第11話(3/3) やだよ
◆ ◇ ◆ ◇
放課後のオカルト研究部の部室。
誰もいないその部屋に入った
そろそろ初夏といっても差し支えのない季節だが、吹く風は心地よい。
「はあ」と息をついて呼吸を整える。
心臓がバクバクいっているのは、大慌てで部室に来たからだ。
けしてこれからのことを考えて緊張しているわけではない。
自分で自分に言い聞かせながら、開け放たれた窓の外に視線を向けると、
普段はヘラヘラした顔をしているけれど、グラウンドを走る悠斗の表情は真剣そのもの。
「あいつもあんな顔するんだな」
まだ上級生は姿を見せないのに、一人黙々とランニングをしていた。
涼しい風を受けて、人心地ついた陽大の耳には放課後のざわめきが届く。
サッカー部だけじゃなく、野球部や陸上部の生徒たちが部活の準備をする声や、遠くからは吹奏楽部が奏でる楽器の音色も聞こえてくる。
「そろそろ来るころかな」
独り言ちると同時。
がらりと扉が開く音が響いた。
――大丈夫。俺が言うべきことはただ一つだけだ。
最後に確認して、振り返る。
「……どうして?」
ツカツカと、目を見開く陽大へ歩み寄ってきたのは、
「ここに来れば、中野くんと話ができると思っていたのだけれど、ちょうど良かったわ」
「ちょうど良かったって?」
「
はにかみながら微笑を浮かべる紗羽に陽大は困惑を隠せない。
「セアラはたぶん今日は来ないけど、
紗羽と2人っきりでいるところを亜月に見られたら、面倒なことになるのは分かりきっている。
ただでさえ、紗羽のせいでお互いの考えが伝わらなくて大変な思いをしている時に、これ以上に事態を複雑にしたくない。
そんなことをやんわり紗羽に伝えたくて陽大は頭を悩ませる。
が、紗羽はまた一歩、陽大との距離を縮める。
2人の距離は手を伸ばせば届くほど近付く。
「花棚さんが来るのであれば、急いだほうがいいわね」
「急ぐって何をだ?」
「そうね。こういう時は余計な言葉はいらないわね」
陽大の目の前で紗羽は軽く瞳を閉じる。
長いまつ毛をゆっくりと持ち上げると、
「中野くん、私はあなたのことが好きなのよ」
さっきまで放課後の喧騒が届いていた陽大の耳には、紗羽の声だけが響く。
純粋なその言葉には嘘や偽りは感じられない。
本当にそうなのだと信じ込まされてしまう響きだった。
「……ごめん」
この期に及んで、好きってクラスメイトとしてだよな、なんてことは言えなかった。
異性として好きと言われていることをしっかり自覚する。
誤魔化せる雰囲気じゃないと陽大は、声を絞り出した。
そんな陽大に紗羽はさらに一歩、詰め寄る。
「どうしてなの?」
「だって」と陽大は一度言葉を区切る。
ふうと小さく息を吸って、できる限りの誠実さを心がけて紗羽に告げる。
「俺は――亜月が好きなんだよ」
初めて声に出した思いだったが、思っていたよりもスムーズに口から言葉となって出て陽大は自分で驚く。
もっと口ごもってしまうのかと思っていたけれど、そんなことはなかった。
さっきの紗羽のように嘘偽りのない気持ちを声に出すのは、抵抗がないものなのかもしれない。
陽大は場違いかもしれないと思いながらも、そんなことを考えていた。
対する紗羽は、長い黒髪を揺らしてかぶりを振る。
すがるようにじっと陽大を見つめて口を開く。
「けれど、付き合っているわけではないんでしょう?」
「今はまだ、な。でも……」
「でもは聞きたくないのっ!」
「……」
「中野くんと花棚さんは幼馴染なんでしょう?」
「そうだな。家も隣同士だし、昔からずっと一緒にいる」
「だったらこれからは私と一緒にいてほしいの」
すぐ目の前にいる紗羽がこれまで見たことがないほど必死になって訴えかけてくる。
だから自分といてほしいという言葉から何を伝えたいのか分からないが、無下にするのは悪いと陽大は黙りこんでしまう。
