第6話 そのトラップ作ったのも、俺です。

『くっそ! お前ら、いい加減に一人くらい死ねよ!! 障害物競走してるんじゃないんだぞ!? こっちだって仕事なんだ!!』



 ついにゲームマスターがむちゃくちゃ言い出しました。



 どう考えても人選ミスである。

 ゲームマスターは文字通り、ゲームを支配しなければならない。

 俺の企画でも、ゲームマスターは、最低限の冷静な判断と、いかに効率よく参加者を分断し一人ずつ消していくか考える思考力は持っている前提だった。


 この人、ポンコツが過ぎますね。


 俺の所属していたゲーム会社が、正確にはゲーム会社だと思っていただけで実態は謎の組織なのだが、そんなに人材不足だっただろうか。

 とりあえず俺をクビにするくらいなのだから、人員に余力はあるものと思ったのだが、このゲームマスターを見ているとそうは思えない。


 まあ、こんな反社会的な組織、とっとと潰れたら良いですが。


 とは言え、窮鼠きゅうそ猫を噛むとも。

 この場合、猫はゲームマスター、あなたじゃないかと思わないでもないが、追い詰められるとどんなポンコツでも意表を突いて来るものです。


 そこに気付けなかったのは、このゲームで俺が犯した、唯一にして最大のミスでした。



下須沢しもすざわさん、大丈夫ですか? 怪我してません?」

 小瀬川おぜがわさんが心配そうにゲスの人に駆け寄る。


「おい、姉ちゃん! 近寄んな! こいつガチの犯罪者だぞ! どっちかって言うと、このゲーム仕掛けてるヤツら寄りだって!!」

「失礼だな! 僕は人を殺したりしていない!!」

「君ね、罪に大きいも小さいもないんだよ? いい加減にしなさい」


 鳩山さんが最年長者の貫録を見せ始める。

 それでも小瀬川さんは、ゲスの人を心配する。

 なんという清らかな心。

 しかし、今この状況において、それは一番危ない持ち物である。


「あの、とりあえず、私のカーディガン貸しましょうか?」

「ヤメとけって! マジで!! こいつ、女が相手だったら見境ねぇヤツだぞ!!」

「本当に君は失敬だな。僕にとって、女子は高校生まで。それ以上はババアだ!!」


奈良原ならはら、やっぱこいつ、殺しとかねぇか?」

「心情的には俺もそうしたいですが、ダメです」

「かぁー! お前はコミュ障なのに、なんて良いヤツ!」


『もっと仲間割れしろよ! 金塊があるだろう! それを巡って殺し合え!!』


「うるせぇな! 銅の塊なら、鉄柵に埋まってんよ!!」

「そうだ! 僕たちの絆を舐めるなよ!」

「ああ、ゲスの人。じゃなかった、下須沢さん」


 俺は思い出した事があったので、彼に告げる。


「なんだい? 僕の命の恩人よ! 君のためなら何でもするよ!」

「はい。それじゃあ、ゲーム終わったら警察に行きましょうね」

「はぴ?」

「気持ち悪い声出さないで下さい。絶対余罪あるでしょう? 自首して、罪を償って来て下さい」

「え、いや、奈良原くん、僕たちの絆……」

「そんなものありません。俺、犯罪者とは付き合いたくないので。正直、目に見えないところで死んでくれたら良いのにって思っています」


 良い感じに場が冷えた。

 残す指示はあと2回。

 ここで気を緩めてはいけません。


『ちっ! 4回目の指示だ! ……あああ! そうかぁ! こうすれば良かったんだぁ! じゃあ、何色でも良いや! えーと、黄色! 黄色でーす!!』


 前述の、狩りの下手な猫が、覚醒してしまった瞬間でした。

 元ゲームプランナーとして評価すると、これに関してはなかなか高得点。

 5段階評価なら、4くらいはあげても良い。


 ゲームマスターに求められている事は、2つ。

 1つ。ゲームのルールを守り、参加者をいたぶる様をクライアントに提供する。

 2つ。ルールに抵触しない範囲で参加者を妨害する。


 つまり、ルールの中でなら、割とやりたい放題できる。

 どうやら、このポンコツマスター、それに気付いてしまった様子。


「ほ、ほら、みんな! 黄色に移動だってさ!」

 気まずさから先頭を行くゲスの人に、凶弾が迫る。


「ゲス沢さん! しゃがんでください!!」

「えー? 聞こえない! なんだって? どぅうぅふっ」


 そのタイミングで難聴を発症するとか、ラブコメの主人公ですか。


