2021年3月13日(友引)(※約8000字)
そしてホワイトデー前日の土曜は土砂降りであった。
この日、明衣はりょうの家で昼食だけ食べて帰った。
夕方から地元の予備校のオンライン説明会の予約を入れており、自宅のPCからズームで参加するためだそうだ。
そして2時頃になると、東京でも頻繁に雷が轟くようになった。
そんな最中に、大坪未來は合唱部のライングループ上に現れた。
『落ちた』
『雷ねー』
『いま中央線止まってるらしいねー』
『そっちじゃなくて、私が』
――3月13日は東京芸大の最終合格者発表日である。
未來の不合格宣言は、本年度の現役芸大受験組全滅のお知らせとなった。
『……明日、学校来れる?』
誰からともなく聞いた。理由は一つだ。
翌日14日の日曜日が卒業式だからである。
『もちろん』
笑顔の絵文字を添えて、彼女はそう応えた。
――未來は、1月の頭の時点で既に隣県の私立音大の声楽コース入学は確定させている。それでも芸大という壁に挑んだのである。そして、儚くも散った。
雷が落ち着いた頃、りょうの携帯に未來から電話がかかってきた。
「今、大丈夫?」
時間は夜の5時前頃である。
「はい。大丈夫です」
「今から、会えないかな」
りょうは少し考えた。
いまは緊急事態宣言下ながら、りょうの家に実質的な門限はない。
明衣と初めて水族館でデートした日も、家についたのは9時を回った頃である。流石に心配されるので、8時半を回る前に親に連絡のひとつも入れておく必要はある。
駅から未來の家の最寄り駅までは電車で片道30分ほどである。だが、先方の地元にりょうは土地勘がない。そして、彼女の利用路線は京王線沿線である。それに、いまはJR中央線も信号に落雷があったとかで運転見合わせが続いている。
「新宿駅、いや初台でよければ」
未來はすこし照れたように笑って「うん」と返してきた。
――京王線初台駅、そこは夏にデートをしたアートギャラリーのある駅である。
りょうは私鉄を乗り継いで、地下鉄のような駅に降り立った。
道中の列車は、本当に緊急事態宣言は続いているのかと思うほど混雑していた。
駅のホームでは、さらりとした淡いピンクの春物のコートにビニール傘を携えた未來がベンチで待っていた。
その顔は疲れ切っているのか、照明と灰色のマスクのせいか青ざめてみえた。
彼女はりょうを見つけると、ゆらりと立ち上がり、互いに歩み寄った。
そして何も言わず、すっと手を差し出した。
りょうは、それが何を
その手は雨に濡れたのか、氷のように冷え切っていた。
りょうはこれをうけて、慌てて自分の上着の腰の後ろに手をいれた。
そこからバリっと貼るカイロをはぎ取る。
「とりあえず、駅出てどっかで温かいところに」
剥がしたカイロを未來と自分の手で挟むようにして手を繋ぎ直す。
「そこまでしてくれなくていいのに」
未來はそう笑んで繋いだ手をすべらせるように身を寄せて、腕を組んだ。
その拍子、りょうの顔に触れた未來の髪は冬霜のついた草のように冷たかった。
「何分ぐらい待ってたんですか……とりあえずビルに」
そう促して、前と同じ駅前の複合施設に向かった。
改札を出ると、夏とは違い、大粒の雨が風にあおられて矢のように痛い。
未來はいっそう身を寄せてきた。りょうも彼女の風除けになろうと半身をやや前傾させた。
新国立劇場のワーグナーのオペラのポスターが目を引く。
アートギャラリーは7時まで開館している。
いまは感染対策のために事前予約制となっており、今からでもネット予約でチケットを取れば入れるかもしれない。
だが、未來の様子をみる限り、彼女の今の状態はそういう雰囲気ではなかった。
ひとまず屋内広場といった趣のアトリウムのチェーン店のカフェに入った。
そこでそれぞれコーヒーと紅茶を注文する。
どちらも店先で持ち帰り用の紙コップで出された。二人はそれを手に、店先の開いた席に座る。
アトリウムは全館空調で、感染予防の換気のために風が抜けるとはいえ、雨の強い外よりは幾分居心地がよい。
