2021年2月中旬~3月上旬

 そしてバレンタイン明けと同週、本来ならば音楽祭が開催されたであろう頃である。


 数本の動画が学校の掲示用サーバーにあげられた。


 軽音楽部の非エレキ楽器アンプラグド演奏の動画である。

 例年であれば、音楽祭にはクラス発表、合唱部およびアンサンブル部による活動発表のほかに、有志出演というのがある。

 その有志出演の枠にて毎年、軽音楽部の何組かが出演していた。


 いうまでもなく、今年度は文化祭がなかった。小ホールをライブハウス感覚で上演する彼らのスタイルにおいて、他部と同様の動画配信型の公開は難しいとして参加しなかった。

 つまり、彼らの校内唯一の発表の機会がこのような形、となったのである。


 これをやるという報せを受けて、アンサンブル部も呼応するように中学棟の大音楽室で撮影した『紅蓮華』の演奏動画をアップロードした。

 アンサンブル部方面から伝え聞くには『はじめから音楽祭が開催された時に演奏予定で用意していた曲』だったそうである。


 それを受けて「じゃあ合唱部も有志で何か上げようか」という話になったが、こちらはすぐにとん挫した。

 そもそも2月の半ばの時点で、今年に入ってから部が全員揃って一緒に歌った日は1日としてない。何を歌って動画にするにしても、まず全体練習が先である。


 その上、例年通りであれば、音楽祭の翌週から学年末試験がある。

 そしてその日程は、今年もコロナ禍に圧迫されることもなく、例年通りだった。具体的には、天皇誕生日の翌日から即試験である。

 つまり、部活動はバレンタインが明けると同時に試験前の休止期間に入るのだ。


 オンラインでの有志音楽祭に参加しないかわりというわけではないが、こんな話が部内に上がった。――『今度の緊急事態宣言が明けたら、夏に出来なかった合宿をしよう』と。

 ようやく国内でも医療従事者向けのワクチン接種が始まった。

 順調にいけば可能だろう、という見立てからだった。

 幸いに、場所は早々に押さえることができた。

 1泊2日で、近隣の市が運営する宿泊可能な音楽練習施設である。

 ――だが、これはある事情から延期を余儀なくされる。


 合唱部内は和む一方、ぴりぴりもしていた。

 東京藝大の実技1次試験日程が10年11年生の学年末試験の日程と重なり、更に3月上旬にかけて2次試験3次試験と続くためである。


 そして期末試験の準備期間中もまた、明衣はりょうの家へと通った。

 りょうの体調は既に回復しており、休んでいる間の学習内容を明衣からりょうが習う形で日々は過ぎた。


 そうして週末と天皇誕生日の飛び石連休が明けて、学年末試験は行われた。

 試験期間中も、当然のように明衣はりょうの家に出入りした。

 日々、試験勉強漬けである。

 その試験勉強の最中、明衣がほんのひと時、勉強もコロナ禍ということも忘れる瞬間があった。彼女がファンだという鈴木杏が読売演劇大賞を受賞した、その授賞式である。

 そのネット中継を彼女はうっとりと見ていた。


 校内の試験が終わって、再び部活動が再開する。

 なお、未來をはじめとした一部の12年生は不在だった。

 受験期間中、12年生の通学は免除される。むろん彼らには学年末試験もない。


 そして3月1日の午後、突然に、ラインの合唱部グループ上に芸大の1次試験の合否状況がリアルタイムで流れてきた。

 「落ちた」と嘆く先輩が現れれば、すかさずねぎらいの言葉が殺到する。

 だが幸いにして、みな私立音大なり専門学校なりを別途受験しており、そちらへの入学は確定させている先輩ばかりだった。


 3月3日に二次試験。

 そしてその合否発表日の3月5日の夜、緊急事態宣言の再延長を告げる首相会見が行われた。

 ――これにより、予定していた合宿は日程の見直しとなった。


 そんな中、大坪未來は3次、つまり最終試験まで進出した。

 試験日は翌日の6日、そして発表日は、卒業式の前日の13日である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る