最終話(1/3) やっぱりルールは大事だよね

◇   ◇   ◇


 なんなんだろう?

 自分で自分のことが分からなくなっちゃった。


 セアラに言われるがままに部室に行くと、陽大ようだい紗羽さわちゃんが話していた。

 なんとなく中に入っていけなくて、外で聞いてたら紗羽ちゃんが陽大に好きって言って。

 陽大は私のことが好きって言って。

 紗羽ちゃんが部室から出てきたから身を隠したのはいいけど、やっぱり陽大のことが気になって。

 そっと様子を窺ってたんだけど、どんな顔を見せればいいのか分からなくなっちゃった。


 気付いたら私は学校を飛び出していた。

 自宅最寄り駅で電車を降りたのはいいけど、家に帰る気にはならなくて改札を出ると駅に併設された商業施設の方に足を向けていた。

 当然、目的があるわけじゃないからブラブラ歩くだけ。

 ふと艶やかな色に目が奪われ視線を向けると、そこはランジェリーショップだった。


「あれー、あづっちじゃん」

 私の背後から声をかけてきたのはセアラだった。


「どしたのー?」

「ちょっといろいろあって……」

 声を落とす私にセアラは、


「もしかして中野がひどいことしたの?」

 時折、陽大に向ける冷たい声を響かせた。


「違うって。そうじゃなくって……」

「じゃあなんでー、あづっちはそんな泣きそうな顔してるのー?」

「そんなひどい顔してるかな、私?」

「うん、この世の終わりを見たって顔してるよー」

 どんな顔なのか分からないけど、セアラが私のことを心配してくれているのは伝わってきた。

 だから私は精一杯の元気を振り絞って、顔に笑顔を張り付ける。


「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」

「そうかなー?」

「ほんと、平気だから」

「そうかなー? もしかしてー、種井たねいがまたなんかしたのー?」

「紗羽ちゃんは……したと言えばしたけど、それはたぶん解決したから」

「むむむー。ちょっと複雑な話になりそうだねー」

 両腕を組んでセアラはうなっている。


「分かった。あーしがちゃんと話を聞いたげるから、ちょっと待っててー」

「別に平気なんだけどな」

「このままだとあーしが平気じゃないの。だから買い物をさっさと済ませるから待っててー」

「セアラがそう言うならいいけど……。でも買い物って、ここで?」

 ランジェリーショップを私が指差すと、セアラは首を縦に振る。


「私の誕生日プレゼントを買った日に陽大とここに来たんじゃなかったの?」

「そうなんだけどー、ちょっとサイズが合わなくなっちゃってねー」

「サイズが合わないって?」

「きつくなっちゃんたんだよねー」

 と、セアラは豊かな胸を両手で持ち上げてみせる。


「そ、そうなんだ」

「あづっちも見てく?」

「私はいいかな。その、今日は持ち合わせもないし」

「そっかー、じゃあちょっと待っててねー」


 セアラはさっそうと店内に入っていった。

 この差はなんなんだろう?

 私はそっと自分の胸元に視線を落として小さく苦笑した。



「あづ、あんた何やってんの?」

 セアラの買い物が終わるのを待って、私たちは駅前のファミレスに場所を移した。

 私が部室で何を見たかの説明をすると、セアラに叱られてしまった。


「だってどうすればいいのか分からなかったんだもん」

「だからってさー、逃げちゃダメでしょー?」

「逃げたわけじゃないんだけど……」

「中野っちは種井にあづっちのことが好きだって言ってくれてたんでしょー? だったらちゃんとその言葉を直接言ってもらわなきゃダメだよー」

「そうなんだけど……。盗み聞きしてたみたいで感じ悪いし」

「今さらあづっちたちがそんなこと気にしてもしょうがないでしょー。黙っててもお互いに何を考えてるのか分かるんだからー」

「そうかもしれないけど、ほんとにどうしたらいいのか分からなくなっちゃって。頭が真っ白になったっていうか」


 必死に言い訳を並べ立てる私に、セアラは大げさにため息をついてみせる。


「てかさー、中野っちは今どうしてるのー?」

「……分からない」

「中野っちはー、今日の放課後、部室を使わせてほしいってあーしに言ってきたわけ。きっとあづっちに告白するつもりだったんだよー」

「そうかな?」


 あのヘタレがそんな簡単に決意を固めるとは思えないんだけど。

 でもセアラは私にあきれ顔を向けてきている。


「告白するつもりだった相手が現れなかった中野っちは今ごろ、どうしてるんだろうねー?」

「どうだろ?」

「あの中野っちだよ? 告白うんぬんの前に、突然あづっちが部室に来なくなったら心配してるんじゃないのかなー」

「あっ……。そうかも」

「でしょー、スマホに連絡来てないの?」


 そういえばすっかり混乱しててずっと確認してなかった。


「うっ……」

 慌てて取り出して画面を見ると、私は絶句してしまう。


「どしたのー?」

 黙ったままスマホの画面をセアラに向ける。

「はー、これはこれはー」

 そう、画面は度重なる陽大からの着信とメッセージで埋め尽くされていた。


「愛されてるねー」

 ニヤニヤ笑みを浮かべるセアラ。


「そっ、そんなんじゃないしっ!」

「まー、いいけどさー。でー、どうすんのー?」

「……」

 電話かメッセージで、ちょっと急用ができて部室に行けなくなったって言えばたぶん陽大は許してくれる。


 でも――私の気持ちが収まらない。


 陽大が私のことを心配してくれたからってわけじゃない。

 陽大が私のことを好きだと言っていたのを聞いてしまったから。


「会って……話するよ」

「うん、それがいいねー」


 さっきのニヤニヤとは違う優しい笑顔でセアラは頷いてくれた。

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