第8話 奈良原新汰のターン リベンジと報酬強奪

「素晴らしいです。テーピングって言うのは凄いものですね。割と普通に歩けますよ」

「いや、お前。それ応急処置だかんな? 骨は折れてないっぽいけど、確実に打撲、捻挫ねんざ、その他諸々。重傷だぞ!?」


 プロボクサーを目指していたペタジーニさん。

 彼にはテーピングスキルがあった。

 アタッカーにしてヒーラー。

 何と言う万能戦士。


「ごめんなさい、奈良原さん。私の服なんかで。もっと清潔な布があれば良かったんですけど……」

「何言ってるんですか。すごく助かりましたよ」


 テーピングには、小瀬川さんの上着のシャツを細く裂いて使わせて頂いた。

 言っておきますが、シャツの下には普通にTシャツを着ていたので、不埒ふらちな想像で彼女を汚さないで頂きたい。


「さて。それじゃあ、ちょっと行ってきます」

「いや、お前マジか!? 確かにオレ、カチコミに行くかとか言ったけど!!」

「マジです。そもそも、運営に会わない事にはここからどう出たら良いのかも分かりませんし、何をするにもまず行動が必要です」


 俺は、転がっているバールを2本ほど拾って、素振りをしてみる。

 うむ。問題ないですね。

 畑をくわたがやして来た日々は伊達じゃありません。

 アレに比べたら、こんなもの軽い、軽い。


「しゃあねぇな! オレも行ったらぁ!」

「いえ。危ないので大丈夫です」

「いや、話の流れ!! 普通そこで断るか!? お前もそれなりに鍛えてるみてぇだけど、明らかにオレも戦力になるだろう!?」


 少しばかり、合理的に考えた。

 運営側が2、3人ならば、俺一人で事足りる。

 しかし、5人や6人となれば、なるほどいささか自信がありません。


「じゃあ、申し訳ありませんが、随伴をお願いします」

「おっしゃ! 任せとけ!!」


「我々はどうしようか? 僕なんかはついて行っても足手まといなのは分かり切っているけど」

 鳩山さんが申し訳なさそうに頭をかく。


「鳩山さんは、小瀬川さんとここで待っていて下さい。ゲスの人がおかしな動きをしたら、バールでガツンとやって頂けると助かります」

「ちょ、ちょちょちょ!! ボクは重傷だよ!? しかも、こんな状況で何かしようとも思わないって!」


「とりあえず、もう二発くらい殴っておきましょう」

 拳を握ったらリズム良く。いち、に、と。

「ひげぇっ! あぎゃっ!」

 バールを使わなかった事を感謝して欲しい。


「鳩山さん。すみませんが、ベルトをお借りできます?」

「もちろん。どうぞ」

「ありがとうございます。よいしょー」

「ぎゃぁあぁぁっ! 痛い痛い! 手首が折れる!!」


「あなたの手首が折れたらまずい理由、教えてもらえます?」

「す、すみません。殺さないでください」

「失礼な。俺が人を殺すような人間に見えますか?」


「ごめんな、奈良原。……すっげぇ見えるんだわ!!」

 とりあえずゲスの人を拘束完了。

 これでこの場の平穏は保たれる。


「ゲスの人は自首する時の文言でも考えておいて下さい。さてと、行きますか」

「場所は分かんのか?」

「はい。体験型ゲームの企画を出す時には、決まって同じ建物の二階、三階辺りに運営室を設置していましたから。恐らくは」


「んじゃ、行くか! ……つか、お前、なんでそんなに嬉しそうなの?」

「そう見えます? 強いて言えば、俺のゲームを悪用していた輩に鉄槌を下せると思うと、そこはかとなく興奮はしています!! ふふふ!!」


「……コミュ障ってキレると怖いもんな」



 そして俺たちは仲良く扉を通り、階段を発見。

 どうやら、三階建ての雑居ビルらしい。

 出口は一階にあるのみ。

 さらに、そこから出るためには、俺たちの居たゲーム部屋の前を通過せねばならず、先ほどから監視を続けていましたが、誰の気配もありませんでした。



 つまり、獲物はまだ上階にいる。



「二階は部屋が二つしかないですね」

「おう。どうする? 罠があるかもしれねぇから、慎重にい」

「ふぅぅんっ!!」


 ドアをバールでぶん殴ったところ、木製の扉が砕けた。


「ちょ、何してんの!? 何の前触れもなく急にキレたな!? 沸点低くね!? どこからでもキレますって書いてある醤油のパッケージかよ!!」


「そうですか。では、こちらも……。ふぅぅぅぅんっ!!」


 二階は両方ともハズレ。

 つまり、獲物は三階にいる事が確定。

 オマケに、三階に上がってみたら、部屋は一つしかなかった。


「おい、こんなゲーム仕掛けてる連中だぜ。もしかしたら、銃とか持ってるかもしれねぇ! ここはマジで一旦落ち着いてから」


「ふぅぅぅぅぅんっ!!」


「マ・ジ・か!! お前、もうそれコミュ障とかそういうレベルじゃねぇな!? 人間としてのステージがオレとは違うわ!」


