国王




 僕の声に反応してか、ゾロゾロと野蛮な冒険者風の人達が現れてきた。


 その中の一人には見覚えがある。


『さっきは良くも恥をかかせてくれたな!』


 ランカー十位に入っている大男フィリックス。


 僕には身に覚えがない相手なのでクレスさんに聞いてみる。


「クレスさん、なにかやらかしたんですか?」


「さぁ、見たことない顔だな」


 クレスさんは疑問顔でフィリックスを見つめる。


 そのとぼけた顔にフィリックスの顔が真っ赤に染まる。


「屋台でのこと覚えてないとは言わせねぇ!」


「あぁ、あの時の雑魚か」


 あっけらかんとしてるクレスさんに対してフィリックスは今にも殴り掛かるのを必死で抑えてるようだ。


 僕が来る前に屋台で揉めてたのはフィリックスとの事なのか?


 僕は納得して剣聖としての仕事をする。


「貴方はランカーのフィリックスさんですね? ここは僕の顔に免じて退いてはくれないですか?」


「ランカーの俺様が剣聖なんかにビビるわけねぇだろ! 国と国との対抗カードに俺達を使ってるんだから、剣聖は俺に手を出せねぇ事も知ってんだよ!」


 確かに昔は剣聖がそのパワーバランスを補っていたにも関わらず、今は国が増えすぎて国々で剣聖の実力は天と地程の差が出来るようになった。


 その穴埋めとして使われているのがランカー制度。


「悪いんですが、それは弱い国の話です……」


 剣聖が弱すぎる故に出来た制度だ。



『僕は一人でも貴方達ランカーが束になっても勝てないのですよ? 無意味と思いませんか?』



 僕は腰に携帯している鞘から剣を引き抜くと体内を静かに巡る魔力を加速させていく。


 身体から放出されるはずの魔力は薄く僕を包む、本来の魔力の色をかき消してオーラが紅く染まる。



魔力加速アクセラレーション



 クレスさんから教えて貰った僕が魔法と戦える唯一の術。


 フィリックスはそんな僕を見て、一歩後退する。


「これが魔力無しの剣聖、紅の剣士か」


「貴方も名前だけはご存知なんですね」


 クレスさんは獣人が得意としていた『獣化ベルセルク』という技の真似事だと言っていたな。



 不意に至る所からの魔力の高まりを感じると、色とりどりの魔法が僕に向けて放たれる。


 その魔法の形状は様々だが、その魔法に合わせるように剣で撫でると一瞬で僕の魔力と重なり合い加速する。


 それをそのまま放ってきた相手に全てそらす。


 気絶したのか何十人かの気配は微かになった。


 無事では済まないだろうが。


「クレスさん……肩慣らしとか言って僕だけしか動いてないんですが」


「考えてみれば肩慣らしする程の相手でも無いかなってな」


 クレスさんに暴れてもらったらそれはそれで困るので自重して貰えるのはありがたい。


「さて、それではフィリックスさんまだ続けますか? ここで引き下がればまだランカーという事で見逃して上げますが」


「ふざけんじゃねぇ!」


 まぁ、そうですよね。



 フィリックスが僕の目の前に迫る、拳を振りかぶる瞬間に一太刀。


 フィリックスの身体に剣を添えて魔力の流れを切る。


 僕が通り過ぎるとフィリックスは気づいたようだ、魔力が出せない事に。


「……ど、どうしたんだ」


 初めて相対した人は皆んな、魔力が無いからと僕を下に見るんですよ。


 それは別にいいのですが、実力差がありすぎると相手の魔力の元を壊すんですよね。


 振り返った僕とフィリックスの目が合う。



『良かったですね、これで貴方も魔力無しの仲間入りです』



 何度も魔力を纏おうと力を込めるフィリックス、だが一度切れた魔力を戻すのにはそれ相応の時間がいる。


 そして無理矢理に魔力を出そうとすると内部から壊れる。



「お願……ぐはっ!」


 フィリックスは僕に何かを懇願するような目を向けながら自分の暴走した魔力に耐えきれなくなり気絶してその場に倒れていった。



「いつ見てもお前の剣えぐいな!」


「いや、クレスさんの教えなんですが」


 魔力ある人が魔力無しを宣告される瞬間の顔は今でも慣れませんね。


 クレスさんは凄い笑顔ですが。




 ふとパチパチパチと拍手が聞こえて上を見上げる。



『いやぁ、何百年振りに面白い見世物を見せてもらいました』



 声の主は屋根の上にいる女の人が僕達を見下ろしていた。


「魔力無しであんな芸当が出来る人がまだこの世界にいたんですね」


 この人どこかで見た事が……って、え!


「何故貴方様がここに!?」


「競技大会ですよ? 魔族の国も参加するのでその見学に来ていたのですが、変な魔力を感知しましてね」


 クレスさんは何が気に食わなかったのか、不機嫌オーラを出している。



『おいババア! 人を見下ろしてんじゃねぇ!』



 なんで自ら問題を起こしに行くんだこの人は!


「ババア? 私を魔族を束ねる国王と知って言ってるのか小僧」


「やっとメッキが剥がれてきたな」


「ほぅ、小僧一人消しても私を咎められる奴は居ないと言うに、剣聖が助けてくれると思うたか?」


 ピリピリとして来た雰囲気、剣聖の僕ではこの二人を止められないことは明白。


「クレスさん! この人は」


「知ってるぞ、ニャン・リフェルだろ」


「クレスさん違いますよ! スーリフォル・リフェル様ですよ!」


「いやいや、俺がニャンニャン言うと嫌がってたぞアイツ! ジークが間違えてるんじゃないのか?」


「……クレスさんスーリフォル様と知り合いなのですか?」


 音もなく屋根の上から飛び降りたスーリフォル様はクレスさんを抱きしめた。


 その光景に唖然としてしまう。



『ユウ様なのですか?』



「ニャンは昔から全然変わってないな」


「貴方様は凄く変わられましたね……昔の様にリフェルと呼んで欲しいのです」


 ……僕は今、何を見せられているのか。


 先程まで凛としていた雰囲気の魔族の国王様が頬を染めながらクレスさんに抱きついている。


「リフェルもバトルドームに行くなら一緒に行こう」


「はい、私は何処でも付き添いますよ」


 状況の整理がつかない僕は聞いてみることにした。


「えっとスーリフォル様とクレスさんはどういう関係なのですか?」


 クレスさんはあっけらかんと口を開く。


「あぁ、昔の仲間だ」


 そうか、剣の勇者様の仲間にスーリフォル様が居たことは有名な話だ、だがその真相は自ら語ろうとしない事でも有名。


「では何故、クレスさんの正体が分かったのですか?」


 クレスさんに抱きついて離さないスーリフォル様は僕に向かって答える。


「そんな物、私の名前を知っているのはユウ様とアリアスぐらいですからね」


「ユウ様はやめてくれ、今はクレスだ」


「はいわかりました、クレス様」



 改めて僕はクレスさんの凄さを垣間見た気がした。


 本当に頭が痛い。


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