第7話 一発逆転のないゲームはクソゲー

「おい、おいぃぃぃっ!! しっかりしろよ、奈良原ぁぁぁっ!!」

「だ、大丈夫です。……あ、痛い。すみません。あまり大丈夫ではありませんが、命に別状はありません。ああ、痛い」

「お前、ばっか! お前! 良いから寝てろ! ゴチンっつったぞ、今! 絶対に鳴っちゃダメな音が鳴ったって! 奈良原、お前! マジで!!」


「だ、大丈夫かい?」

「てっめぇぇぇぇ! ゲスぅぅぅぅっ!! 死んどけ、おるぅああぁぁぁぁっ!!」

「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」


 ペタジーニさんが俺を心配して慌てている。

 慌てるついでにゲスの人を思い切りぶん殴った。

 そっちは良いけど、これはいけません。


 足が、正直思ったよりも酷い。

 骨が折れたのかどうかは分からないが、走るのは無理だろう。

 つまり5回目、最後のコールで単純に距離のある場所を指定されたら、詰みます。


 ゲスの人以外は俺を助けようとするだろうけど、四方から竹輪ちくわと鉄アレイと時々バールが飛び交う状態で、成人男性一人抱えて歩くのは不可能。

 むしろ、俺以外にも犠牲者が出る。


 こうなってくると、打てる手は少ない。

 しかし、考える暇すらなかなか生まれない。

 膝をついていても、俺が全体を見なければ。


「ペタジーニさん! 次、バール来ます!!」

「マジか! おっしゃあ! 任せろやぁ!!」


 これでバールはオッケー。

 本当に、参加者にペタジーニさん選んだ運営、バカだなぁ。


「すみません! すみません!! 奈良原さん、私のために!!」

「ああ、いえ、お気になさらず。俺が勝手にやった事ですので。あと、そこのゲスが原因ですから」

「そんな! 私、何かできることないですか!? あの、奈良原さんなら、い、いやらしい事でも、平気ですよ?」


 小瀬川さん、何を言っておられるのか。

 ダメだ。彼女も精神状態を大きく崩している。


 現状、まともに動けるのはペタジーニさん。

 体は万全だが、そもそものスペックが低すぎる鳩山さん。

 この二人は、どうにかなる。


 体は五体満足だが、ちょっと頭が沸騰気味の小瀬川さん。

 彼女はペタジーニさんにでも担いでもらえれば、まあ大丈夫。

 あと、自分をもっと大事にしてほしい。


 ゲスの人はあの後、普通に鉄アレイを胸にも受けて重傷。

 ついでにペタジーニさんが普通にぶん殴ったのでさらに負傷。

 同情はしないけども、すごく足手まとい。

 このゲームが終わったら絶対に警察へ突き出します。


 そして俺。奈良原ならはら新汰あらた

 残念ながら、どう足掻いても身動きが取れない。

 これは詰んでいる。ゲームを作った俺の判断だから間違いない。


 つまり、俺とゲスの人はこのままだと死ぬ。



 俺のゲームで、死者2名?



 それはないです。そんな後味の悪い人生の幕切れがあってたまりますか。



『あーあーあー! 大変ですねぇー! 負傷者発生! しかもそれが奈良原! これも何かの因果ですかねー! 出来ればゲームを中止してあげたい!』


「マジか、おめぇ! 頼む、ヤメてくれ!! オレに出来る事なら何でもすっからよ!」

「ぼ、僕も! お金なら、ほんの少しだけど出せますから!」


 ペタジーニさんと鳩山さんが、ゲームマスターに懇願こんがんする。

 ダメですよ。そいつ、あおっているだけですから。

 言うだけ無駄です。


『残念だなー! いやね、これがプライベートなら考えたんですけどぉー!』


 プライベートでデスゲームするバカ、います?


『私もお仕事なのでぇー! 殺しちゃいまぁぁぁす!! それでは、次の指示を出しますねー! 最後の指示です! これをクリアすれば、ゲーム終了! 自由の身! ここまで皆様を引っ張ってきた奈良原を見捨てるのか! それとも、全員揃って仲良く死亡か! 視聴者の皆様、録画の用意はよろしいですかぁー!?』


