩合で良いぜ! オレがバリバリ畑たがやすからよ!!」

「……仕方がないですね、分かりました。よろしくお願いします」

「おう! よろしく頼むぜ、新汰あらた! 俺の事も、呼びやすいように呼でくれ!」

「ペタジーニさん」

「マジでブレねぇ!! まだ最新のスマホカメラの方がブレるわ!!」


 こうして、俺の農場に従業員が増えた。



 そんな訳で、今日もペタジーニさんは玉ねぎの収穫作業中。

 俺は出荷作業に集中できるので、意外と助かっている。

 エアーコンプレッサーで皮むきする分には、腰がちょっと痛いくらいで支障はないのです。


「こんにちはー。おおー! やってますね、新汰さん! 差し入れ持ってきましたぁ!」

「こんにちは、凪紗なぎささん。いつもすみません」



 彼女は小瀬川おぜがわ凪紗なぎささん。

 今さら紹介するまでもないと思うが、彼女も供にデスゲームを生き残った仲間であり、俺の農場の出荷先である道の駅で働いている。

 では、なにゆえ彼女までうちの農場に出入りしているのか。

 そこも説明する必要がありますか。そうですか。


 ペタジーニさんがうちで働き始めた翌日に、彼女がやって来た。

 「命を助けてもらった恩返しがしたい」と、童話の鶴のような事を言うので、丁重にお断りすると、代わりに彼女の頬が膨らんだ。


 「奈良原さんって、私みたいな子供、眼中にない感じですか?」と、涙目で少し意味の分からない質問をされたので、「え、小瀬川さんって子供なんですか?」と質問で返す不作法をご披露ひろう


 彼女は19歳で、なるほど、成人していないのなら子供だな、と納得した。


「小瀬川さんは子供じゃありませんよ。ご自分で収入を得ておられますし、立派に自立した女性だと思います。多分」

 この率直な意見が、何やら彼女の琴線きんせんに触れたようでした。


「わぁ! 嬉しいです! あのあの、よろしければ、これから差し入れ持って来たりしても良いですか!? 私、お料理は得意なんです!!」

「申し訳ないので、結構です」


「おーい、新汰ぁ! コンテナってこれで全部か?」

「ああ、えー。そうですか? ペタジーニさんがそう言うのなら、そうかもしれませんね。えー。なかったですか?」

「自信持てよ! いいよ、明日オレが買ってくっから!! おーっ! お姉ちゃん! 久しぶりだな! んじゃ、オレは引き続き、畑たがやしてくるわ!」

「お願いします」


 このやり取りが、今度は彼女の逆鱗げきりんに触れたようでした。


「あのー。今のってペタジーニさんですよね?」

「ええ。何を隠そう、ペタジーニさんです。でも、実はあの人、辺田尻へたじりって言うらしいですよ」

「そんな事はどうでも良いんです!!」


 ペタジーニさんの本名をどうでも良いと切り捨てる小瀬川さん。

 まあ、確かに重大な問題ではなかったですねと、俺も納得する。


「なんであの人はここにいるんですか!? あの人が良くて、私がダメなんてズルいですよ!! 不公平です!! 異議を申し立てます!!」

「ええ……。不公平と言われても。あの人も押しかけて来ただけですし」


 この発言が、彼女に閃きを与えたらしかった。


「つまり、押しかけて来れば、奈良原さんは受け止めてくれるんですね!?」

「極論ですね。うーん。そうですねぇ。まあ、追い返したりはしないと思います」

「……っ! そうですか! じゃあ、私、時々押しかけに来ますね!」

「え!?」


 驚くのも束の間。

 俺は自分の発言を鑑みると、この申し出に対する答えは一つしか用意できなかった。


「ああ、えー。……あのー。……はい。お待ちしています」

「やったぁ! ありがとうございます! それとですね」

「あ、まだ何かあるんですね」

「はい! 私も、奈良原さんの事、新汰あらたさんってお呼びしても良いですか!?」

「別にどう呼んで頂いても構いませんが」


 彼女の表情が、このやり取りの中で最高に緩んだ瞬間であった。


「じゃあじゃあ、私の事も凪紗って呼んで下さい! あの、えっと、その……そう! そっちの方が短いので、合理的です!!」

「なるほど、確かに。分かりました、凪紗さん」

「…………っ!! はい! じゃ、じゃあ、今日はおいとましますね! また来ます!!」


 そう言って笑った凪紗さん。

 そして、彼女は予告通り、時々と言うには多すぎる頻度で、差し入れを持って遊びに来るようになった。



「今日はですね、ニンジンのパンケーキを作って来ました!」

「ニンジンですか。良いですね。ニンジンは栄養価も高いですし、なにより美味しい。独特の甘みが癖になります」

「わぁ! 良かったです! じゃあ、休憩しましょう!!」

「分かりました。彼も呼びましょう」


 そう言って、俺はスマホをポチリ。


「うーい。なんか用だったか? おう! お姉ちゃん! 来てたんか!」

「ペタジーニさん! そのお姉ちゃんって言うの、いい加減ヤメてもらえますか!?」

「お、おう。悪ぃ、凪紗ちゃん。……でも、オレの事ペタジーニって呼ぶのはヤメねぇのな。いや、もう良いんだけどよぉ」


「凪紗さんがパンケーキを持って来て下さったので、休憩にしましょう」

「おっ、マジでか! んじゃ、オレ、テーブルと椅子持ってくるぜ! 今日は天気が良いしよ、外で食おうぜ!! ……凪紗ちゃん、邪魔者は適当なとこで消えっからよっ」

「……っ!!! 新汰さん、新汰さん! ペタジーニさんって、意外といい人ですよね!」

「……はい? まあ、悪い人ではないですが」


 この一瞬で、凪紗さんの好感度を上げたペタジーニさん。

 何をしたのか。いささか興味がある。


「美味しくできたと思うんですけど、新汰さんの好みの味だったら教えてくださいね!」

「凪紗さんの料理は基本的に俺の好みですよ」

「やたっ! 嬉しいです! ふふっ」



 俺の想定していた悠々自適なスローライフの形が少し変わってしまった。

 しかし、これも意外と悪くないので、俺の想定と言うのもまだまだ甘いようですね。


 少し騒がし過ぎますが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る