第5話 レオとの出会い

 子猫が陽菜乃の目線と同じぐらいの高さの岩の上で寝そべっていた。

 くりっとした大きな瞳で陽菜乃の方を見ている。

 

(か、可愛い! 猫? 綺麗な毛並みね!)


 実は陽菜乃は可愛いものが好きである。

 前世でもペットを飼いたいと思っていたのだが、仕事が忙しかった。

 帰宅時間は遅いし帰っても、ご飯を食べて寝るだけの生活だったので、世話をする時間が取れないと思い断念した。

 出来ることなら可愛いペットと一緒に部屋でゴロゴロするのが夢だった。


 仕事に縛られないこの世界なら飼えるかもしれない。

 いや、絶対に飼いたいと陽菜乃は心に誓う。

 そんな時、目の前にちょうどそれは現れてくれた。

 こんなチャンスは逃せない、逃したくない。


 子猫の愛らしい姿は陽菜乃の琴線に触る。


(触りたいなあ~。うちの子になってくれないかな)


 まだこの世界の事もよく分からない状態であり、住む場所も決まっていない陽菜乃だが、そんなことを思ってしまう。

 ゆっくりと近づくが猫は動かない、人慣れしているのだろうか?


「触ってもいいのかな?」


 驚かせないように陽菜乃は小声で喋る。


『人間がここにいるなんて珍しいね』

「しゃ、喋ったあああああ!?」


 陽菜乃はあまりの事に後ずさる。

 しゃべったというより厳密に言うと言葉を発した訳ではなかったが、陽菜乃には内容が理解できた。

 どうやら頭の中に直接語り掛けてくるようである。

 念話とか言われるものだろうか?

 さすがは異世界である。


 見たところここは普通の森であり、以前の世界と変わらないなと感じていたが、こんな事があるとやはり異世界に来たのだなあと、陽菜乃は実感する。

 話ができる子猫がいるのだから信じるしかない。


「ええっと、始めまして。貴方は私の言葉が理解できるのね」

『ん? 人間の言葉ぐらいなら理解できるよ』


 あっさりと子猫は認めた。

 にゃあにゃあと音を発しているけれど、頭の中ではしっかりと会話できている、そんな感じである。

 

「あなたはここに住んでいるの?」

『そうだよ。今はここら辺をねぐらにしているからね。君は不思議だね。突然現れたように見えたし姿が変わったりしたね』


 どうやら子猫は陽菜乃がこの世界に来てからの一部始終を見ていたようである。

 陽菜乃は全然気が付かなかった。


「き、君に触ってもいいかな?」


 陽菜乃は我慢ができずに言ってしまう。

(あの毛並み絶対に触り心地いいはず!!)

 

『うーん、君なんかいい匂いがするから、触ってもいいよ』

「本当に!? ありがとう!!」

『と、特別だよ』

「うんうん!?」


 陽菜乃の剣幕に引き気味の子猫。

 まあ仕方がないかと触らせてくれるようである。


 陽菜乃はそっと手を伸ばし子猫の背に触れた。

 ああ、柔らかい毛並みがふわっとした感触であり、温かいぬくもり、これが私が求めていたもの、癒し!

 なでなでしながら陽菜乃は感触を堪能する。

 段々とエスカレートしていき、初めは片手だったが両手でなでるようになり、ついには持ち上げ抱き締める。

 そして撫でる、撫でる、抱き締める。


(くぅううう!? モフモフ最高!! 最高よ!!)

『ちょっ、ちょっとおおお!! つ、強いよ!」


 陽菜乃が際限なく、モフモフを繰り返すので子猫は嫌悪を示す。

 

「はっ! ご、ごめんなさい!」


 全力で愛でてしまったことを陽菜乃は反省した。

 前世でできなかったモフモフ愛が爆発してしまったのである。


『い、いいよ許してあげる』


 なんと心の広い子猫。

 さすがはうちの子ねと、まだなってもいないのに陽菜乃は思う。


『君やっぱりいい匂いがするね』

「えっ、そうなの?」

 

 美少女に変身したので匂いまで良くなったのだろうか?

 くんくんと自分を嗅いでみるが、陽菜乃には分からない。

 まあ、いい匂いだとしたら体を作った神様のおかげよね。

 そこで陽菜乃は気がつく。


「もしかしてアイテムボックスの中身かな?」


 いい匂いと言えばパンだろう、陽菜乃はアイテムボックスからパンを取り出す。

 猫がパンを食べるイメージは陽菜乃の中にはなかったが食べ物はこれしかない。

 パンを一つ取出し渡す。


「はい、どうぞ」


 クンクンとパンの匂いを嗅いで子猫は言う。


『これも美味しそうだけど、この匂いじゃないよ。他のは無いの?」

「えっ、他にはないけれど……」


 あとは水とナイフとダイヤだけで食べ物はない、匂いもしない物ばかりである。


「じゃあ、このダイヤかな?」


 陽菜乃は冗談でアイテムボックスからダイヤを出して子猫に見せる。


『そうそう、これの匂いだよ!』

「ええっ!? これなの?」


パクッ!?


「あっ!?」


 子猫は陽菜乃が持っていたダイヤを素早い動きで口の中に入れてしまう。


「待って吐き出して!? そんな物を食べたらダメ! お腹壊すよ!!」


 両手で子猫の顔を挟んだけれど、子猫はボリボリとダイヤを噛み砕き美味しそうに味わっているようである。


「ええ~!?」


 唖然とする陽菜乃。ダイヤを噛み砕くってどんな歯をしているのよ。

 子猫は煎餅でも食べるかのように音を立ててダイヤを堪能している。

 ごくんと飲み込んで子猫は言う。


『勝手に食べてごねんね。我慢できずに食べちゃった。凄く美味しかったよ!』

「そ、そう。体調が大丈夫なら全然いいのだけれど……」


 10日間は取り出してもダイヤは減らないので食べること自体は問題ない。

 でもそんな物を食べて平気なのだろうかと陽菜乃は心配になるのであった。

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