第76話 待っていた人達と神託

 岸には数十の兵士達と乗っていただろう馬達、そして豪華そうな馬車。

 湖の方に向かって整列しており、どうやらヒナノ達の方を見ているのは間違いない。

 馬車を守るように周りを囲んだ彼等の表情には緊張感が見てとれる。

 まだ、距離があるのに分かるのは身体能力の向上で目も良くなっているということだろうか。

 勿論、ヒナノには兵士に知り合いなどいないのであるが、彼等は何かしらの意思を持ってこちらを見つめているのだろう。


 彼らと関わるのが嫌ならば無視して、方向を変えるとか頭の上を飛び越えることもできなくはない。

 でも城は目の前であり目的地なので素通りするのも違うだろう。


「レオ君とココの知り合いってことはないよね?」

『うーん、知らないね』

「わ、私も知らない人達ですぅ」


 やはりと言うべきかレオとココは知らないようであった。

 もしかしたらこちらを見ているだけでヒナノ達とは関係ないかもしれない。


『数日前から、やつらを見かけるようになったのであるな』


 ゆっくりと岸に近づきながらヤナギが念話で伝えてくる。


「ヤナギはそんなことも分かるのね」

『湖の主であるからな。周辺の情報は大体把握しているのである』

「へえ~、魔魚って凄いのね」


 どうやら普通の魚と思ってはいけないようであった。

 ヤナギは知能のある魔物であり、能力も色々と持っているようである。


『なんか邪魔だから、なぎ払う?』

「や、やっちゃいますぅ?」

『溶かすことは可能である!』


 などと冗談ぽく? レオ達は言うが、実際に魔法を使って言葉通りのことが出来てしまうので、彼らに対してヒナノはしっかりと言葉を選ばないといけないことを知っている。

 どうにも好戦的な性格なのは、野生で生きてきたからなのか仕方がないのであろう。

 たくさんの人間と共存する世界では生きづらいかもしれない。

 これから人間と関わることが増えてきそうなのでヒナノは言う。


「絶対にダメよ!」


 まあ、レオ達もヒナノに構って欲しいということだけで、本当にそんなことを思っている訳ではないかもしれない、多分。

 根は優しい子達なのである、ヒナノはそう信じている。

 あれこれ悩んでいても仕方がないので、ヒナノは覚悟を決めて待っているであろう兵士達に話しかける提案をした。


『うん、いいんじゃないの。もし面倒なことを言ってくるようなら懲らしめるけれど』

「は、はい。わからずやは殴るのですぅ!」

『援護は任せるのである』

「そ、そうね。そうならないことを祈っているわ」


 最後は力業なのは決まっているようであったが、方針は決まった。

 

「じゃあヤナギ、岸の近くまで行って止まってくれる?」

『承知したのである』


 巨大な魚の上に乗った怪しい集団、兵士達から見たらそう見えるはずであり、近づくにつれ緊張感からか彼等の表情が引き締まるのが分かった。

 岸から数メートルのところで止まるとヒナノは言う。


「じゃあ、ヤナギ行ってくるね」

『了解である。いつでも援護できるようにしているのである』


 忠義ある武士のような物言いと印象のヤナギにヒナノは微笑む。

 ヤナギの背中からヒナノは岸に向かって空中へ飛び出す。

 遅れてレオとココもジャンプ。

 ヒナノは身長の5倍ほどはあろうかという高さまで到達すると、くるくると回転して岸に向かい落下。

 レオとココもヒナノと同じように回転すると同時に着地する。


(後から飛んだのに私に合わせられるなんて流石ね!)


 ヒナノは変なところで感動してしまう。


「「「なっ!」」」


 兵士達は凄まじい跳躍力と突然目の前まで飛んできた三人に驚いており、ゴクッっと唾を飲み込む者もいた。

 やっぱりここは挨拶からだろうかとヒナノが考えていると。


「は、はじめまして、神の御使い様。お待ちしておりました」


 兵士達の方から話しかけてきた。


「はじめまして。皆さん」


 元販売営業員として微笑みをもってヒナノは答えた、営業スマイルである。

 ただ、言い方が気になったのでヒナノは聞き返す。


「待っていたということですが、どういうことなのでしょう?」


 彼等にアポを取った覚えもないし手段もない、そして知り合いでもない。

 そんな人物達が自分達を待っていたということに、ヒナノは違和感を感じたようである。


「そのままの意味でございますが、少々お待ちいただけますか」


 そういうと兵士達は馬車の方を向く。

 豪華な馬車の扉が開いて一人の少女が兵士の手を取り降りてきた。

 どうやら彼女がこの集団の主であり、高貴そうな容姿と服装、所作は洗練されている。

 貴族とか王族とかの令嬢であろうことは想像に難くない。

 ゆっくりとヒナノ達の前に来ると口を開く。


「はじめましてヒナノ様、お待ち申しておりました」


 恭しく頭を下げる女性、幼さの残る少女といった方がいいだろうか、ヒナノの名前を口にした。

  

「待っていたということは、事前に私達が来ることを知っていたということしょうか?」

「もちろんでございます。この日この場所でヒナノ様がいらっしゃるのは確定しておりましたので」

「えっ! どういうことですか?」


 そんなことが可能であるのだろうか。

 例え事前にヒナノ達が城に向かっていることを知っていたとしても、今日到着することが分かるのは難しいはず。

 ヒナノ達がここに来るまでには、その時の思い付きで色々な場所に寄り道してきた。

 予想しようにもできないはずである。

 しかし待っていたということは彼女は正確に来る時間と場所が分かっていたということ。

 更には、名前まで知っているとなると不思議なものである。


「事前に知っていたということです。ヒナノ様がここにいらっしゃることは神託により存じ上げておりました」

「神託ですか……」


 どうやら彼女は神の声が聞こえるようであった。

 続けて形のいい唇が言葉を紡ぐ。


「申し遅れましたわたくし……」


 彼女はヒナノに名前を告げるのであった。

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