大切な人




「魔力無くてもお前ぐらいは余裕で倒すことが出来るって今から証明してやるよ」


 クレスは剣を男に向けたまま動かない。


 男はクレスの殺気に当てられながら吠える。


「どうせ、口だけだ!」


「試してみろよ、雑魚やろう」


「どこまでその口が聞けるか試してやるよ!」


 男はニヤリと笑いクレスに言い放つとクレスから距離を取り能力を発動させる。


『必中』


 男は何もない空間を何度も何度も殴りつける。


 だがクレスは剣を男に向けたまま動かない。


 ドスッ! ドスッ! と鈍い音がクレスの身体から発せられるだけ。


 男の額から次第に汗が垂れる。


 それは恐怖によるものなのか、ただ立っているだけのクレスに男は怯えているようだった。


「お前らも見てるだけか!」


 男は周りに声を出しながら『お前らも攻撃しろ』と訴える。


 男の声に反応して周りが魔力を纏い、色とりどりの魔法をクレスに向けて放つ。


 その瞬間にクレスは動いた。


 全ての魔法を魔力の纏っていない剣で斬り裂き消滅させたのだ。



『お前、俺に言ったよな男を教えてやるって』



 クレスの殺気が膨れ上がる。


 男は必死に手を動かし続ける。


 拳を振るのを止めてしまえばどうなるのかが見えているのだ。



『魔力が無い最弱の奴に一斉攻撃するのはゲスな行いじゃないのか? 大層な男だなお前は』



「うるせぇぇぇ! お前らも早くコイツを……」



『周りの奴は動くな』


 

 それは静かな声、だが周りの奴等を黙らせるのには充分だった。


「お、おい何で俺の攻撃を受けて倒れないんだよ!」


『必中』を使い、避けることの出来ない絶対の攻撃をクレスはずっと受け続けているはずなのに倒れない。


 そんな男にクレスは言葉を投げかける。



『何をヒビってるんだ? 命乞いをしたら助けてやるよ』



「誰がお前なんかに!」



『じゃあ』


 

 クレスは男の前から一瞬で消える。



『死ね』



 黒銀のオーラが男の身体を覆うと同時にクレスが目の前に現れる。その瞬間に男の身体を剣が通りすぎた。


 そして男は自分が真っ二つに切り裂かれた様な感覚に陥る。


「……」


 男は口をパクパクと開閉しながら尻餅をつく。



『なんてな、冗談だよ先輩』



 男の肩をポンポンと叩きながら門に向かう。


 ざっと周りの生徒がクレスに道を譲り、クレスはその場を後にした。




 男は腰が抜けたのか立てない、足が尋常じゃないくらいに震えている。


「あれは、なん、だったんだ」


 男は震えている口で一言漏らす。


 自分の身体を通りすぎた剣は幻だったと身体に分からせるように、斬られた所を念入りに調べる男。



『君達は挑んじゃいけない相手に戦いを挑んだんだよ』



 それをずっと影から見ていたユウカはひっそりとクレスの後を追いかけるのだった。





 俺は家に帰ると一息つく。


「いやぁ、危なかったな~」


 もう少しで殺しそうだった。



『私がいなかったら彼処は血の海が広がってましたよ』



 クロが魔法を発動してくれたから殺さずにすんだ。


 部分転移みたいな魔法だな。


 俺の剣が男に当たる直前に剣の軌道を斬った後の軌道に繋げただけだ。


 男からは自分が斬られたと錯覚しても不思議じゃない。


 俺は家のソファーに寝転びながらゴロゴロとしている。


 いつの間にか現れたユウカが背後から話しかけてきた。


「ずいぶんと暴れたみたいだね」


「見てたのか、今日は大変だったな~」


 無視して変な嫌がらせ受けるよりはマシだろ。


 俺は学園イチャラブを目指すんだ!


「僕も明日から学校行こうかな」


「行けるわけないだろ」


 何回学園生活やる気なんだよ。


「はい、ユウ様」


 ずっと家で待ってたらしいアオイがお茶を出してくれた。


 ティータイムで優雅にくつろいでいると。



『ただいま~』



 誰かが帰って来たようだ。


「あっ、アオイちゃん精霊界に帰ってなかったんだ~」


 嬉しそうなリリアの笑顔はいいな。


「ってクレス君はなんで私の家でくつろいでいるの?」


 アオイのすぐ後ろにいた俺に視線が向く。


「お邪魔してます」


 俺は一言、リリアに告げるとティータイムに入る。


「僕もいるよ~」


「ユウカちゃんまで!」


 ユウカも俺と一緒にティータイムだ。


「恋人だからいいじゃん」


「ッ!」


「へぇ~リリアちゃんはお兄ちゃん以外に恋人を作るなんてね」


 笑いを堪えながら下手な芝居をしているユウカ。


「そうだけど、そうだけど違うもん!」


「いやいや、恋人だよな」


 俺はリリアに強制権の事をちらつかせる。


「そういう所もお兄ちゃんとソックリ!」


「本人だしね」


 リリアの言葉にユウカはボソッと呟く。


 リリアは諦めたのかキッチンへと向かう。


「わかったよ、恋人なんでしょ。何か食べたいのある? 久しぶりに何か作ってあげる」


 リリアは諦めたような顔をして、メニューは何がいいか尋ねてきた。


 リリアの手料理が食える!


「リリアちゃんは久しぶりにこんなに賑やかだからきっと照れ隠しなんだよ」


「もうっ! ユウカちゃんは変な事を言わない!」


「今日あったばかりの男の子にここまでしてあげるなんてリリアちゃんに何があったのかな?」


「な、なんでもないよ」


 リリアの頬が朱に染まる。


「まぁ、僕から見てもこのクレス君はリリアちゃんのお兄ちゃんにすごく……本物かと思うぐらい似てるしね」


 悪い顔をしながらこっちみんな!


「ユウカちゃんもそう思う? 本当に似てるんだよ」


 リリアは嬉しそうな目を俺に向けてきた。


「俺はソバが食べたい!」


 ずっと待ってたんだ! リリアの手料理を!


「ソバね……ソバって言った?」


 何故か聞き返してくるリリア。


「ソバだよ、リリアのソバが食べたい」


 俺のはしゃぎっぷりはどうだ!


「なんでソバの事を知ってるの?」


 ……あっ!


「僕が教えたのさ、リリアちゃんのソバは美味しいよって」


 すかさずユウカがフォロー。


 危ない。


「そ、そうだったんだ、クレス君といると違うって分かってても期待しちゃってるんだよ。ごめんね」


「リリアちゃんは寂しがりやだからね」


「もうユウカちゃんも茶化さないでよ、私の側にいた大切な人はいつも突然居なくなるの」


 寂しそうな顔をしながらキッチンに向かうリリア。



『俺はずっとリリアの傍にいるから』



 呟いた言葉に照れ臭くなってお茶を飲む。


 振り返ったらリリアに聞かれてたようで目と目が合う。



『もう何処にも行かないでね、お兄ちゃん』



 何か呟いていたようだが、微笑んだリリアの姿は可愛かった。




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