第3話 変身です

 神様からの説明を受け終わったあと陽菜乃は異世界へと転送された。

 特に衝撃もなく、気が付いたら景色が変わっていたぐらいの感覚であり、少し物足りない。

 どうせなら光に包まれ、けたたましい音と共に送り込まれる演出を期待していたが、現実はそうではなかった。


 転送された場所は高い木々に囲まれた人気のない場所であり、手入れもされていない森。

 自然に溢れたこの場所は何十年、何百年と人が入っていないのかもしれない。


 ごつごつとした大きな岩の塊があり、ザーと水の流れる音が聞こえるので近くに川があると思われる。

 現代社会に慣れた人間がこんな所に放り出されて生きていけるのだろうか、陽菜乃には自信がない。


 ただ前世の自分は死んでしまったので、戻ることは出来ないしここで生活していくしかないので、もう一度やりなおせるチャンスを貰ったのだから、有り難いと思うべきだろうと陽菜乃は気持ちを切り替える。


「何あれ!?」


 自然が広がるこの場所に似つかわしくない物体がゆらっと現れた。


(光を反射している? 板? か、鏡かな?)


 恐る恐る近づくと自分の姿が映ったので、やはり鏡のようである。

 全身を映す姿見であり地面から浮いていてキラッと光を反射している、縁は意匠が施されていて重厚な印象。

 反対側に回ってみると地面からの支えはなく浮いているので人間が作った物ではないのかもしれない。厚みは薄い。

 

(あの神様が用意したのかな?)


 鏡に映った自分の姿を陽菜乃は確認する。


 ストレスによる暴飲暴食と運動不足でふっくらとした体型、寝不足による疲れた顔色であり、目に力がない。

 こうやってしっかりと自分を見ると随分と追い込まれていたんだなと陽菜乃は思う。


「って、前の姿のままじゃない!?」


 以前と変わらない自分の姿に陽菜乃は声をあげる。

 たしかこちらの世界に来る際には若返らせると神様は言っていた。

 自分の聞き間違いだったのだろうかと思うが、はっきりと言っていたしそれはないと思う。

 洋服まで以前着ていた物と一緒なので、前世の姿のままこちらに転送されたようである。


(うーん、どういうことなんだろう。間違えたのかな? 神様と連絡を取る方法は聞いていなかったしなぁ)


 悩んでいたその時、陽菜乃の体から湯気が立ち上がった。


「えっえっ!?」


 ゆらゆらとした蒸気が段々と早くなりシュウシュウとした音と共に両手から抜けていく。


「えっ、なに、なに!? これ大丈夫なの?」


 手から始まったそれは、全身に広がりどんどんと増えていく。

 体の中から大事なものが抜けていくのではと不安になる陽菜乃。

 それはしばらく続くと止まった。


「す、凄い!?」


 鏡を見ると映し出されている自分の姿が変わっている事に気がつく。

 くりっとした印象的な目に艶々の黒髪、幼さと大人っぽさが同居している少女が映っている。

 痩せて背も小さくなり、疲れた顔の大人だった容姿から健康的な美少女に変身した。

 自分が動けば鏡の中の人物も動くので、これは自分なのだと言うことが分かる。


「か、可愛い!」


 陽菜乃はこれだけで異世界に来て良かったなあ、と思ってしまう。

 洋服も動きやすい物に変わっており、靴も皮のショートブーツになり歩きやすい。

 神様のサービスの一つなのだろう、感謝感謝。

 

(ありがとうございます神様!)


 しばらく陽菜乃が変身した姿を堪能していると鏡がゆっくりと点滅し始める、それが段々と早くなり……消えた。


「おお~!」


 こんな超常的な事ができるのだから、やはり鏡は神様が用意した物だったのだろう。


「不思議ね」


 どうやら神は容姿を若返らせるという陽菜乃との約束を守ったようである。

 

 そしてアイテムボックスなる物も用意したと言っていたので、陽菜乃は確認する事にした。

 どうやって確認するのかと思っていたら、頭の中にアイテムボックスに入っている物が勝手に浮かぶ親切な設計、そのまま内容を確認する。


 【水10個、パン10個、ナイフ10本、サンプル用のダイヤ10個】

 【アイテムボックスは10日後に使用不可能となり他の物は入れられません】


「ええっと、気になるところが色々あるわね」


 水とパンは補給の為に必要になるだろう。

 ナイフも食べ物を切ったりとか、獣と戦ったり? これから必要である。

 でも、サンプル用ダイヤってなに? 場違いな品物に陽菜乃は困惑してしまう。


「まあ、前世ではダイヤも扱っていたけれど……」


 陽菜乃は神が調整していた記憶が少しずつ思い出せるようになっていた。

 これも神による配慮なのだろう。前世の記憶があるというのは生きていく上でプラスになる事もあるはずだから。


 それによると陽菜乃は宝石の販売営業をする会社に務めていたようであり、販促資料としてサンプル用の小さなダイヤは持ち歩いていた、しかしまさかそれがこの世界に持ち込まれるとは思ってもいなかった。

 もう少し役立ちそうな物にしてくれても良かったのではないかとは思ってしまう。

 換金してお金に変えろってことなのだろうか?

 でも森の中では使い道が無さそうである。


(あと気になるのはこれよね)


【アイテムボックスは10日後に使用不可能となり他の物は入れられません】


 つまり10日間は使用できるが、その後は自力で生活出来るようにしろっていうことだろう。

 廃城を目指せと言っていたから到着すれば何とかなるのかもしれない。

 でもここからでは城は見えないので近くにはないと思われる。

 10日以内に着かなければアイテムボックスは消えてしまう。

 そうなれば生きていくのに厳しくなる、陽菜乃はどうしたものかと悩む。


 更に他の物は入れられないとなると、鞄とか代用できる物を考えなければならない。

 陽菜乃としてはアドバンテージがあるうちに生活基盤を確立しなければという気持ちになるのは当然のことであろう。


 とりあえず水を取り出し喉を潤すため、陽菜乃はアイテムボックスから水を選択してみた。


「ぺ、ペットボトル!?」


 目の前に現れたのはペットボトルに入った水。

 量は500ミリリットルぐらいであり、陽菜乃にとっても馴染み深い形状の入れ物だ。

 キャップを回し蓋を開けると、口に含む。


「うん、美味しい!」


 カルキの臭いはなく、湧き水のような新鮮な水で滑らか、水温も程よく冷えており飲みやすい。

 さすがは神様が用意した水と言うことかな、美味しい。

 10日間限定ではあるが、新鮮な水が飲めるのはありがたいしサバイバルのような生活では心強い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る