第69話 石の手と釣り竿

『もう大丈夫そうだね』

「うん、そうみたいね」


 レオはスピードを緩める。

 ヒナノを乗せたままレオはダンジョンから、あっという間に距離を稼いだようであり、もはや入口も追いかけて来る者達も見えない。

 体が大きくなったレオは健脚であった。

 二足歩行にもかかわらずココもレオについて来れたのだから、相当な身体能力なのだろう。


 ここまでくれば捕まる心配はないのであるが、ヒナノとしては触り心地の良いレオの背中は名残惜しい。

 頬を埋め、もふもふを堪能してからヒナノはようやく降りた。


『そ、そんなに気に入ったのなら、また乗せてあげるよ』

「本当に! ぜひぜひ!」


 レオとしてはまあいっかぐらいな感じではあるが、ヒナノとしては毎日でも乗りたいぐらいであった。

 むしろレオに包まれて眠りたいぐらいである。


「でも私を乗せて、こんなに早く走れるなら直ぐにでも城に着くことができたんじゃないの?」


 ヒナノはそんなことに気付いた。


『ん? そうだね。出会ったその日に到着することもできたね』

「えっ、じゃあ何でそうしなかったの?」


 城が目的地だとレオも分かっていた、だからこそのヒナノの問いである。


『うーん、それはヒナノとの旅を楽しみたかったからかな。実際凄く楽しめたし、良かったと思うよ』


 あえてレオは徒歩でのゆっくりとした旅を選択したということである。


「そ、そうなんだね」


 まさかの何とも素敵な回答であった。

 こんなことを言われてしまったら文句も言えない。

 ヒナノとしてもレオとココとの旅は楽しかったので良かったと思っている。

 

「わ、私もとっても楽しかったですぅ!!」

「そうね。楽しかったわ」


 ココもレオの考えに同意する。

 勿論、ヒナノもであった。


 

「ここで少し休憩しましょうか」


 正面には大きな湖があり湖面がキラキラと輝いていて、ときおり魚の影も見える。

 結構な距離をレオとココは走って来たので、休憩するには良い場所だろう。

 光の届かないダンジョンに潜っていたのは数日間であったのだが、外で浴びる日の光は温かく有り難さを感じる。

 人間には日光が必要ということなのだろう、異世界でも太陽があって良かった、ヒナノはそう思う。


「そういえば、レオ君は魚って大好物なのよね?」


 特にレオからそんな話は聞いていなかったが、猫と言えば魚好きなイメージがある。

 レオもそうなのだろうとヒナノは質問する。


『まあ、食べるけれど特に好きってことはないかな。嫌いじゃないけど』

「えっ、そうなの?」


 猫イコール魚好きと思っていたが、どうやらそうではないみたいである。

 レオは色々と特殊な猫なので、前世の世界の猫とは違うのかもしれない。

 実際のところヒナノがいた日本の猫も魚が好物と言われているが、本当のところは微妙であるらしい。

 日本は漁港が多く人間がよく魚を食べていて、そのおこぼれを猫が貰っていたので、そんなイメージになったとか。


 何故、ヒナノがそんな質問をしたかというと、肉を結構な頻度で食べていたが魚は少なかった、ヒナノは魚を食べたかったのである。

 ということで獲ることにしたようだ、釣りである。

 城に行くという目的があるのに、つい寄り道してしまうのはヒナノのいけないところなのかもしれない。

 

 釣りをする前に高い木に果実がなっていたので、手の形に作った石【石の手】を使い採ることにする。


「レオ君、あれって食べられる物なの?」

 

 ヒナノは枝になった果実を指差してレオに確認する。


『ああ、大丈夫だよ』

「そっか、ありがとう」


 レオはヒナノが食べても大丈夫な物が何故か分かるらしい、不思議な猫なのである。

 この能力でヒナノは食料に困らず、腹を壊すこともなく野生の物でも口にすることができた。

 今回、高い木に付いている果実は赤い表面に艶と斑点があり、下側にくぼみが見られる長円形。

 見た目はリンゴに見えるが、あれ程高い場所に果実が付いているところを見るとリンゴとは違って異世界特有の果樹なのかもしれない。


 ヒナノは【石の手】を動かし空中を移動して、果実を掴む。

 下方向に力を加えて枝から捻るようにして採る。

 【石の手】は自分の手を動かしているかのように操作できるので、便利であった。

 採った果実の匂い、味ともほぼリンゴであり美味しい。

 レオとココもシャリシャリとした食感と甘酸っぱい感じが気に入ったようであった。

 ヒナノは気に入ったので数個、木から採ってスライム魔石(金)に保管、食料のストックとしたようである。


 さて、魚を獲る訳であるが、こちらの世界でヒナノは今まで釣りをしたことがないので釣り竿などの道具はない。

 ということで竿を作製しなければならない。


 広い湖なので遠くまで餌を飛ばして釣ることができる、ルアータイプの竿がいいのだろうか。

 ロッド部分は炭素系の鉱物を繊維状にして、タングステンを織り交ぜて棒状に伸ばす。

 どちらも拾った鉱物であるが、しなりがあって頑丈そうなのでヒナノは使用したようだ。

 ルアーの部分は小魚の姿に見せたいので、キラキラと色々な色に輝くオパールをベースに魚の形に成形、尻尾と腹の部分に返しの付いた針を取り付ける。

 どれもヒナノの能力なら簡単に出来てしまうので、購入しなくても自作できてしまう。


「後は、糸ね」


 釣り糸は【アラクネの魔石】をロッドの先端に取り付けそこから糸を垂らす。

 強度も粘りもあるので釣り糸として代用可能だろう。

 使い方は竿を振りかぶって、しならせた反動と手首のスナップでルアーを飛ばすのであるが、その時に【アラクネの魔石】に魔力を通して糸を伸ばすことでポイントを狙う。

 

 リールがないので糸を伸ばすことも戻すことも一般人にはできない、【鉱物使いSS】の能力を持っているヒナノにしか使えない釣り竿になってしまった。

 全てを鉱物と魔石で作ったので利点が多数あり、普通ではない釣り方ができるはず。


 ヒナノの異世界での初めての釣りが始まったのであった。

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