 室内に突入。

 しかし、居るべきはずの運営の姿が見えない。


「逃げちまったのかね?」

「いえ。多分、その辺に隠れていますよ。ふぅぅんっ! うるぁぁぁっ!!」


「ちょ、え、何してんの!? 奈良原、ホントマジでさっきから何してんの!?」


「いや、音に驚いた羽虫が出てくるかと思いまして」

「そっか。お前、コミュ障だけど、かなりサイコパスでもあるな。オレの発想じゃ付いていけない」


 俺は、探し物をするならこれと、井上陽水のご機嫌なナンバー『夢の中へ』を口ずさみながら、パソコンやらモニターを片っ端からバールでぶん殴る。

 もったいない?

 やがて別のデスゲームで流用される可能性のあるものは、全部壊すつもりです。


 そして最奥。残ったワークデスク。

 不自然に椅子が転がっている。


 ちょっと裏に回って覗き込んだところ、メガネの男が頭を抱えていた。

 避難訓練ですか?


「あー。こんなところに居ましたか? 探しましたよ。ゲームマスターさん?」

「ひぃぃいぃぃっ!? あがががががが! た、助け、助けて!!」



「人を殺そうとしておいて、第一声が命乞いですか?」



「お、おお、お願いだ! いや、お願いします!! ほら、私だよ! 君の先輩で、上司でもあり、君の教育係も担当した、高東原たかとうはらだよ!」

「……そんな人、いましたっけ?」

「あ、あああ!! お前は、ああ、いえ、あなた様は、私の事を何回言っても、貴乃花って呼んでいました! はい! もう、すみません、貴乃花です!!」


 俺の記憶を検索すると、「何となくそんな人いたなぁ」レベルに引っ掛かる。

 そして髪型を見て、少しピンとくる。

 このマッシュルームカットには、何だか不快感を覚えますね。


「それで、貴乃花さん。どうします? 俺たち、5人分の命をもてあそんだ罰は? 仮にここであなたを殺しても、全然足りませんよね? ああ、そうだ、半殺しにして、治った頃にまた半殺しにしましょう。ははっ! これなら5回できますね!」


 俺がステキな提案をすると、貴乃花さんは涙と鼻水を垂れ流す。

 嫌だなぁ、汚い。

 だが、鼻水のついでに出て来た話には興味を惹かれた。


「あ、ああ、あの、奈良原様! あなた様の仕事に手を加えて、ミスをでっちあげたのは私ですぅぅぅっ! 専務にやらないとクビって脅されましてぇぇぇっ!!」


 そこで俺は、何故だかスッキリした。

 理由は後からやって来て、すぐに追いつく。


「そうでしたか。別に、クビになった事を恨んではいませんが、俺のミスじゃなかったのですか。これはホッとしました」

「そ、そうでございますか! それは良かった!」


「なにが良かったのですか? ふんっ!」


 床に座り込んだ貴乃花さんの股の間に、バールをぶっ刺した。

 我ながら綺麗に刺せたものである。


「命は助けますよ。ただし、約束してもらいます。2度と俺を、そして他の人たちを巻き込まないで下さいね? 俺は今の生活が気に入っているんです。あなた方の反社会的組織には何の未練もありません。今更どうなろうと知った事ではないです」


「は、はひ」


「万が一、次があれば……。俺はあなたを殺しますよ? 安心して下さい、デスゲームばかりを騙されて作っていたものですからね」


 ここで一呼吸。

 大事な事を言う時は、ゆっくりと、大きな声で、堂々と。


「あなたを、2度と人間に生まれ変わりたくないと後悔させながら殺すのだって、造作もありませんから、ねぇ!!」


 からの、追いバール。

 またも奇麗に貴乃花さんの股の間にぶっ刺さった。

 ちなみにバールはあと3本あります。


「ひっ、ひ! わ、分かりました! あの、上司に伝えておきます! 本当に!!」


「そうですか。では、俺たちは帰ります。玉ねぎの出荷があるので」



 正面玄関の鍵もゲット。

 何故か俺の後ろでドン引きしていたペタジーニさんに「さあ、帰れますよ」と言って、俺たちはゲーム部屋まで戻った。

 そこで全員に解放された旨を伝える。


 そののち、誰も帰宅手段を持っていなかったで、駐車場で発見したちょうど良い塩梅あんばいのハイエースを慰謝料代わりに貰うことにした。

 「所有権じゃんけんをしましょう」と言うと、3人が俺に譲ってくれると言う。

 何と言うステキな人たち。

 これでさらに農業が捗ります。


 鳩山さんの運転で順次帰宅。

 道すがら、警察署にゲスの人を捨てていくのも忘れずに。



 こうして、とある1日のちょっとしたトラブルは去って行った。



 さあ、帰りましょう。

 玉ねぎが俺を待っていますから。

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