深海



 ユウカは崩れかけた家の上に居ながら二人の戦闘を見下ろす。


『これは凄いね、出来ればフィーリオンの外でやって欲しい戦闘だよ』


 空気を無理やり切り裂いているような爆音が辺りに撒き散らされる。


 ユウカはレニウスを見ながら呟いた。


『自分の力に酔いしれた裏切り者』





 ユリアが振るう無音の剣は荒々しいレニウスの剣技に押され始めていた。


「おいおい、そんなもんだったか、剣の勇者の力は! そうだよな……卑怯な手を使われなければ最強と名乗っていたのは俺だ!」


 ユリアはレニウスに問いかける。


「貴方が言う卑怯な手とは?」


「そうだな、お前は知ってないとこの戦いの意味がない。俺はアリアスを守る騎士だった。それは名誉な事でな、姫様を守る騎士といのは平民出の俺からすれば大出世だ」


 レニウスは一旦剣を引く。


「アレクが剣聖なのも納得は出来なかったが、代々姫に仕えた騎士は姫様と婚約が出来る。それで満足だったしアリアスが俺の妻になる事は決まっていた、ユウ・オキタが現れるまでは」


 レニウスは私欲に満ちた理想論を語る。


「召喚された当時は剣の勇者も魔力無しのハズレ勇者と言われていて、そんな雑魚はもう城から追い出せと何度言ってもアリアスは聞いてくれなかった」


 アリアスの答えは何時も決まっていた。


『こちらの世界に私達の都合でお呼びしただけなのですよ、あの方にも家族やご友人が居たに違いありません、なのに力にならないからって見捨てるのはあんまりじゃないですか』



「そしてアリアスは俺を置いて剣の勇者と旅に出たと聞いた。俺には雑魚がアリアスを道連れに死ぬ未来しか見えなかった! だからすぐに後を追った……数年かけてやっと追いついた俺の前には雑魚が最強と呼ばれる程の力を付けていた」


 そしてとレニウスは続ける。



『最強なのは俺のはずなのに、俺にじゃなくアリアスは剣の勇者に惹かれている事は一目瞭然だった』



「貴方はアリアス様を取られたくなくて最強を欲したのですか?」


「ある意味正解だな。そこで剣の勇者の仲間になって計画を練った、剣の勇者に本気を出させ殺す計画を……アイツが居なくなれば俺が最強だと分かってくれる。アリアスも俺の物になる、一石二鳥だろ」


「計画?」


「一つの国を犠牲にして最高の舞台を用意した」


「国を犠牲にですか」


「魔王共に国を襲わせてる間、俺の能力で剣の勇者を足止めした。焦った顔は滑稽だったぞ、至る所で鳴り止まない悲鳴、人々の苦痛の声を一身に浴びたアイツの顔は」


「でも負けたのでしょう貴方は」


「ッ! 戦いの中で魔法が使える俺に戦況は傾いていた、だがアイツはグランゼルの能力を使ったんだよ! 時間がないというだけで俺との真っ向勝負を汚した」


 自分の事しか考えていないレニウスの思想にユリアは苛立ちを募らせる。



『レニウス、殺したはずなのにな……また気持ち悪い戯言か?』



 黒髪の少年が二人の間に入るように降り立つ。






「クレスさん! なんで!」


 ユリアは俺の登場に驚く。


「あれだけの殺気と魔力放出してたら来るだろ」


 レニウスは俺に向かって吠える。


「お前は誰だ! 邪魔すんじゃねぇ!」


 ふっと俺の身体から紫色に光り輝く精霊神のクロが外に放出される。


『ユウ様特定完了しました、転移されますか?』


 クロからの言葉を聞いて、俺はレニウスに向き直る。


「コイツを倒してから転移だ」


「精霊神……まさか剣の勇者か!」


「さすが昔仲間だっただけはある、精霊神を見ただけで剣の勇者ってわかるか」


 レニウスは俺を見ながら笑う。



『そりゃそうだろ! 女神に愛され、精霊に愛され、運命に愛され、世界に憎まれた男。深海の勇者様』


 ドクンと俺の心臓が跳ねると一気に怒気と殺意が溢れ出る。


「音もなく深海に飲まれたように魔族や人を殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、そこで辿り着いた名前だろ?」


 レニウスは楽しそうに顔を歪ませる。


「何をそんなに怒ってるんだ? お前に恐怖した者達が言った名前だぞユウ・オキタ、お前にピッタリの名前じゃないか」


 黙れ、ダマレ。


『リミテッド・アビリティー』


 俺は黒剣を引き抜きレニウスに全力を持って……。



 俺とレニウスの間にユウカが両手を広げて立ちはだかる。



『ダメだよ! クレス君!』



 俺は剣を首筋でピタリと止める。


 ユウカにお礼を言う。


「ありがとう、助かった」


 レニウスの能力、心の隙間を狙って殺意の対象を入れ替えるだったか忘れてたわ。


 いつの間にか俺は後ろにいたユリアに剣を向けていた。





 レニウスは惜しいと言葉を漏らす。


「あと少しだったなぁ。それよりも今の剣の勇者にグランゼルはないみたいだがいいのか? 昔と今じゃ状況が違うぞ」


「お前は勘違いしてるな、昔お前と戦った時にグランゼルの力は使っていない」


「う、嘘をつくな!」


 レニウスに動揺が走る。


「嘘じゃないが……まぁいい、お前は俺の手で殺す」


 尋常じゃない殺気がレニウスを襲う。



『時間が無いんだ、こんなくだらない戦いは早く終わらせてくれ』

 


「またその言葉か!」


 レニウスは一息でクレスとの距離を詰めると荒々しい剣を振るった。


 だがその剣は全てクレスには届かない。


「もう気が済んだか?」


「他に見えない力を使ってるのか! 卑怯者め!」


「分かんねぇみたいだな、そこのユリアにもお前は勝てない」


「俺の剣技は神の子を押していた」


「冗談だろ? あぁ、力の一部しか使ってなかったのか」


 クレスはユリアを見ると【スタイル】しか使ってないのを見抜いた。


「よそ見すんじゃねぇ!」


 大振りなレニウスの剣をクレスを黒剣で弾き返す。



『死ね』



 殺意の篭った黒剣は無音の域を超える。


 ただ静かに緩やかに振られた剣は本人以外、反応することを許さない。


 振り終わる迄の時間を全て奪われたような違和感がその場にいる全員を飲み込む。



『最強だと吠えるのは別に構わないが』



 レニウスの身体をゆっくりと通り過ぎて行く黒剣。


 振り終わると時間が息を吹き返すように流れていく。



『俺とお前じゃ格が違う』



 レニウスを中心に空間が歪むと、それを埋めるように圧縮していく。


 塵一つ残さずにレニウスという存在はこの世から消えていった。



 ユリアはその光景に言葉を漏らす。


「これが剣の勇者の本気ですか……」


 近くに居たクロが応える。


「当たり前です、ユウ様は最強ですよ」



 クレスは黒剣を空中に放ると、黒剣はキラキラと粒子を残しながら消えていく。


「それじゃ行くか」


 クレスを中心に魔法陣が展開された。


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