「中野くんは花棚さんのことを何でも知っているんでしょう? どんな食べ物が好きで、何を見たら笑って、どんなことをするのが好きなのかも、全部知っているんでしょう?」
「そうだと思う。それに逆に亜月は俺のことを俺以上に知ってるはずだ」
「そうよね。幼馴染というのはそういう存在だと、山中くんから聞いたわ」
「悠斗から? それは大変だったな。あいつはなぜか幼馴染という存在に異常なまでの執着心みたいなのを持ってるからな」
「ええ、軽い気持ちで
苦笑を浮かべる紗羽につられて、陽大も小さく笑う。
「じゃあ俺が亜月と一緒にいたいっていう気持ちも分かってくれるんじゃないのか?」
場の雰囲気が和らいだと思って陽大は柔らかく言ったのだが、
「いいえ、逆よ」
紗羽は再び真剣な表情を浮かべる。
「逆ってどういうことだ?」
「私は中野くんの知らない世界を知っているわ。逆に中野くんは私の知らないことを知っているの。そういう2人なら一緒にいれば、常に新しく気付けることがあるのよ。だから……というわけでもないのだけれど、私は中野くんと一緒にいたいの」
「なるほど、種井さんの言いたいことは分かったよ」
うん、と頷く陽大に紗羽は目を輝かせる。
だが陽大は申し訳なさそうな顔を紗羽に向ける。
「けどな、俺が好きな人に求めるのって、そういうのじゃないんだよ。一緒にいて何をしても、何もしていなくても落ち着ける、そんな関係がほしいんだよ」
「それじゃあ、何も得られないじゃない。特に中野くんと花棚さんはお互いの心まで分かるのだから、すべてを知っている間柄なんておもしろくないじゃないっ!」
声を荒げる紗羽と対照的に陽大は冷静に応える。
「実を言うと、種井さんの言うことも正しいと思ってた」
「そうでしょう?」
喜色をにじませる紗羽だが、陽大は「でも」と言葉を継ぐ。
「亜月の心が読めなくなってさ、それで考えたんだよ。これまで亜月のことは何でも分かるって思ってたけど、そうじゃなかったんだなって。ちょっとテレパシーが使えなくなるだけで、関係がぎくしゃくしちゃったりしてさ」
「……何が言いたいのかしら?」
「だから俺はちゃんと亜月に好きだって言いたいんだ。そして心が読めなくても、もし言葉が使えなくても、どんな状況でも、信頼し合える関係をつくりたいって思ってるんだ」
「だから」と陽大は一歩後ろに下がって、丁寧に腰を折り曲げて頭を下げる。
「ごめん、種井さんの気持ちには応えられない」
「そう……」
「ほんとにごめん」
「もうやめてちょうだい。そんなに謝られると惨めな気分になってしまうから」
「それは、ごめん」
「だから謝らないでと言ったでしょう?」
フフフという笑い声が聞こえて、陽大は頭を上げる。
「っ……!」
笑みを浮かべる紗羽の頬に一筋の涙が流れているのに気付き、言葉を失う。
「その……」
「もう本当に謝らないで。むしろ謝らないといけないのは私の方なのだから」
「……どういうことだ?」
「中野くんと花棚さんとの間のテレパシーを邪魔してしまったことよ。意味が分からずしていた時もあるけれど、意味が分かってからもしていたわ。意地悪ね、私は」
「そんなことはないよ」
「そうね、中野くんならそう言ってくれると思っていたわ」
スンと鼻をすすって、人差し指で涙を拭って寂しく笑う紗羽。陽大は何も言えない。
「それじゃあ、私は行くわね」
部室を出て行く紗羽を無言で見送ると、陽大は手近にあった椅子を引き寄せて腰を下ろした。
亜月に告白するつもりだったのに、逆に紗羽に告白されてしまった。
紗羽に諦めてもらうために仕方がなかったとはいえ、思い返してみると、ずいぶん恥ずかしいことを口にしてしまった気がして、両手で顔を覆う。
だから気付かなかった。
紗羽が出て行って開いたままの扉。
その隙間から亜月が顔を覆う陽大に視線を送っていたことを。
そして亜月が何も言わないまま、駆け出していったことを。
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