「お腹空いてませんか?」
りょうはマスクをずらして一口すすり、そんなことを尋ねた。
「うん、大丈夫。柾目君は?」
「そろそろ何か食べたい感じですね」
「明衣ちゃんは?」
「今日は、早めに帰りました。予備校の説明会だとかで。電車が遅延する前には家についたみたいで、運のいいやつです」
「そう……」
会話はそれきり、しばらく間が生じた。
りょうはいきなり『試験残念でしたね』などと言ってしまう事に、気が引けたのだ。
それに、そんな分かり切っている言葉を聞くために呼び出したのではないはずだ。
りょうは携帯を取り出し、軽く操作した。
ほどなく、未來は上着のポケットに手をいれ、スマホを取り出した。その画面はラインの着信で光っている。
りょうが送信したものだ。
『先輩、ちゃんと食べれてます?』
それを読んで、未來は力なく笑って、首を横に振った。
『不思議。試験前はストレスで食べれなくて、今日も緊張でお昼ごはん食べれなくて、合格発表みてからは食欲自体がなくなって』
『最後に食べたのは? 朝ですか?』
未來はこたえたくない、とでもいうようにスマホをテーブルに置いた。これをみて、りょうはマスクをつけなおし、腰を浮かせた。
「やっぱり、なんか注文してきます」
そういって、席を離れようとする。その手をつかんで未來が止めた。
「ううん、居て」
「けど、何かお腹に入れといた方がいいです。手もこんなに冷たい……冷え性だなんて言わないでくださいね。この前はあたたかい手でした」
りょうにそう言われて、未來は手を離した。離した手で、テーブルの上のスマホを取る。
ほどなくりょうのスマホが光る。
『ここなら、チョコレートパイがいい』
これにりょうはにこりとして、うなずいた。
「……わかりました」
パイと自分の分のホットドッグの皿を手に戻ってくると、未來はマスクを外し、冷え切った手と頬を紅茶で温めていた。
今日は化粧をしていないようで、いつもより幼く見えた。
「はい、どうぞ」と差し出された皿を前に、未來は携帯をいじる。りょうは自分の画面を見る。ラインの文字列が画面をすべり、表示される。
『なんかごめんね。めんどくさいでしょ』
「はい?」
『なんか、そんな気がした。変な時間に急に呼び出す、めんどくさい女だなって』
りょうは少し考えて、向かいに座り、一口ホットドッグをかじった。もぐもぐとしながら、両手で手早く入力をする。
『最終試験まで粘って落とされたら、そういう気分にもなると思います』
『そういう気分って?』
りょうは返事に困って携帯をおき、口の際を拭う。
そして熱湯のようなコーヒーを一口すする。とたんに渋い顔になる。コーヒーが思いの外熱かったのだ。
軽く唇を抑えながら、考え込むように未來の手元を見た。
彼女はまだ、パイに手をつけていない。
その表情を見て、未來は何か別のことを感じたようで、息をついて視線を低く逸らした。
「そうね、そういう気分かもね」
彼女はマスクをずりさげた素顔のまま、ぽそりとつぶやくように言った。
未來はりょうの手を取り、手相でも見るように手のひらを指でなぞった。
彼女の爪は透明のマニキュアでつやつやとして、しかしその指先は水にでも浸していたように赤く冷たい。
「指長いよね」
りょうの手と比べて、未來の手はたしかに小さい。だが指そのものも細く、どちらかといえば繊細さを感じる手である。
「先輩にくらべたら、多少は」
「わたし、ピアノで1オクターブ届かせるのが大変で」
「そういう課題が出たんですか?」
「ううん、ピアノ課題はなかったよ。歌とリズム課題だけ。コールユーブンゲンって知ってる?」
りょうはうなずいた。
「はい、歌唱のレッスン通うようになって『半年でこれ全曲覚えるぞ』ってしごかれてます」
これにくすりと笑った。
