病気
『手加減してやるからかかってこいよ』
「やっぱりお兄ちゃんだね」
リリアの言葉にユウカとミミリアも頷く。
三人は一斉に剣の勇者に斬りかかる。
その全てを剣の勇者が弾き返す。
「遅いな、俺の右目で見えない物はない!」
剣の勇者が叫ぶ。
俺も心の中で叫ぶ。
『や~め~て~く~れ~!』
俺は頭を抱える。
くそっ! もしかしてと思ったが調子に乗ってた時期に記憶の石を使っていたのか。
俺は集中した状態の時、魔法の流れが目で見える。今では集中したら肌で感じるまでになっているが……。
空気中の魔力や魔法発動の兆候、普通は目に見えない魔法の流れ、それを俺は見る事ができる。
あの記憶の石に封じ込められた思想はたぶん俺が魔法の流れを目で見えるようになった時の物だ。
俺の忘却したい過去の一つ。
痛い事をやってて恥ずかしいと少しでも思ってるならまだいいのだ。
その時の俺はその痛い事を本気でカッコいいと思っていたから何十倍も痛いのだ。
普通の人が見えないものを自分だけが見えている。その時の感情は察して欲しい。
そんな状況になったら男なら誰でも昔の俺みたいに思春期特有の病が発症する。
「ふははは、手加減してやると言ってるのだぞ、さぁかかってくるがいい! 俺の……」
俺は耳を塞ぐ。
このまま聞いていたら精神が持たない。
リリア、ミミリア、ユウカの三人はコイツ何言ってんの? という目をしている。
俺にはそれが耐えられない。
「フィリア、これやるよ」
俺はフィリアにポップコーンモドキをやると立ち上がる。
「いいのか? クレスよ、どこに行くのじゃ?」
「ちょっとな」
俺は心の中で強く念じる。
アイツらは何時も見てるらしいからな。
こっちからは呼べないと言うのは昔の俺は一度も助けを求めたことがない、呼んだことがないのだ。魔力がないから呼べるか分からないが。
『クロ、動けるなら助けてくれ』
「ユウ様の頼みなら断れませんね」
俺の隣に音もなく現れた紫の長い髪と紫の瞳を持つ美女。
「はやっ!」
精霊神が来る速さに驚く。
「助けてくれてありがとうございます。シロも言ってましたよ」
「それなら当然の事をしただけだ、あと……」
フィリアが俺の言葉を遮ると頭を下げる。
「闇の精霊神よ、すまなかった」
「別にいいですよ、気にしてないですし」
「ほらな気にしてないって言っただろ?」
「うむ」
「お前は昔とは違う、今は笑顔の方が似合うんだから深く考えて深刻になるな、笑え」
「う、うむ」
フィリアの頬が朱に染まり俺から視線をそらす。
「それより可愛らしい姿になりましたね。魔法の映像でみるよりも直で見る方が何倍も可愛いです。昔のユウ様は助けてくれとか一言も言わなかったから新鮮ですけど、なんかこの状況で呼ばれると複雑な気持ちですね」
「他の精霊神から聞いてるなら説明はいらないな。俺は黒歴史を消し去るためなら何でもする」
「おい、クレスよ、食堂では使わないって自分で言っておったじゃないか!」
「はっ? なに言ってるんだ? これは緊急事態だろうが! クロやるぞ!」
「ユウ様はいつまでもユウ様ですね」
闇の精霊神のクロは変わらないユウ・オキタを見て微笑み、光の粒子になりクレスに入っていく。
クレスの蒼の瞳が、紫色に変わる。
クレスはすぐさま闇の精霊神の特殊能力を発動する。
『うつし影』
性別や種族とわず指定した生物になれる。
一度でも見たことがある生物しかなれないという制限がある。
周りからそう見えるようになるとかじゃなく特定の人物を指定した場合、体格から性別、何から何までその人物になる。
もちろんクレスがここでなるのは剣の勇者ユウ・オキタだ。
限定精霊化したクレスの身体を包む黒銀のオーラが一瞬にして紫色に染まり。
また黒銀に染まると黒髪黒目になり身長も高くなる。
『リミテッド・アビリティー』
何もない空間に手をいれて、金色のオーラを纏う黒剣を取り出す。
「どうだフィリア、俺は剣の勇者か?」
「どこからどうみても剣の勇者じゃ」
「そうか」
クレスは呟くとその場から一瞬で消える。
「ん?」
バトルフィールドにいる剣の勇者が異変に気付く。
「ぐっ!」
咄嗟に飛んできた斬撃を受け止める。
「さすが俺だな」
クレスは剣の勇者に向けて言い放つ。
「誰だお前は」
「俺か? 俺はお前の本体だ」
「な、なに!」
目にも止まらぬ剣の乱舞。
その合間に言葉を交わす二つの黒剣。
「人形のお前には悪いがここで消えてもらう」
「ふっ、やれるものならやってみろ」
会場中が静まりかえる。
バトルフィールドには何が起こったのか理解も出来ていない三人の姿がある。
「な、なにこれ」
ユウカの口から漏れる。
何かがぶつかる音だけが聞こえるが何も見えない。
ぶつかる音だけ、衝撃もなにも起きないのだ。
そして剣の勇者も見当たらない。
「お前はよくやったよ」
「お前、強すぎるだろ! 本気、だしても、俺の、剣が、掠りも、しない」
「言っただろ剣の勇者、本人だって」
人形はすでに至るところボロボロだ。
クレスは止めを指すことにする。
「終わりだな」
人形の反応できない全力で黒剣を振る。
人形が真っ二つに割れる。
「さすが俺の本体だな、強いはずだ」
一言残してキラキラと人形が光の粒子に変わる。
中から記憶の石が出てきて、それも真っ二つ割れて光の粒子に変わる。
クレスは黒剣を頭上に放ると空中に放り出されたグランゼルを握る。
全てがキラキラと消える中、そのエフェクトで彩られた本物の剣の勇者が姿を現す。
音が鳴りやみ剣の勇者を視界にとらえる。
「なんか剣の勇者がさらに強くなってる気がするだけど気のせい?」
「はい、私もそう思います」
「リリアも」
三人は冷や汗を流し、リリアは私からリリアに自分の呼び方が変わっている。
さらなる強敵を目の前にして三人は剣を構え直すのだった。
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