第45話 塩茹でと魔力伝導率

 これだけの鍋の大きさと深さであると、水を満タンにする作業は結構大変であった。

 【クトゥルーの魔石(特異種)】に魔力を込めると水として変換される訳だが量が量であり、それだけ魔力が必要になってくる。

 【ヘルハウンドの魔石(特異種)】で火を点けた時に5分ぐらいは魔力を切っても灯っていた、つまり魔力と等価交換ではなく、どこからか燃料が供給されているようだった。

 それが大地からなのか空気中からなのか分からないが、そういうものらしい。


 今回も魔石に魔力を込めれば供給を切っても少しの間は水が出続ける。

 でも、必要量が多いので当然、魔力は減ってくる、するとどうなるか。

 魔力欠乏の症状はダルさ、吐き気、眩暈、頭痛、発熱等。

 深刻な状態になると死につながることも、魔力の枯渇は危険なのである。


 水の変換作業でヒナノも倦怠感は感じてはいるが、それ以外の症状はない。

 もし他の人間が同じやり方で同じ作業をやれば、数分も持たず倒れてしまうだろう。

 鍋を水で満タンにすることなど到底できない。


 実は一般の人間は違う方法で魔法を使って、水を生み出すのであるがヒナノは方法を知らないので、このやり方でやっている。

 魔力と事象の直接変換は魔力の負荷筋トレのようなものであった。

 偶然ではあるが、これによりヒナノの魔力は鍛えられることとなり、質が良くなり量も増加している。

 ヒナノは常人では考えられない程の成長速度と魔力量を持つこととなった。

 人間との係わりが今後多くなってくれば、人との違いにヒナノも気付くことになるかもしれない。


 そうこうしているうちに鍋に水が入ったようである。

 そこへ岩塩を削って入れていく訳だが、どれぐらい入れていいのか量が分からない。

 ヒナノは適当な量を削って水の上に振りかけた、巨大蟹の塩茹である。


「うん、これぐらいかな」


 ヒナノはアルミで作った脚立から降りて、鍋の底に近づき【ヘルハウンドの魔石(特異種)】に魔力を流す。

 水中にある三か所の魔石が熱を帯びて水温を上げていく。

 鍋が大きいので鍋の下に火をくべるのは難しいので、魔石で直接水を温める方法をとった。 

 これで問題なく巨大蟹の魔物を茹でることができるはず。

 チタンの熱伝導率の悪さによる、水温が上がるまでの時間が掛かる弱点も克服できる。


 魔石の効果が切れる頃合いで、ヒナノは魔力を追加する。

 こうすることで一定の水温を保つ。

 上に登ってみると体全体が青い色をしていた魔物は赤く変化していく、どうやら火が通ってくると変わるようである。


(赤くなると途端に美味しそうに見えるわね!)


 蓋をしておけばもっと早くできたかもしれない。

 更に、甲羅を下にしておけば蟹味噌が流れないとか聞いたことがあるような、もう遅いのだが。

 お湯がそれほど汚れていないので、味噌が流れ出してはいないと思う。

 

 茹ですぎると身がパサパサしそうなので、甲羅が赤くなり少ししてから湯から取り出すことにした。

 どうやって上げるか、網に付けていた鉄の足を使う。

 丸くなっていた鉄の塊を伸ばすことにより、網の部分が上に移動する。

 お湯の中をエレベーターで上がるように、巨大蟹を乗せた網は鍋を登り、上面を超えて鍋内に湯を落とす。


 能力で鉱物から作った網を持ち上げることで、重たい巨大蟹も持ち上げることができた、ヒナノの予想した通りであった。

 これは使えるとヒナノは思う。

 巨大茹で蟹は完成したのであった。


 ココが作った氷山の方向をヒナノが見ると、先程とは違い随分と小さな山になっていた、ほとんどなくなっている。

 あの高さの山を剣で削るなんて、どんな腕力と体力なのか、ココなら可能なのだろう。


(ご飯できたよ~)

『はーい。今から帰りま~す』

(気を付けてね)


 そんな念話をヒナノはレオとした後、この巨大蟹をどうやって食べようか考える。

 流石にこの大きさだと三人では一度に食べきれない。

 だったら切ってから食べられる分だけ茹でればいいと思うが、そこはこだわりがあるようだ。

 丸々一匹を茹でることに意味があったのだろう、ヒナノはやり切った感で一杯だった。


 しばらくしてからレオとココは戻ってきた。


『ただいま。体が赤くなったんだね!』

「赤いです。ただいまですぅ!」

「お帰り。そうなのよ、茹でたらこんな色になったの」


 やっぱり色の変化は気になるようであった。

 後は食べやすい大きさにカットしなければならない。


「そういえば、氷山の方はどうだったの? 剣で斬ったんでしょ?」


 信じられない作業をココが剣でやってしまったのだろうか。

 レオの爪も強力なので手伝ったのかもしれない。


『うん。あれだけ小さくなったから後はそのままでいいと思うよ』

「そうね」

『氷もたくさん取って保管しておいたから』

「うん、ありがとう」


 あれぐらいならしばらくすれば溶けてしまうだろう。

 このままほっといてもいいのかもしれない。

 取ってきてくれた氷は色々と使えるだろう。


『でも、剣の魔力伝導率が悪かったみたい。もう少し良かったら早く終わったと思うよ』

「えっ? 魔力伝導率?」


 ヒナノの知らない単語が出てきたのであった。

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