自己紹介


 入学式から明くる日、朝登校する際、昨日言われた事を思い出していた。


「確か、男子は専用の通用口から入るんだっけ?」


 校門には北門、南門の他に一番昇降口に近い東門がある、そこは男子専用になっているらしいのだが。


「男子専用って、なんでだろうか?」


 疑問は着いて直ぐ解決した。


『おはようございます!優様!』


「…………」


 驚きに声が出ない、言われた通り東門から入ると、十数人の女子生徒が待っており、一斉に挨拶をされた。


「優様!」


「ひゃ、ひゃい!」


「教室までお荷物御持ちします」


「へぅ?は、はい……」


 持って貰うほどの荷物じゃありません!一体どうしてこんな事!?


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

結局名前も知らない女の子に鞄を持ってもらい教室へ。


「おはよう優くん!」


「つ、翼くん!」


 教室に入ると翼くんが女の子に囲まれつつ挨拶をしてくれる、その姿に安堵さえ覚える。


「ん?どうかしたかい?」


「じ、実は……」


 先程の校門での出来事をありのまま伝える。


「ああ、それは仕方ないよ」


「えぇ……」


 翼くんがあっけらかんと告げる。


「ここは男子は特別、そういう学園だからね、まぁ、少しずつ馴れていこう」


「翼くんは馴れてるね?」


 女の子に囲まれても動じず、笑顔を振り撒く翼くん。


「うん、僕は中学からエスカレーター式に上がって来たからね、もう馴れっこさ」


「へー、僕にはとても……」


 真似できそうにないと思っていると。


「失礼します、優様」


「ひゃ、ひゃい!」


 突然声を掛けられ変な声が出る、振り向くと凛とした佇まいの女子が立っていた。彼女はその場に膝間付くと。


「本日より優様の親衛隊を任されました、武田たけだ 彩夏さやかです、よろしくお願いいたします」


「し、親衛隊?」


 突然膝間付かれた事にも驚きだが、それ以上に親衛隊という聞きなれない言葉の方が気になってしまう。


「あぁ、そう言えばまだ優くんに話して無かったね、一定ランク以上の男子には親衛隊が付けられるんだよ、主な役割は男子の護衛、女子との接触管理、あとは小遣いだね」


「そ、そうなんだ……」


 何それ!?落ち着かないよ!


「選出は風紀委員が管理、生徒会が承認しているから信頼していいよ?」


「う、うん、分かったよ、えっと、武田さんよろしくお願いします」


「は、はい、こちらこそ、優様にお仕えできて光栄です!」


 うぅ、やっぱりちょっと苦手。


「あ、ちなみに、親衛隊は最低五人から最高百人で構成されるよ!」


 えぇ!?ひゃ、百人!?そんなに!?


「ぼ、僕は?」


「はっ、現状わたしを含めて二十人で構成しています!」


「に、二十人……」


 良かった、百人よりはましだ。


「おや?少ないね?何かトラブルかい?」


 二十人で少ないって言う翼くんもどうかと。


「はい、思いの外応募者が殺到し、選出に時間を取られてしまい、急ぎ最低限必要な人数のみ確保しました、他は追々増やす事になります」


 応募者が殺到って、何かすごいことになってる。


「まぁ仕方ないよ、親衛隊に入れば他より覚えて貰うチャンスが増えるからね」


「そ、そうなの?」


「うん、特に側近になると常に近くに居るから自然とね」


「あ、そう言えば昨日翼くんと一緒に居た人達も?」


「うん、彼女達も側近だよ、えっと、ほら、あそこに!」


 翼くんの指差す方には昨日見た二人が立って居た、どうやら話の邪魔にならないように少し離れているらしい。


「まぁ、早めに側近は決めた方が良いよ、そうすればある程度応募も落ち着くと思うし」


「う、うん、分かったよ」


「では、今のところ決まっている側近候補のリストをお渡しします」


「あ、ありがとうございます」


 受け取ったファイルには、十名ほどの女子生徒に関する事が書いてあった。


「………あの、これ本当に見て大丈夫ですか?色々プライベートな事も書いてありますけど?」


「大丈夫です、全員了承済みです」


「そ、そうですか……」


 ファイルにはかなり際どい個人情報が書かれていた、名前、年齢、身長体重、スリーサイズ、果ては男性経験まで、ほ、本当に大丈夫なの?


