英雄の片鱗



 暗闇の中、誰かの声がする。


『クレス君、起きる時間だよ』


 パチンとした指を鳴らす音で目を開けると目の前には金髪の少年べレクの姿が映る。


『リミテッド・アビリティー』


 禍々しい魔力を放つ玉に向けて瞬時に黒剣を投げる。


 コイツは俺の娘達を人質にリリアとユウカを脅してるようだ。


 状況を確認した瞬間に俺の身体は何かを殴っていたらしい。



『おい、お前……俺に殺されたいようだな』




 鼻を両手で押さえ地面から起き上がるソイツは何かボソボソと喋ってるようだが聴こえない。


 俺が一歩進むと鼻を押さえるのはやめて両手を俺に向ける。


『お、おい! 人質が見えねぇのか! あと一歩でも動いたら……』


『人質? お前は何を言ってるんだ?』


『何って! 見れば……わ、かるだ……ろ』


 コイツの視線はあるはずの何かを探すが。


 そこにはもう何も無い。


 金色を纏った粒子の線が漂うだけだ。




『早く立ち上がれ、俺は寛大なんだ。自分から殺してほしいと嘆くまで生かしといてやるよ』





 リベルは立ち上がりながら思う。

 

 ……なんなんだこの仮面の男は!


 俺が反応できない速度で姉妹を狙っていた設置型の魔法を消して俺に攻撃をしてきた?


攻略法エクストラサーチ』


 頭の中に様々な攻略法が浮かんで……こない。


『リミテッド・アビリティー』


 仮面の男は何も無い空間に右手を入れると黄金に煌めくオーラを纏う黒剣を取り出した。


 俺を嘲笑うかのように黒剣の先を向ける。



『手加減してやるからかかってこいよ』



 仮面の男はわかっていない……俺の固有スキルには無敵を誇る『999のライフ』の能力が存在する。


 致命傷か、死んでも完全な状態で復活出来る能力。


「来ないのか?」


 仮面の男の姿がブレる。


『えっ?』


 その瞬間、激痛と共に俺の意識が消える。



『ライフ1消費されました』



 俺は今。


 死んだのか?



「悪いな、手加減してるつもりなんだが……雑魚相手だと手加減してても殺しそうだ」



 俺の手足は物凄い勢いで震えている。


 得体の知れない化物。


 異世界で初めてといえる死の恐怖に。


『相棒君〜殺しそうじゃなくてその人一回死にそうな程弱ったんだと思うよ! 999回全開で復活する能力持ってるから』


 後ろで見ていたもう一人の仮面を被ってるやつが仮面の男に助言をする。


 なんで俺の能力がバレるんだ?


「ほぅ、面白い能力だな」


 また仮面の男がブレる。



 その瞬間に永遠と続くような激痛が身体中に駆け巡る。


 声を出そうにも一瞬で終わる激痛は残らず完璧な状態で復活する。


【ライフ998消費しました】


 今の一瞬で自分が今痛いのか、痛くないのかも分からない。


 手が、足が、自分の身体じゃ無くなったように動く事も出来ない。


 前を見ると手を伸ばせば届きそうな至近距離に仮面の男が立っていた。


「次は本当の死だ。お前はいつ、絶望するんだろうな」


 背中に伝うじわりとした汗が嫌に新鮮に感じる。


 なんだコイツ、なんだコイツ、なんだコイツ。


 頭の中はそれだけで満たされる。


 チートが効かない相手なんて今までいなかった。


「お前は……誰だ」


 相手のステータスを確認しようとすると何かに弾かれたように視界にノイズが入る。


「悪いね、相棒君の正体を知られるのは不味いんだ」


 後ろの仮面の奴が何かをやっているようだ。


「そういう事だ」



 胸の辺りに激痛が走る。


「グァァアアアア!!!!」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。


 収まることがない痛みで俺はうずくまる。


「やっとお前の痛がってる声が聴けた」


 ドクドクと流れる血を感じる。


 温かい物が流れ落ちる感触と共に肌を割くような痛みが波のように押し寄せる。


「クソが! クソが! クソが! グヘッ」


 頭を足で踏みつけられて俺の口の中に土が入りジャリジャリと音を鳴らす。


「どうだ? それが雑魚が食べる土の味だ、美味しいだろ?」


 なんで俺がこんな奴に頭を踏みつけられて……。




『やりすぎだよ!』



 俺の頭に置かれていた足は何かの声と共に離れた。


 自分より弱い存在だった筈なのに絶望に落ちそうだった心に光が差し込むような感覚がした。


 二人の後ろ姿は大きくて、まるで俺が憧れた……なりたかったはずの英雄の後ろ姿だった。


 俺は何をやってるんだ。





『ティアの言う通り! これはあんまりだわ』



 ユリアとティアが剣を振るいクレスとリベルの間に入る。


 クレスはそんな二人に疑問をぶつける。


「人質されたお前らが何でソイツを庇うんだ?」


 ティアは仮面をしているクレスに真っ直ぐな目を向ける。


「私が憧れた剣の勇者様は絶対こんな事を許さない!」


「グハッ!」


 クレスは黒剣を手放し血を吐きながら地面に片膝をつく。


 キラキラと消えていく黒剣を見ながらユリアは何故か出来た隙を見てリベルに声をかける。


「トレファスさん、早く降参して! その傷だと本当に死んじゃうから」


「降参する……そして許されないだろうが」


 リベルは激痛などお構い無しに立ち上がると頭を下げる。



『悪かった』



 一言残してリベルは転移魔法が発動して消えていった。


 ヨロヨロと立ち上がるクレスにティアとユリアは剣を向ける。




『『私達が相手になります!』』



 リリアとユウカは姉妹の戦いを微笑みながら見ているのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る