「そうよね、私も丸暗記してる、つもりだった……、三次試験ね、コールユーブンゲンと初見の楽譜を見て唱う課題が出たの。コールユーブンゲンの方、緊張してて楽譜を見た瞬間頭の中真っ白になっちゃって、覚えてるはずの曲なのに、全然思い出せなくて、ほとんど初見状態だった……たぶんそれで落とされたんだと思う。リズム課題も少し、震えちゃったし」
りょうはしばらく未來の顔をみつめて、テーブルにおかれた携帯電話を撫でた。
『昭和音大受かってるだけいいんじゃないですか?』
これに未來は口をとがらせて、自分のスマホに手早く入力する。それを送信せず、画面を見せる。
『それでも悔しいの!』
そのまま電話をたん、と音が立ててテーブルに置き、フォークをつまんだ。クリームの多いパイを叩くように切り出して、一口ほおばる。
彼女が食べ始めたのをみて、りょうは目尻を下げ、自分も一口ほおばる。
それから携帯を操作し、土下座をしているクマのラインスタンプを送った。
未來はそれを見て口の際についたクリームを舌の先でとりながら、うなずく。
りょうは笑んだまま、コーヒーをすすった。
食べすすめながら、りょうはおもむろに
『俺なんかでよかったんですか?』
と送信した。
未來は上目づかいにみて、口元を軽く拭い、携帯に触れる。
『明衣ちゃんのこと?』
りょうは首を横にふった。
『普通、もっと本気で愚痴れそうな相手を選ぶかな、と。ほかの12年のソプラノの誰かとか』
そう言われて、未來は少し困ったような顔をした。
口元を拭って、マスクをあてる。
「やっぱり、めんどくさいと思ってない?」
彼女は口頭でそう言った。りょうも、口をふいてマスクをしながら、首を横にふる。
「なんでそうなるんですか。それは思ってません。なんというか、光栄というか、ありがたいというか」
「ありがたい?」
「ええ、頼ってくれたんだなって」
それをきいて、未來は少しはにかんで、マスクをずらし、再び食べ始めた。もぐもぐとしながら、携帯をいじる。
『ここから南に1時間くらい歩くと、何があるか知ってる?』
りょうはガラス扉の彼方の外を見た。まだ雨は降っている。
少し考えた。
『新宿の南ですよね。渋谷ですか』
『正確には、渋谷の少し西』
『世田谷?』
『そこまでいかない』
りょうは観念したように首を横に振った。
「わかりません」
未來は携帯を操作し、画面を見せた。グーグル・マップの航空写真モードである。
それを上下さかさまに、りょうの方に北が向くように向ける。
「いまがここでしょ。代々木公園が左にあって、もう少し行くと右に東大があって、もっと行くと井の頭線の神泉がある」
「ほんとだ」
りょうから見て右ななめ下に画面をすべらせる。
「で、このへんが、ホテル街」
「ホテル街……」
未來は、紅茶を一口飲んで、マスクを口元にあててこう言った。
「一緒に行ってみない? 今から行けば、まだ休憩で入れると思う。途中のドラッグストアで避妊具買ってさ。……この雨にコロナだから、週末だけど人も少ないだろうし」
これをきいて、りょうはぎょっとした。それからぎゅっと険しく眉間にしわを寄せて、遠くを見た。
「それは、いわゆるラブホテル、ですか」
未來はにこりとした。
「……うん」
「なんですかそれ」
「わからない?」
「なんとなくはわかります。けど、理解したくありません」
「なにがわかるの?」
「先輩は、
ずばり言われて、未來はふっと力なく笑んだ。それから、食べさしのパイを一口分フォークで切り出して、そっとりょうの顔にあーんと差し出した。
りょうは少しためらってから、勢いをつけるようにしてその一口をもらう。
「甘、っていうかクリーム濃っ」
口元をおさえてもぐもぐとしながら言った。未來は微笑んだ。
「でしょ。これもヤケのうちだもの」
りょうはため息を付いて、携帯電話を触った。
『八つ当たりならいくらでも受け止めます。けど、ぼくの童貞を芸大に落ちたヤケに使うのは勘弁してください』
未來もラインアプリ上で応じる。
『取っておきたいの? 男の子ってそういうの、さっさと捨てたいものだと思ってた』
りょうは携帯を下げて後ろ首のあたりを掻いた。