「う、うーん、でもこれだけじゃ判断できないよ」


「そうだね、直接会って見た方がいいと思うよ、今日は午前中のオリエンテーションだけだから、放課後に面接してみたら?」


「め、面接……」


「不安だったら僕も手伝うよ?」


「お願い翼くん!手伝って!」


「任せて!じゃあ武田さんそう言うことでよろしく」


「畏まりました」


 武田さんは一礼すると教室を出ていく。


「はふぅ、何か疲れたよ」


「ははは、まだ、始まってもないよ?大丈夫かい?」


「が、頑張る……」


 朝から馴れないこと尽くしで疲れたが、今日はまだ始まったばかり。………今日一日長くなりそうな予感がする。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 キーン、コーン、カーン、コーン。


 始まりのチャイムが鳴り席につくと、直ぐに先生が入ってくる。


「よーし席につけ、オリエンテーションを始めるぞ!」


 入って来たのはスーツをピシッと着た髪をアップにまとめた女性、どうやらこの学園は教師もほとんど女性らしい。


「今日からこのクラスの担任になる河原かわはら 環奈かんなだ、宜しく!」


 河原先生は一度ぐるっと教室を見渡す。


「えー、このクラスには男子が三人居るが、女子は間違っても変な気は起こさないように、節度を持って生活をするように!」


 何だろう?こういう注意は男子の多い学校だけの物かと思ったけど、そうでもないのかな?いや、この学園が特異なのか?そしてその対象になるのは結構恥ずかしい。女子がざわざわしだす。


「特に外部から来た男子は、この学園特有の事をあまり知らないので、みんな教えてあげるようにな!」


『はーい!』


 若干黄色い浮き足だった返事を聞きながら、周りの視線にそわそわする。


「よし、じゃあまずは出席番号順に自己紹介だ、一番前と後ろでジャンケンしろー」


 ジャンケンの結果出席番号の後ろから自己紹介していく事に、因みに席順はバラバラ、男子が片寄らないようにシャッフルされているらしい、なので翼くんとも荒谷とも席は離れ、周りは女子ばかり………うん、よし、まずは周りの人から覚えていこう。


「じゃあ出席番号三十番和田から前に出て自己紹介を!」


 前に出て!?うぅ、急にハードルが上がった。


「はい!和田わだ 早苗さなえです、中学からバレーボールやってます、高校では全国に行きたいと思ってます、良かったら応援に来てください!」


パチパチパチ。


 うん、何か僕の方見て応援に来てくださいって言ってた気がするのは気のせいかな?


「よーし、次!」


 その後順調に進む、が、僕は自分の番が来る緊張であまり聞いている余裕はなく、結局左右前後に座る人しか覚えていない。


 前に座るのは元気がとりえと言っていた、藤沢ふじさわ ゆいさん、八重歯が笑うと可愛く見える、元気系アイドルっぽい女子。


 左隣に座るのは、平岡ひらおか 梨沙子りさこさん、文学が好きな落ち着いたメガネの美少女、でもメガネが無い方が可愛く思う。


 後ろに座るのは、瀬川せがわ 舞子まいこさん、おっとりしたゆるふわ?ほわほわ?系美少女、席に戻るときに軽く手を振られドキッとした。


 右隣の人はまだ自己紹介して無いので、分からないが、ちょっと冷たい感じのクールビューティー、でもたまにこちらをチラッと見てくるので興味が無いわけではなさそう……。


 と、僕が必死に周りを覚えている最中でも翼くんは。


「星川 翼です、中学からこの学園に通っています、この学園生活で良い出会いを見つけたいと思っています、よろしくお願いします!」


 最後にパチンっとウインクを一つ、それだけで女子が色めき立ち、先生に静かにするよう怒られる。すごいよ翼くん、短い挨拶で女子の心を掴んでるよ、とても僕には真似できない。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「よし、次」


 とうとう順番が僕に回って来た、みんなの視線が集まる。


「どうした?次、えっと、小守!」


 中々席を立てない僕に河原先生が促す、覚悟を決めて、席を立ち前に出る。


「こ、小守 優です、が、外部から入学しました、分からない事が多いので、教えて頂けると嬉しいでしゅ!」


 さ、最後噛んだ!しかも終始声が震えて、変な奴になってた!


