勝利の答え合わせ



 美味しそうな匂いに釣られて二人のお姫様が同時に顔を上げる。


「ごめんね、起こしちゃったかな?」


 ユリアとティアは顔を見合わせ、ハッとするとリリアに声をかけた。


「「仮面の男の人は!?」」


「うーん、どっかに行っちゃった」



 素早く立ち上がるとキョロキョロと周囲を確認してる二人。


 リリアはそんな二人の元気な姿を見て問題はないと安心する。


「それじゃ食べましょうか」


 リリアの声に反応しないまま二人は仮面の男が気になるのか周囲の警戒を怠らない。


 見かねたリリアは再度声をかける。


「早くしないと全部食べちゃうぞ」


 シビレを切らしたのはティア。


「もうダメ! お腹ペコペコなのぉ」


 走り出したティアに続いてユリアも歩いて席に向かう。



 席についた二人の顔はリリアとユウカが作った弁当を前にしても晴れない。


 気遣うようにリリアは言葉を漏らす。


「どうしたの? そんな顔をして」



 ユリアは振り絞る様に声を出す。



『全力……いや、それ以上だった。私はずっと後少しって……』



「ユリアちゃんとティアちゃんは勝てると思ったんだ」


 リリアの声に小さく頷く姉妹。



『私は全然勝てる気がしなかったなぁ』



 カチャカチャと姉妹は持っていたお箸を落とす。


 どうしてだ? と目で訴えて来る姉妹にリリアは考える。


 教師としての言葉か、母親としての言葉か。


「ティアちゃんもユリアちゃんも頑張ったよ、でもあんな無茶な力の使い方はやめて」


 リリアが選んだのは高める言葉ではなく、娘を気遣い傷つける母の言葉。


 リリアには姉妹の次元を越えるような速度で成長していく姿はどうしてもクレスと重なって見えてしまっていた。


 自分を代償に力を付ける怖さは誰よりも知っているリリアはやめてと懇願する。


「リリアママごめんなさい。でもあの人……いや、あの人より強い人がもし誰かを傷付けるような力を使った時は対等になる……守る力は絶対必要だって思うの!」


「私もお姉ちゃんが無理しないように守る力が必要だもん!」


 二人は強い意志のこもった目をリリアに向ける。


『『だからさっきの力の使い方を教えてくださいリリア先生!』』


『あの人を超えて、それ以上の力を付けるんだから……死に物狂いで挑戦してもダメかもしれないんだよ?』


『『それでも!』』




「わかりました……まずはお弁当食べてこのイベントが終わった後ね」


 姉妹は喜び、最初に見せていた暗い顔は何処にもなかった。


 本当にクレスを超える事を信じて疑わないように。


 リリアの目に映る姉妹達の姿はクレスではなくて。


(ユウカちゃん……この娘達は本当に私達にそっくりさんだね。私も人の事を言えないよ)



 リリアは懐かしむように思い出す。





 べレクを倒して歴史にすら名を残さず世界を救ったお兄ちゃん。


 それから数年が経過したけど一つ大きく動いた事と言えばお兄ちゃんに勝つ事を条件にして一つお願いを聞いてもらえるという事。



『お兄ちゃん!』


『クレス君!』


 ユウカちゃんと息を合わせて剣を抜く。


『『私達が勝ったら結婚して!』』



『まだそんな事を言ってるのか……』



 お兄ちゃんはのらりくらりと私達の剣を避ける。


 ユウカちゃんと色んな作戦を練ったり、アリアスちゃんも参加して色々な魔法も考えた。


 呆れながらも付き合ってくれるお兄ちゃんに何度も何度も結婚を申し込む。


 妹としてしか見てもらえない私にはもうこれしかないと思った。


 今までよりも死に物狂いで戦闘の勉強、魔法の勉強。


 それに時間を費やした。


「アリアスちゃん、ユウカちゃん! 今だよ」


 お兄ちゃんにもう少し、もう少しで届くと信じて剣を振り抜く。




 それが間違いだとすぐには気づかなかった。


 お兄ちゃんと会う度に剣を交わして。


 強くなる事でしか手に入らない物は確かにあって。


 でも私達の剣は、剣で生きてきたお兄ちゃんの前では無残に折られていく。


 言葉を交わす時間を削り、次第になんでこんな事をしてるのかわからなくなった。


 いつからかお兄ちゃんは家に帰ってこなくなったけど、それでもこの国には居て。


 アリアスちゃんが作る擬似空間でいつも顔を合わせるからそれでもいいんじゃないかなと思ってた。


 擬似空間を作ることで国の中なら何処に居ても戦えたから。



『なぁ、俺ってそんなに必要か?』



 久しぶりに口を開いたお兄ちゃんの言葉に私は言葉が出なくなって剣を振るのをやめる。


 でもユウカちゃんは剣を振るう。


『クレス君が僕達を受け入れてくれないからだよ!』


 私も……。


 ずっと思っていた事。


『私もこんな事やりたくない! ずっと、ずっと待っていたんだよ! お兄ちゃんはいつになったらちゃんと私の言葉を想いを受け入れてくれるの!』


『そうか……お前らには俺よりも……』


 違う、そんな言葉が聞きたいんじゃない。


 ユウカちゃんが離れた隙に私はお兄ちゃん目掛けて突っ込む。


 一瞬で剣が届く距離になる、私は今までの全てを一撃に込めて振り抜く。



 だけどその剣は容易く弾かれた……私は弾かれた剣を離し、そのままお兄ちゃんの懐に飛び込む。


『お、おい』


『アリアスちゃん!』


 私が頼むと擬似空間から現実に戻ってくる。


 お兄ちゃんを掴んで離さないように。


「じゃあ僕も〜」


 お兄ちゃんが居なかった家にお兄ちゃんが帰ってきた。


「キュイ〜」


 ドラゴンの姿のアリアスちゃんもお兄ちゃんの肩にしがみつく。


 私は力を込める……ギュッと抱き締めて離さないように。



『俺さ、やっぱり外の飯って合わなかったみたいだわ』



 ふとお兄ちゃんは頬をかくと恥ずかしそうに声を出した。


『リリアやユウカの飯が食いたいな……俺が負けるまで作らな……』


『『作らない!』』


『キュイ〜』


 お兄ちゃんは私達の言葉を聞いてわざとらしく息を吐く。



『今のは今までのどんな攻撃よりも辛いな』



 私の身体を暖かい物が抱きしめてきた。


 求めていたはずの暖かさ。


 そのはずなのに私の目からは涙がとめどなく溢れて止まらない。




『俺の負けだ』






 その言葉は今でも思い出したら聞こえてくるようで……本当は負けず嫌いなお兄ちゃんから初めて心の底から勝ったと思えた言葉だった。



『リリアママ、何でそんなに嬉しそうなの?』


 ティアがほっぺたにご飯を付けながら聞いてくる。


『貴方達は私の娘達だなぁって思ってね』


『リリアママはママなんだから、そうに決まってるよ』


 ティアのほっぺに付いたご飯をポケットから出したハンカチで拭う。


『そうね、仮面の人に次こそは勝てるといいね』


『うん』


 お兄ちゃんは強敵だから……次は貴方達が頑張る番だね。


 私は私には見えなかった剣の勝利をこの娘達に託して、見守る事にしようかな。


 その時にお兄ちゃんはどんな顔するのかも見てみたいなぁ。


 でも私は悔しそうな表情より、私と居る時のお兄ちゃんの笑顔が一番好きだって気付いたから。




 この娘達はどんな答えを見つけるのかな。


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