助言



 試練の神殿が崩れていくのを見送って試練の連続で疲れていた私達は休息として木陰に座る。


 ティアと肩を並べて早起きをしたからなのか睡魔に襲われてウトウトとしていた。





『……めて、やめて!』


 至る所から聞こえる静止の声。


 目に映るのは見た事もない国。


 いや、国だっただろう廃墟を逃げ惑う人達の後ろ姿。


 私は誰かの視点を借りていた。


 その人物が持っている剣は金色のオーラを放つ黒剣。


 剣の勇者? 私がそう思った瞬間に。


 逃げ惑う一人の女性が目の前でつまづいた。


 その女性が私を見る目は恐怖で染まっていて、スっと女性に向かって黒剣を振り上げた。


 私は何も出来ない光景にやめてと声を出す。



『深海の勇者』



 女性は声を振り絞り一言残して、姿を消した。


『……俺はなんの為に』


 何も存在してなかったかのように抉られた地面だけが残る。





 フッと視点が切り替わり、その人が空虚な荒野に一人佇む。


 その人の後ろ姿は酷くボロボロで、私に振り返ったその人の正面の姿は偉く綺麗に見えた。






『お姉ちゃん!』


 薄っすらとした意識が覚醒する。


 私はハァハァと肩で息をしてるのが分かる。


『大丈夫?』


 心配そうに私を見つめるティアの頭を撫でて安心すると大丈夫だよと答える。


 気持ち悪さで吐き気を催す私を気遣ったのかティアは一度家に帰ることを提案してきた。


 私も戦う心理状態では無いのでティアの提案に乗ることにした。




 家へ帰る為に木陰を後にしてから無言が続く。


「お姉ちゃん何があったの?」


 私の顔を窺うようにティアが口を開く。


「夢を見てたと思う」


「怖い夢?」


 怖いというよりも残虐な行為を作り出した人物の心の中の暖かさがどうしても噛み合わない矛盾。


 その人が一歩進む度に、その人が剣を振るう度に。


 私は涙が溢れて来た。


 その人の叫びが身体中に伝わってくるように。



「ティアはもしもだよ、フィーリオンの人達を殺さないといけないとしたらどう思う?」


 ティアは私の質問に目を点とさせる。


「私には出来ないと思う」


「それでもやらないといけなかったら」


 夢の中で私は答えが出なかった。


 それをティアに丸投げしてしまう。


 この人は何を背負ってるんだろうかと想像すらも出来なかったからだ。


「お姉ちゃんがいなかったら私はやる。でもお姉ちゃんはいるからそんな事はやらない」


 ニコッと笑うティア。


 ティアには何が見えたんだろうか。


 私がいたらやらない? でも私がいなかったらやる? なぞなぞだろうか。


「帰ったらパパが寝てると思うよ」


 ティアはあの人に聞けと言ってるのか。


 一応大人だとは私も思ってるけど……。







『知るか』


 

 家に帰ってきた私達はソファーで寝ているダメな人の所に行ってティアに言った事を聞いてみた。


 一言で終わってしまうダメな人。


 目を瞑っていつものダメな人に戻ってしまう。


「ティア、だから言ったでしょ。この人に聞いても分からないって」


「お姉ちゃんが変な夢を見たからパパの意見も欲しかったのに」


 ユサユサとダメな人を揺らすティア。


「お姉ちゃん他に気になった事ある?」


「気になった事」


 思い出してみると気持ち悪くなっていく。


 そして女性が振り絞った一言。


『深海の勇者』


 ダメな人が私の呟きに反応してばっと起き上がる。



『その夢は忘れろ。この時代に持ち込んだら駄目なものだ』



 真剣に私を見つめるダメな人の剣幕に呑まれる。


「最初の質問には答えてやる。フィーリオンの奴等を全員殺さないといけない状況だったら? だったよな」


 コクリと私とティアは首を縦にふる。


「模擬戦争なんてしてるんだから本当の戦争は習ったか?」


「習ったわよ。決められた場所や時間を設定してお互いに魔術師を戦争に出す。その勝敗によって国同士の優劣が変わったんでしょ」


 ダメな人が私の説明を聞いてフッと笑いを零す。


「なんだそのあまっちょろい戦争は」


「何が可笑しいの?」


「悪いな、だけどそれでいい」


 お前が合ってるよとダメな人は続ける。


「今は考えたくもないが、もしもその状況なら俺はフィーリオンの奴等を殺してる」


 ダメな人の拳に力が入ってるのが分かる。


「全員を守る為に戦ってたら守ってた奴に後ろから刺されるんだよ」


 ダメな人は夢に出てきた人物が言いそうなセリフを言った。


 守って、守って、守った結果が、守る為に殺すしか無かった。


「ユリア大丈夫か?」


 パパが私の頬を撫でる。


 流れ出た涙を拭うように。


 あの人はどれだけの想いを背負ってたんだろう。


 どれだけの後悔を積み重ねたんだろう。


 もしもの話と現実の話は違う。


 私は想像しか出来ないけどその人には本当しかなくて、もしもを考える暇もなかったはずだ。


 味方はいなかった、全ての憎しみを自分に集めて。


 そんな世界に一人で……私は耐え切ることが出来るだろうか。


「もう忘れろ」


 パパの声は優しくて、私は涙を止めることが出来ない。


「ユウカやリリアが熱心になる理由が分かった気がする」


 パパはティアにチラッと視線を移すと。



『俺の出なかった答えを出したんだな』



 嬉しそうに微笑んだパパの顔を久しぶりに見た気がした。


 涙を袖で拭い私はティアに声をかける。


「ティア、試練行こう」


「うん!」


 スタタと私の前を走るティア。


 私はティアを追いかける。


 玄関に続く扉を閉めようとするとソファーに寝てるパパの姿が映る。


 いつもの光景だ。


『パパありがと』


 私は一言呟いて扉を閉めた。





 ティアとユリアの足音が遠くなっていく。


『今の聞いたか!』


『そんなに嬉しかったのかい?』


 ユウカがスっと俺の前に現れた。


「なんで急に気配消したんだ?」


「娘達の助言に僕は要らないかなって思ったんだよ」


 俺が座ってるソファーにユウカも腰を下ろす。


「深海の勇者は魔力無しの勇者っていう異端が産んだ怪物だ。ユウカならどうした?」


「僕に聞くのかい? まぁ、その時代の勇者なんて僕はごめんだったね。クレス君がその時代に居てくれたから今の僕が居るんだしこの世界があるんだよ」


「俺もあの時代の勇者をもう一度やれなんて言われたらまっぴらごめんだ」


 フフっと笑いを零すユウカ。


「クレス君らしいね」


「それにしてもユリアがありがとうって! 可愛かったな!」


「それユリアちゃんの前では言わない方がいいよ」


「なんでだ? やっと心を開いてくれたんじゃ」


「嫌われちゃうよ?」



 俺は言わない事を心に決めたのだった。


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