第72話 魔魚、ヤナギ

 魚の魔物は水面から飛び出すと凄い勢いで上空へと向かう。

 しかし今度の狙いはヒナノが作った空中の床ではないようである。


 距離を取りヒナノ達の頭上を越え、斜め前方に位置取りすると口を開く。


――ガアアアッ!!


 魚の魔物は口から紫色の塊を吐き出した。

 大きめの丸い物体は液体だろうか、明らかに綺麗な物ではなさそうであり、もしかしたら毒のようなものかもしれない。

 まともに当たってはいけない、そんなものだろう。


 向かってくるスピードはそれほど早くはないが大きい、ヒナノ達がいるスペースを覆う程であり、石などで壁を作って弾いても辺りに飛沫がばらまかれそうである。

 ヒナノはそんなことを考えるが時間にして一瞬のこと、随分と落ち着いているのもレオがいるということが大きいだろう。

 レオが張る結界が、あの液体を通すとは思えない。


 ヒナノが釣りにこだわっていたからか、レオはレオで攻撃魔法を使おうか迷っていたが背に腹は変えられない、ということで選択する。


『ほいっ!』


 レオが選んだのは火魔法ではなく雷魔法、可愛らしい声とは違い放たれた魔法は強烈だった。

 閃光と轟音が辺りに響き渡る、それは魚の魔物が放出した紫色の液体を一瞬で蒸発させ魔物まで届く。


『ブバババアアアバババッ!?』


 奇声を発した魚の魔物はプスプスと黒い煙を上げながら落下していった。


「ええっと、あ、ありがとうレオ君」


 ヒナノはレオにお礼を言う。

 言葉に詰まったのは純粋な釣りをするのに攻撃魔法を使ってしまったことに引っ掛かったからなのであるが、先に攻撃してきたのは魚の魔物であり仕方がない、苦しいがそれがヒナノの主張であった。

 

「ほら、マグロを釣るときにも最後に電流ながして気絶させるみたいなことやるわよね!?」

『えっ? ヒナノ、何言ってるのか分からないんだけど』

「う、うんいいの、いいの。こっちの話よ!」


 ヒナノはまだ魔物との釣り対決であると思い込みたいようであった。


「少し引きが弱くなったみたいですぅ!」


 ココはそういうが、あれだけの雷魔法が直撃して生きているのも、まだ動けるのも凄いことである、魔法への耐性もあるということなのだろうか。


「もう少しね!」


 ヒナノは最後のダメ押しと言わんばかりに次の手を打つ。

 【アラクネの魔石】を丸く千切ったものを並列に10個、空中に並べる。

 更に、エレノアのダンジョンで見つけた【轟石】なるものをスライム魔石から取り出す。


【轟石】:魔力を流すと任意のタイミングで音が鳴らせる。音程、音質、音量はイメージしだい。

 

 ヒナノは【轟石】を握りしめ魔力を込めて、どんな音にするかをイメージする。

 それを湖へと投げ込む。

 そんな石をレオはガン見で、釣竿を握っているココはチラッと、食べたそうに見ていた。

 水面に到達した【轟石】は水中に沈んだあと発動する。


――ピキイイイイイインッ!!


 甲高い音が波となり湖内に広がった。

 それは魚達を驚かせ水面から飛び出すもの、気絶したのかひっくり返り浮かぶもの、影響が大きかったようであり他の生物は大迷惑である。

 ココと格闘中の魔物も驚いたようであり、水面から飛び出す。


 ヒナノは用意してあった【アラクネの魔石】に魔力を込めて糸を放出、今回の糸は粘着性があるもの、魚の魔物に向かう。

 巻き付いた糸は魚の魔物の動きを阻害してもつれながら湖へと落下。


「い、今ですぅ!!」


 抵抗の弱まった釣竿にココは力を込め引っ張り、同時にヒナノも魔石に魔力を流して糸を回収して引き寄せる。

 水中より引きずりだされた魚の魔物は、白い糸によりぐるぐる巻きになっておりヒレや尾を動かすのも難しい様子。

 止めとばかりにココは氷魔法を放つ、体があちこち凍って完全に動きを封じたようであった。

 勿論、氷魔法は攻撃魔法である。


「あっ、うん。釣ったあとは冷凍するわよね。冷凍マグロだよね!」


 ヒナノは自分に言い聞かせる。


『えっ? ヒナノ、さっきから何言ってるの?』

「いいの、いいのよ。こっちの話なの!」


 色々と問題行動はあったが、純粋な釣りでありヒナノ達の勝利であった、ヒナノはそう思っている、いや思おうとしていると言った方が正しいだろうか。


 

『くっ、この戦い我の完敗である』


 低いダンディーな念話がヒナノ達の頭の中に響く。

 どうやらヒナノ達の勝利ということでいいようである。


「あなた話すことが出来るのね」

『ああ、問題ない。しかしこの湖の主であり魔魚である我を捕まえる者が現れるとは……。完全なる敗北、さあ煮るなり焼くなり好きにするがいい』


 魔魚は潔く敗けを認め自分の身をを差し出す。

 糸にぐるぐる巻きにされて、更に氷漬けにされている魔魚は目だけを動かしそんなこと言った。

 

『絶対この魚、美味しいよね!』

「は、はいです。脂が乗っているはずですぅ!」


 レオとココの野生児二人は食べる気満々である。


「いやあ、さすがに意思疏通できる存在を食べるなんて出来ないわよ」


 牛や豚が話せたら美味しいと分かっていても食べ辛い。

 極度の食料危機になれば分からないが、知性ある者を食することに抵抗があるのが人間なのかもしれないと、ヒナノは思う。

 この世界の冒険者達はどうしているのだろうか、そもそもそんな魔物は倒したら肉が残らないとか。

 レオとココが獲ってきてくれている魔物の肉はヒナノは食べられた。

 その中には意思疏通ができる存在がいた可能性もある。

 今回は食料にも余裕があるので、無理して魔魚を食べる必要はない。


『そっか。ヒナノが言うなら仕方がないね。諦めるよ』

「わ、分かりましたですぅ」


 どうやらレオもココもヒナノの意思を尊重してくれたようである。


『ほう。勝者であるそなた達が我を食さないと申すか。中々の器量であるな』


 おかしな話し方なので、言語翻訳は上手く言っているのだろうかとヒナノは思った。

 神様から貰ったスキルなのでヒナノが分かる言葉にするとこんな感じなのだろう。

 魔魚は敗北すれば食料とされても厭わない覚悟を持っているようである。

 

 魔魚を食べないと方針が決まったところで、例のごとく契約することになる。

 タフな魔物なのでヒナノ達の足しにはなるということで決定した。

 

『では、ヒナノの姉さん、我に名前をつけてくれ』

「あ、あねさん!?』


 聞きなれない呼び方にヒナノは困惑する。

 そんな和風な魔物には日本名がいいのだろうか。


「じゃあ、ヤナギでどうかな?」

『承知した姉さん。これからはヤナギと名乗ろう』


 ヒナノの契約者が、また増えたのであった。

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