 ここに来てゲームマスターがゲームマスターっぽくなった。

 見事な参加者への煽り。

 視聴者への盛り上げ。

 これは大幅査定アップもあり得る奮闘。


 素直に認めましょう。

 ゲームマスター。

 最初に想定したチョロさから考えると、予想の5倍くらい苦しめられました。

 まさか、俺まで怪我をするとは思いもしませんでした。


 重ねて認めましょう。勝利を。あなたは勝っていた。



 ——通常ならば。



 さあ、その勝利をこれからひっくり返すとしましょうか。



「ペタジーニさん、緊急事態マニュアルを覚えていますか?」

「ああん? 覚えてっけどよぉ! 今さら、飛んできたバール集めてどうすんだよ!? これ持ってカチコミに行くんか!?」

「ナイスな提案ですが、その前に、まずはゲームをクリアしましょう」


「えっ!? 奈良原さん、まだクリアする方法があるんですか!?」

「はい。……あの、クリア絶対しますから。できれば俺の手をご自分の胸に押し当てるのをヤメていただけますか?」

「で、でも! こうすると男の人は幸せになるって、職場のおばさんが!!」


 そのおばさんとは一度話し合いの場を持つ必要がありますね。

 純粋な女子になんて知識を授けているんですか。


「このゲーム、一撃クリアする裏技があるんです」


 俺の言葉に一同が戸惑う。

 「そんなものがあるなら、何故早くおこなわなかったのか」と考えたからだろう。

 よって、俺は端的に回答のみを示す。


「5回目の指示の際にのみ、四隅のパネルに強い衝撃を与えると、ゲームコートの全機能が停止します。……製造の人が仕様通りに作ってくれていたらですが」


 こればかりは願うしかない。

 悪の組織の製造部署。完璧な仕事をしていて下さい。


「あのっ! どうしてそんな、裏技? を作ったんですか?」

「そうだね。これまでの短い時間でも、奈良原さんの完璧であろうとする様は見て取れた。そんな君がわざわざ抜け道を作る理由が分からない」


 小瀬川さんと鳩山さんの質問に、俺はまとめて答える。



「一発逆転のないゲームなんて、興ざめじゃないですか」



 俺は、ペタジーニさんがキャッチして貯めていたバールを各人に配布。

 ゲームマスターが最後のコールをするよりも早く、3人に指示を出した。


 元気な二人にバールを持たせて四隅のうち遠くの二か所へ派遣。

 小瀬川さんには待機していて欲しかったのだが、本人の強い意志で、今いる場所から最も近いパネルを担当してもらう。


 残ったパネルはゲスの人。はなはだ不安である。

 なので、魔法の言葉を彼には授けました。


「失敗したら、死にますよ? とても苦しんで、悲惨に死にます。あと俺、あなたを殺したいほど憎んでいます。……ここで死にますか?」

「ま、まままま、任せてくれ!」


 ゲームマスターが俺たちの動きを見て、さっさと第5回目のコールをしていればそれで勝てたのに、何故黙って見ていたのか。

 恐らく、俺たちの動きが最期の悪あがきだと思い、視聴者に向けて自分の価値を売っていたのだろう。

 つくづくゲームマスターに恵まれた事に感謝。


 まあ、この『裏技』は、仕込んだ俺しか知らない情報。

 それに警戒しろとは、彼には酷な注文。

 場末のラーメン屋の店主にフランス料理のフルコースは作れない。


 それにしても、ゲームクリアに運の要素を願うとは、俺も落ちたものです。


『くくくっ! さあさあ、お立合い! 最後の指示ですよ! このしぶとかったゴミどもがのたうちまわる姿をとくとご覧っ! あれ!! ……あれ?』



「皆さん。お願いします」


 いや、恵まれていたのは俺か。

 こんな怪しげな話を信じてくれる人たちとチームを組めたことが最大の幸運。

 俺の作ったゲームで死人なんて絶対に許しません。


「うらぁ!!」

「せ、せい!」

「やぁー!」

「ひぃぃぃぃぃっ!!」



 パネルが消灯し、電源の落ちる音が聞こえる。

 そして俺たちを取り囲んでいた鉄柵が格納され、発射されていた竹輪と凶器もストップ。


『な、なぁぁぁっ!? なんだこれ、聞いてないぞ!? こ、故障!? ああ、視聴者の皆様、これは違うんです! ちょ、ちょっとお待ちを!!』


「ゲームマスターさん。デスゲームは終わりです」


 俺は足を引きずりながら、カメラに向かって宣言する。

 見下ろしている上級国民の皆さん、お楽しみは終了です。


『こ、こんな! こんなバカな! 私は指示通りにやったのに……!?』



 ——ゲーム・クリア。



 ただ、まだ続きがある。

 最後の仕上げと言っても良い。


 俺は、カメラの向こうにいるゲームマスターに宣告する。



「今からバールを持ってそっちに行きます。待っていて下さいね」



 落とし前と言う名のお勘定は、きっちりと済ませなければならない。

 それが社会人のルール。


 やった分だけやり返される。

 これは世界の真理。

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