「おい、なんだこりゃ!? ゲスのヤツ、何が当たったんだ……って、こりゃ、鉄アレイじゃねぇか!!」

「だ、大丈夫。当たったのお尻だから、平気、平気」

「お前が平気なのはどうでも良いけどよぉ! おい、運営!! これ、ルール違反じゃねぇのかよ!? 凶器飛ばしてくるとか、聞いてねぇぞ!?」



『あーっはは! これは失礼! でも、私は言いましたよね? 最初のルール説明で、お邪魔をするかも、と!!』



「お邪魔のレベルじゃねぇだろ!! こりゃ、鉄アレイじゃねぇか!!」

 ペタジーニさん、怒りのあまり、同じこと言ってますよ。


『ええ、ええ! 恨むなら、こんなギミック加えた開発者を恨んで下さいねぇぇぇ!!』


 好き勝手言って、好き勝手やりだしたゲームマスター。

 想定はしていたが、割と悪い方寄りのヤツである。

 まず、俺が言うべきこと、それは——。



「皆さん、すみません。このトラップ作ったのも、俺です」



「だと思ったよ! 陰湿な罠仕掛けるなぁ、お前も!!」

「参考にした昔のゲームに、竹輪ちくわと鉄アレイが降って来ると言うのがありまして、うっかり採用してしまいました。疲れていたのでしょうか」


「それ、もしかして、忍者ハットリくんのゲームじゃないかい? ファミコンの! いやぁ、懐かしいなぁ! 昔よくプレイしていたよ」

「ああ、そんな名前のゲームでした」

「そ、そんじゃ、鉄アレイと竹輪が四方から飛んでくんのか!?」


「あ、あとバールも飛んできます」


「なんでだよ!?」

「上司に地味だって言われたので」

「ホントに仕事にひたむきだな、奈良原は!!」


 とは言え、少々状況が悪くなってきた。


『あははは! 踊れ踊れー!! 良いぞ、今、絶対にバズってる!! これで査定アップだぁ!!』


 だが、まだ最悪ではない。

 このギミックは、ゲームマスターによる直接の操作ができない。

 つまり、パターンさえ覚えていれば、回避可能。


「ペタジーニさん、鳩山さん。壁に空いた四方の発射口に注目して下さい。竹輪が連続して5回出てくると鉄アレイが飛んできます」

「そうは言うけど、お前! オレは一つ見るので精いっぱいだぞ!?」

「僕も一つを注意しておくけど、期待はしないで欲しいな」


「大丈夫です。残り2つは俺が確認します。各々、危ない時は声で指示を願います。後ろにいるゲスの人はともかく、小瀬川さんには絶対当たらないように」


「分かったよ! おい、鳩のおっさん、そっちに鉄アレイ行くぞ!」

「ひぇっ! ありがとうございます! た、助かりました!」

「それから、竹輪が8個続いて来たら、バールが飛んでくるので、そちらはペタジーニさん、お願いしますね」

「サラッと言ってくれるぜ! おう、分かったよ!!」


「とにかく、皆さんパネルからは絶対はみ出ないで下さい。そろそろ電流も来ます」



 それから粘る事、数秒ののち。

 いよいよ満を持して、想定外の事件が起きる。


「後ろに鉄アレイが行きますから、ゲスの人、気を付けて下さい」


「ひゃっ」


 冷静に徹しているつもりの俺だって、唖然とすることもありますとも。

 例えば、守っていたはずの小瀬川さんが急に最前線へと押し出された瞬間。


 数秒の、いえ、1秒程度の思考と体の弛緩しかん

 先に思考が再起動。

 ゲスの人、自分の身を守るために、介抱してくれていた小瀬川さんを盾の代用品として使用したらしい。


 彼女の体はこのままではパネルの外に飛び出す。

 ならばどうしますか。


 体と言うものは、そこに意思がなくとも動くらしかった。

 反射的に、と言うヤツでしょうか。


「小瀬川さん! 俺の体で踏みとどまって下さい!」

「えっ!? あ、はいぃぃっ!!」


 小柄な女性一人くらい、俺の体を徳俵とくだわらにして、土俵際どひょうぎわで持ちこたえさせてみせる。

 結果として、それには成功したのですが、代償を支払う事となりました。



「ぐぁっ、ぎぃっ」



「な、奈良原ぁぁぁあぁぁぁっ!!」


 ペタジーニさんの叫び声のおかげで、意識を失わずに済んだのはラッキー。

 後ろ向きの無防備な姿勢で、膝と腰に鉄アレイが直撃したのはアンラッキー。



 さて、少し困りましたね。

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