パチパチパチパチ!


 うわぁー、何も言われず拍手されるのはそれはそれで辛い!


「ゴホンっ、つ、次!」


 河原先生!?何ですかその咳払い!何かあるんですか!?


 僕が俯きながら席に戻ろうとすると、逆から右隣の子が向かって来ていた、俯いていた僕はそれに気づかずぶつかってしまう。


「あ、ごめんなさい!」


「ううん大丈夫、でも下を見てたら危ないよ、前を見て?」


「は、はい……」


 お説教、というよりは注意?を受けてお互い交差する。あれ?でも、前にも同じような事を言われた気がする、気のせいかな?


小南こみなみ 早姫さき、剣道をやっています、大切なものを護りたいそう思って剣道を始めました、よろしくお願いします」


 大切なもの……。すごく真っ直ぐした人、それが僕の彼女に対する印象だった。


 その後も自己紹介が進む、自分の番が過ぎたからか、聞く余裕ができ聞いていると。


「テニスやってます、見に来てください!」


「ラクロスの応援お願いします!」


「ピアノ良かったら聞いてください!」


 何か、やたらと要求が多い、しかも大抵は僕か翼くんを見て言っている。なるほどここもアピールポイントなんだな、それを考えると僕より前の人のをあまり聞いていなかったのが申し訳なく思う。


「よし、次!」


 次に前に出たのは荒谷だった。


「荒谷 毅、外部からの入学……」


 荒谷にしてはまともな挨拶を始めた事に驚く。感心したのもつかの間、ニヤリと不気味に笑った荒谷が口走る。


「小守くんとは、中学から仲良しでーす!小守くんと仲良くしたい人は僕を頼って下さーい!」


 僕を出しに使おうと荒谷は事実とは真逆の事を言う。それに反論しようと荒谷を見るが。


「そうだよねー?小守くん?」


 瞬間甦るのは中学のいじめの日々、とたんに僕は何も言えなくなり、俯いてしまう。


「………」


 教室が静かになる、まるで実際に気温が下がったとさえ錯覚する。


「な、なんだよ……」


「っ!」


 右隣を見ると冷たく鋭い視線を小南さんがしていた、実際は小南さんだけではなく、全員が荒谷に冷たい視線を送っているのだろう。


「荒谷、もういい、下がれ」


「は?ぐっ……」


 クラスメートだけでなく、河原先生すら圧力のある冷たい視線を送っていた事に荒谷は気付き、席に戻る。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

荒谷の一件はあったが、無事に自己紹介は終わる。


「よーし、全員自己紹介したな、この後は校内見学に行く、廊下に並べー」


 廊下に並ぼうとして翼くんに声を掛けられる。


「優くーん、男子は別ルートだよ」


「え?そうなの?」


「うん、男子と女子じゃあ使う場所が所々違うからね、トイレとか」


 なるほどだから別々か。


「よし、そっちは任せたぞ星川」


「はーい!」


 男子の引率は翼くんが行うようだ、荒谷もしぶしぶ着いてくる。


「へぇーじゃあ優くんは一度案内されてるんだね?」


「う、うん、きれいな金色髪の人、有栖川さんに」


「あぁ生徒会長だね、なるほどじゃあこの先に有るのはわかるかな?」


「えっと、格技場だよね?」


「うん正解」


 翼くんと楽しくおしゃべりしながら校内を回る、懸念が有るとすれば荒谷がいかにも機嫌悪そうに着いてくることだ。


「………おい小守、このあと抜けようぜ?」


「え?いや、あの……」


 突然荒谷が言って来たので、どもってしまう。


「そういうのは辞めた方がいいよ?今後のためにも」


「あぁ?」


「はぁ、まだ気づかないの?みんな知っているんだよ、君が今まで小守くんに何をしてきたか」


 え?知っている?みんな?突然の翼くんの言葉に頭がついていかない。


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