勝敗


 

『おぉっと! ミリテリオン魔術学園が動いたぁぁ!』


 ミライの声が会場中に響き渡る。


 俺とユウカはそれを隣で黙って見守る。


『リリアさんが何人にも分身して見える……コレは……雪魔法のミラージュカーテンでしょうか!』


 空気中に細かな氷を無数に散りばめて、その氷に光の魔法を当てて幻を作り出す魔法だ。


 魔法使い同士の戦闘で自分の空間を作り出すという事はその空間を支配しているという事。


 圧倒的な実力差がないと無理だろうな。



『あの無作法な仮面野郎に壊滅的な痛手を負わされて三人になってしまったメルカトラス学園でしたが……さすがリリアさんがいる学園でッ!』


 俺が起きた時、既に三人しかいなかったんですが……。


 チラッと俺に視線を移したミライ。


『……なんでここに!?』


 スっとユウカが間に入る。


「やぁ、ミライちゃん」


「あっ、お姉ちゃんもいたの!」


 ミライが持っていたマイクを奪い取るユウカ。



『さぁ! 闇の勇者ことユウカちゃんと実況アイドルミライちゃんの姉妹コンビが今から実況して行くけど皆んな……盛り上がってるぅ!』



 会場中を一気に取り込んだユウカ。


 至る所からミライやユウカの名前を呼ぶ声が飛び交う。





 それから何時間経過したのか。


 残りの参加国も少なくなってきた。


 誰もが上を見上げて魔法に魅了される中。


 転移陣が起動する度に下を見ると泣き崩れている者、気絶している者、やり切った顔をしてる者。


 様々な表情でこの会場から去っていく者を見つめる。


 勇者やってた頃は敗者にそんな顔は許されなかった。


 やっと……良い世界になって来たな。


 魔法のぶつかり合う盛大な音をBGMに姉妹の掛け合いが栄える。


「おぉっとリリアちゃんの独壇場だ〜、僕の娘達も凄く頑張ってるね」


 ティアとユリアは俺と戦ってた時ほどの勢いは無い。


 魔力の限界、体力の限界を一度超えてしまっているからか動きにキレはない。


 リリアは流石というか。


 この模擬戦争で誰よりも魔力を消費してるはずなのに未だ魔力が切れる様子もない。


 ……だが。



『終わりだな』


『え?』


 ミライが俺の呟きに反応を示す。


『うん、終わったね』


 ユウカも残念そうに声を出す。


「えっ? まだ終わってないよ!」


 ミライは何を言ってるの? と言葉を返す。



 リリアがいる最注目カードのメルカトラス学園は今一番大きい画面に映っている。


 戦闘はまだ続いている……雪魔法が彩る世界でリリアがスっと手をあげると。



『メルカトラス学園は負けを宣言します』



 その言葉は俺やユウカからしたら当たり前の言葉だが。


 会場は一瞬の静寂を生み、画面に映ったティアやユリアも信じられないと顔に出ている。


「ユウカ、三人を迎えに行くか」


「そうだね」


 俺達は光に包まれて消えていくリリア達を見送ると会場を後にする。

 

 俺は仮面をはずしてユウカに預けた。





 メルカトラス学園の控え室ではリリアを責める声が響き渡る。


「どうして負けを宣言したのですかリリアさん!」


 先生に囲まれているリリアは無言を貫く。


「彼女達もまだ戦えるって目をしていたでしょう、それなのにこんな形で終わらせて良かったと思っているのですか!」


 一人の教員に賛同する形で皆んながリリアを責める。


「貴方達もこんな形で負けるのは悔しいでしょう?」


 その教員はティアとユリアの方を振り向き、賛同を求める。


『悔しいよ』


 ティアは思ってる事を素直に吐き出した。


「ティアさんもこう言っ……」



『でも! もうダメみたい』


 教員の言葉を遮ると椅子から立ち上がろうとするティア。


 だが身体がピクリとも動かない。


 ユリアも肩で息をして言葉を出す余裕もない。





 控え室の扉が跳ねる。


『蹴破ったらダメだよクレス君』


『何十分待たせんだ! もう終わったんだろ、さっさとリリア達の身柄を引き渡せ!』



 ユウカがその場を丸く収めるように動いて、すぐさまその場は解散という事になった。


『なに? 君達は君達よりも比べ物にならない程に強いリリアちゃんが決めた決断に文句があるの? 僕だってあの場に居たらそう判断するけど……文句があるなら僕が聞くよ』


 こういう所を見ていると俺なんかには本当に勿体無い嫁だ。


『リリア帰るぞ』


 リリアはコクリと頷くと俺についてくる。


 動けないティアとユリアはユウカが転移陣で送ると言って俺達には歩いて帰ってくるように伝えてきた。


 帰ってくる頃にはご飯の準備をして置くと言って。




 もう外は暗く、魔法が付与された街灯が道を明るく照らす。



『ねぇ、お兄ちゃん』


『どうした?』


『私は間違ってたかな? あのまま続けてたらって』


 俺は悪戯な言葉を口にする。


『俺達の娘が壊れても勝ちたかったなら別だがな』


『ティアちゃん悔しかったって、ユリアちゃんも私を……嫌われちゃったかな』


 リリアの零した言葉は雫になって頬を伝う。


 それを見て見ぬふりして声を弾ませる。


『今の時代はいいよな』


『え?』


『負けても次やる時にって、次があるんだよ』


『う、うん』


『でもな、俺が勇者やってる時には誰にも次なんてやって来なかった』


 誰もいない広場。


 皆んな家で模擬戦の中継を見ているか会場に行ってるんだろうか。



『誰も見てないぞ』



 俺は立ち止まりリリアに向き合う。


 涙で濡らしている顔を見られたくないのか顔を手で隠すリリア。


『お兄ちゃんだぞ! 強がらずにいつもみたいに甘えてもいいんだぞ』



『ギュッとして……こんな顔、ティアちゃんやユリアちゃんに見せられないから枯れるまでギュッと』



『任せろ』



 俺はリリアを抱きしめる。


 胸に顔を埋めるリリアの涙は俺の服を濡らす。


『私がもう少し早く気づいてたらって、凄く頑張ってくれて、初めて肩を並べて戦えて』


 うんうんと相槌を打つと崩壊していくように言葉が溢れる。



『勝たせたかったよぉ』



 誰もいない広場にリリアの情けなくも娘達を想う気持ちが響いていた。




 家に帰ると笑顔で迎えてくれたユウカ。


 ユウカも俺がリリアにしたようにユリアとティアの想いを聴いていたのか、シャツの至る所が濡れていた。



『リリアちゃん達帰ってきたよ! さぁ、ご飯にしよ』



 いつもの日常で俺は平和を噛み締めるようにユウカが作ったご馳走を食べていた。


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