第70話 空中で釣り

『その棒で魚を獲るんだね。人間がやっているのを前に見たことあるよ』

「そうそう。この世界にも釣りってあるのね」


 どうやらレオは人間が魚を釣っていたのを見たことがあったようだ。

 魚がいれば獲りたくなるのは人間のサガなのだろう、道具を作って獲ろうとすると糸を垂らして針に引っ掛けるスタイルに行き着くようである。


「ココはどうやって魚を獲っていたの?」


 獣人であるココも食生活は今までヒナノが見ている限り、石を食べる以外は人間とそれほど変わらない、魚も食べ物として食していただろう。


「お、同じ感じです。針に引っ掛けたり、あとは網も使ってましたですぅ」

「あー、網ね。大量に獲るならいいかもしれないわね」


 【アラクネの魔石】の糸で網を作ることはできる。

 魚を売る訳でもないので、大量に獲る必要はないのだが網があれば何かと便利かもしれない。

 

 ヒナノが作った魔導ロッド(釣竿)のお披露目である。

 岸から普通に投げて釣りをするのも楽しそうではあるが、異世界ということで少し工夫したいとヒナノは思う。

 魔力や能力がある異世界ならではの、釣り方があるはずである。


 以前にエレノアのダンジョン内が暗かったので辺りを照らす為に、光石を空中に設置したことをヒナノは思いだし応用するようであった。

 長方形の石の板を作り空中に固定、ヒナノの膝の位置ぐらいに周りに何も支えがない状態で浮いている。

 魔力と能力を使って作ってはいるが、位置を維持するのに常にヒナノの魔力が吸収されている訳ではない。

 つまり一度設置されれば重力に逆らって、その場に石は留まり続けている不思議な状態。


「まあ、異世界だからね」


 本来であればあり得ないことであるが、ヒナノはこの不思議な現象を一言で片付ける。

 しかもヒナノ達が上に乗っても変わらず固定されたまま、落ちることはない。

 ヒナノは更に自分の目の前に石の板を設置、徐々に高さを上げて上に登っていく。

 低い部分の石は回収して次の段に使う。

 それを繰り返して空中を階段状に上って行き湖の中心部まで到達、下を見れば足がすくむ高さである。


 そこに厚めのガラスを使って床を作る、大きさは10メートル四方であろうか、三人がいてもゆったりなスペース。

 周りには落下防止に柵を付けるのだが、それもガラスで作れば透明な箱のような物が空中に完成した。

 これも空中に固定されて浮いている。


 落下防止の柵を付けたのであるが、自分の意思で落ちない限りヒナノが下に落ちることはない。

 【鉱物使いSS】の能力で鉱物を移動や変形できたりできるヒナノは、その場に吸い付くように留まることができる。


 つまり歩いて柵を越えて逆さになっても重力で下に落ちないでガラスに足がくっ付いている状態。

 本来であれば髪や洋服が下に引っ張られるだろうが、魔力により体に固定されているので天地が逆になっただけで普通に地面を歩いているのと変わらない。


 更に異世界に来てからヒナノは身体能力が向上しているからなのか、魔力のせいなのか、体幹が強くなっているので直立をキープできている。

 異世界とは不思議であった。


『へえ~、おもしろいね』

「ふぇ、す、凄い。ヒナノさん反対で歩いているですぅ」


 レオとココも魔力は持っているので、逆さになっても髪や毛はそのままの状態をキープできるだろう。

 でも、ヒナノと同じように重力に逆らって、ガラスにくっ付いていることはできないはず。

 これはヒナノの能力が成せる技なのだろう。


『爪を食い込ませれば、僕にも出来るし!』

「わ、私も足の指で掴むことが出来ますですぅ!」

「そ、そうなんだろうけど、ガラスが割れるから二人ともやらないでね」


 レオとココは負けず嫌いなようであった。

 二人の力であればガラスなんて爪や足で粉々にできそうである。

 せっかく作ったのだから壊さないで貰いたいとヒナノは思う。

 釣りをする為のフィールドとして作ったので、本来の使い方をしようとヒナノは釣りの準備に入る。


「じゃあ、私が魚を釣ってみるね」

『はーい!』

「はいですぅ!」

 

 レオとココもヒナノがどうやって魚を釣るのか興味があるようで、素直に返事をする。

 ヒナノは柵の前に立ち、竿を振って下に向けてルアーを放つ。

 三人は放たれたルアーを目で追う。

 キラキラと光る魚の形をしたルアーが湖面に沈み波紋が広がる。

 ルアーと竿はアラクネの糸で繋がっている状態。


 ガラスの床から湖面までは高さがあるので、湖に入ったルアーは肉眼では良く見えない。

 でも、ルアーが鉱物なのでヒナノには動かせるし周りの状況を感じ取れる、便利である。

 ルアーは弱っている魚に見せるとか聞いたことがあるが、ターゲットである魚に餌として認識させる魚の動きがどういったものかヒナノは正確には分からない。

 

 ヒナノは適当にルアーを動かしてみると、ルアーが影に覆われた感覚があった。


「あっ!」


 どうやらルアーが魚に丸のみされたようであり、食べられたということだろう。

 タイミングを合わせてヒナノは竿を引く、魚の口内に針が食い込むのが感じ取れた。

 能力で分かってしまうのが、少し生々しい。

 【アラクネの魔石】に糸を回収していくと湖面から浮き上がった魚はヒナノの元までたどり着く。


 頑丈な糸なので多少強引に引いても切れることはないようで、無事に釣ることができた。

 小振りではあるが、ヒナノの異世界で初めての釣果である。


 少し大物で暴れる魚には糸を操作してぐるぐる巻きにして動きを封じて引き上げる。

 普通の釣り方とは違うが、まあいいだろうとヒナノは思う。


 ただ、上空からの釣りには弱点があった。

 魚の体重がもろに糸と竿に掛かるので重く、一般人が同じことをやるには腕力が必要になってくる。


 だが、これもヒナノは能力で補っていた。

 持ち手の部分を空中に固定しているので、重くても竿が壊れない限り持っていかれることはない。

 更に糸を回収しているのは魔石なのでヒナノは魔力を込めればいいだけである。

 ロッドや糸はかなりの荷重に耐えられるので一般の魚なら問題ない。


『おお~』

「お、おもしろいです! やってみたいですぅ!!」


 次々と釣り上げるヒナノに感嘆の声を挙げるレオとココ。


「じゃあ、ココにはこれね」


 ヒナノ使っている竿はココには使えないので、違う竿を渡す。

 魔石で糸を巻き取るタイプではなく、ロッドに湖面まで届く糸を付けた物。

 重りと針を付けて浮きの上下で魚の反応を見る。

 針の先端には餌を付ける、今回はブレードフロストの肉にした。

 ほぼ蟹の肉なのでヒナノは魚が釣れるのではないかと考えたようである。


 ココの身体能力であれば、浮きも見えるだろうし垂直に魚を釣り上げるのも問題ないはず。

 今度はココが釣りをすることとなった。

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