第81話 木の魔物と焼きおにぎり
「えっ? 木ってあの自然の木ですか?」
料理の合間にヒナノは城に巣くう魔物がどういったものかセレスから説明を受けた。
「そうです。この木ですわ」
セレスは美しい指先を、地面から生えている木に向ける。
「はあ。何だかイメージしにくいですね」
魔物といえば動物を凶暴にしたような印象を持っていたヒナノであるが、植物のような魔物もいるようである。
「まさか歩いたりするのですか?」
「ええ。根が人間で言う足のような役割をしていて、枝を手のように使って鞭のように攻撃をしてくるようです」
手と足があるなら頭は葉の部分だろうか、異世界の魔物とは不思議である。
「それが城を占拠しているということですか?」
「はい。部下の調べによりますとそのようです」
「変な魔物がいるのですね」
それで城のあちこちから木の枝や葉が出ているのだろう。
しかしヒナノには疑問がある。
「ここはエステラータ王国領ということですが、なぜ城が魔物の巣のような状態になってしまったのに、今まで放置されていたのですか?」
「そうおっしゃるのも当然ですわ。正直に言えば何故かそのままにしておりました、いえ気づけなかったといった方が正しいかもしれません」
セレスが言うにはこの城は地理的に重要拠点であり、エステラータ王国だけでなく他国にとっても喉から手が出るほど欲しい土地である。
にもかかわらず誰も、どこの国も関与しようとはしなかったようであった。
「わたくしはヒナノ様が城に来ると信託を受けた際に、この城の重要性に気がつきました」
「えっと、どういうことでしょうか?」
「はい。それまでは、この土地に廃れた城があり魔物が住み着いたぐらいの認識しかなく、皆がそれを有効利用する考えに至りませんでした」
セレスの言い方に違和感を覚えたヒナノはいう。
「自分たちの領の城なのにですか?」
「はい。わたくしたちだけでなく他国も同様だったと考えられます。でなければエステラータ王国を狙おうとする近隣諸国が、守りもいないこの城をそのままにしておくはずがありません」
エステラータ王国の王都から近い距離であるこの城を拠点にすれば、戦略上有利になるのは間違いなく、放置しておくなどありえないとのこと。
「では、何もしないように誰かに操作されていたということでしょうか?」
「おそらくそう考えるのが妥当かと思われますわ」
一人ならまだしも世界の人間をだますなど、そんな超常的なことができるのは人間では不可能ではないだろうか。
「まさか私に城を攻略させる為? ……そんなこと、ありますかね?」
「想像でしかありませんが、多分それが一番しっくりくる考えであります」
何年も前に使われなくなった城、そこからずっとヒナノ達が来るまで放置されていて、誰のものにもならないようにしていたということなのだろうか。
まあ、魔物には占拠されてしまったようであるが。
ありがたいと思う反面、なかなか変なことをする神様だなとヒナノは思う。
何か理由があるのかもしれないが、ヒナノには分からない。
「ヒナノ様が住まわれないというのであれば、エステラータ王国としては全力で奪取する計画でございました」
この城の重要さが分かるセレスの表明であった。
とりあえず住めたらいいな、ぐらいの気持ちでいたヒナノとしては何だか申し訳ない気持ちである。
朝到着したのにもう昼になってしまった。
城の話を聞いていたこともあるが、精米機を作るのに時間をかけ過ぎたようである。
姫様を待たせるなんてどうかと思ったのだが、周りの護衛も文句を言わなかったのでいいのだろう。
どうやらヒナノは特別待遇らしい。
通常であれば姫様を待たせるなんてあり得ないはず。
でもその分満足いく物が出来たのではないだろうか。
飯盒の上下を元に戻して蓋を開ける、もわっと湯気があがり透き通った艶のある米が現れる。
表面が焦げていないので成功だろう。
ヒナノはしゃもじで白米をすくい茶碗に盛る、両方とも木製である。
箸の文化は無さそうなので、木のスプーンを用意した。
「はい、どうぞ!」
セレスとリリアにそれぞれ渡す。
「まあ! 綺麗ですわね。いただきます!」
「いただきます、美味しそう!」
二人は口に含むと言う。
「お、美味しいですわ! 噛むほどにほのかな甘みと上品な香りが口の中に広がりますわ!」
「はい。これだけでも素晴らしいけれど、色々な食材と合わせられそうね。これは売れるわヒナノ!!」
味わうセレスと商売で物事を考えるリリア、立場の違いなのだろう。
でも二人に好評なようで良かったとヒナノは思う。
「この少し茶色に焦げている部分も美味しいですわ!」
「ええ、香ばしくて違った食感と風味がいいですね!」
好評価に気を良くしたヒナノはスライム魔石から新たな石の手を出す。
これはヒナノの手の大きさと同じで右手と左手を作った。
綺麗に洗浄してあり表面にはエンボスの加工、突起が付いている。
さらに魔力でコーティングしているので、石の手でご飯を持っても付きにくい。
衛生面もしっかりと考慮してある。
ヒナノは石の手で米をおにぎりの形に握る、不思議な光景であった。
そんな光景にセレスとリリアも釘付け。
「さっきも思ったけど便利な手ね。ヒナノの能力は不思議な物が多いわね」
リリアは感心したように言う。
飯盒の蓋を押さえるときにも別の石の手を使った。
別に材質は石でなくてもいいのだが、鉱物であればヒナノは能力で変形させることが可能。
やろうと思えばダイヤモンドの手も作れるだろう、でもリリアが欲しがりそうだから止めておく。
ヒナノは網を用意して魔導コンロに置いてその上に今作ったおにぎりを乗せる。
リリアから譲って貰った醤油を自作したガラスの瓶に入れ直して空気に触れないように封入。
輸送の際に多少劣化しているはずであるが、鮮度を保ちたいのでヒナノはそうした。
取り出す際には小さな穴をあけて必要な分だけ出し、また閉じればいい。
今回は小さな穴を複数あけて上に空気穴をあける、ぽたぽたとおにぎりの上に垂らす。
醤油の焦げた香ばしい匂いが辺りに広がる。
「まあ! いい匂いですわ!」
「そうですね。食欲をそそります!」
焦げ目が付いたら反対側にしてまた醤油を垂らす。
ごくっと彼女達は唾を飲み込む、周りにいる護衛達も興味津々であった。
「はい、どうぞ。熱いので気を付けてくださいね」
ヒナノは木の皿に乗せて二人に手渡す。
受け取ったセレスとリリアはスプーンを使って焼いたおにぎりを切る。
「あー、それもありね」とヒナノは思う。
おにぎりは手で持って食べるイメージが強いが食べ方は自由だ。
先入観のない二人だからこそなのだろう。
「美味しいです! 周りが、かりっとしていて香ばしく塩気が素晴らしいですね。何個でも食べられそうですわ!!」
「うんうん、醤油はこういう風に使うのね。ヒナノが欲しがったのも頷けるわ!」
「ふふ、美味しいですよね。焼おにぎり」
焼きおにぎりは米と醤油があれば一度はやってみたいメニューの一つだろう。
それが達成できたヒナノは満足であり、食べた二人も満足したようであった。
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