「この流れであなたと寝たら明衣に申し訳が立たないです。それに、なんていうか」
「行きずりっぽい?」
「それは言い過ぎです。もう少しマイルドな感じで……後悔しそうですから」
未來は携帯をさらさらと指先で撫でた。
『なぐさめてほしい、って言えば来てくれる?』
りょうは
『やっぱり無理です。気持ちができてません』
『じゃあ聞くけど、明衣ちゃんとはちゃんと進んでるの?』
これにはかっと目を見開いて、しかしなんともいえない顔で目を逸らす。
『それは、これまでが長いですから』
『そんなこと言ってると、どこかに行っちゃうよ?』
ぎょっとして顔をあげた。未來は平然とした顔をしている。ただ、りょうの反応だけを見て、スマホの画面をさらに触る。
『絶対に手を離さない。ずっとそばにいる、って思っていても、離れてしまって戻らないことはあるからね』
未來の表情には、やけに神妙な色があった。
――彼女には経験があるのだ。
2人目の恋人との遠距離恋愛である。
今はもう電話もメールもSNSのアカウントもわからない。気まぐれに手紙を書いてみたこともあったけれど、『あて所に尋ねあたりません』と判を押されて戻ってきてしまった。
その時は手紙にも着信拒否があるのだと思い込み、その衝撃でそれきりにしてしまった。
後に、転居して宛先が変わりその申請が遅れている場合などはそうした処置で返送されることもある、と知った。……その頃には既に畑中と交際を始めていた。
――りょうはぎくりとして、ため息を付いた。
『こわいです。やめてください』
未來はめずらしく眉間にしわを浮かべた。
その手元の入力欄には『ふたりのためだと思って』とある。未送信だ。
それを嫌気がしたというようにけして、携帯電話の画面を伏せた。
「……もう、なんでこんな話に。私はあなたとしたいの」
「そういわれても困ります。……だいたい、この雨の中1時間歩くのはしんどいです」
互いに、しばらく無言になった。
パイをあらかた食べ終えて、彼女は携帯電話をひざの上に両手で持った。
『……ごめん』
未來から詫びた。
『正直がっかりしてます』
りょうはホットドッグを食べ終えて、包み紙をくしゃくしゃっと丸めた。
『だよね。そんな女だと思わなかったよね』
『それはそういう人を好きになったんだと思って割り切ります』
『また、泣きながらいろいろ話すと思った?』
『その可能性もなくないとは思いました。けど、それこそそれなら、もっといろいろ話の通じる人のところに行くと思いました』
『そうかもね』
『けど、呼んでくれたのはホントに嬉しかったです。『落ちた』ってラインで見て、とにかく力になりたかったから』
未來は顔をあげて、りょうをまっすぐに見つめ、それから目を伏せた。
「やっぱり、ごめんね……」
「こちらこそ」
「なんで?」
「やっぱり俺、不純ですよ」
「どこが? 少なくとも今の私よりちゃんとしてると思うよ」
「いいえ。あなたの誘いをうけてこうやって来ながら、頭のどこかで明衣の心配をしてる」
そう言われて、未來は納得して少し頷いた。そうさせたのは自分である。それを踏まえたうえで、打ち消すように頭を横に振った。
「ううん、それは仕方ないと思う」
「そうですか?」
「前に話したでしょ?」
「どの話ですか」
「こーやくん、私が他の女から横取りしたって」
りょうはうなずいた。畑中広夜のことである。
「聞きました」
「その時は修羅場になると思った。けど、呆気なかった。ぜんぶこーやくんがまとめてくれて」
「同じことができる気がしません」
「わかってる。けど、私も馬鹿だった」
「え?」
「人の男を取って、結局、別の女にこーやくんを取られてる。半年も経ってみたらどうよ。まるで何事もないみたいに部に来て、新人の面倒見てくれてる」
……そう、畑中広夜はOBとしてしばしば部に顔を出している。
未來ともまるで他人同士というようなそぶりだ。
そうして10年生達の後ろに寄り添って、首の後ろに音を響かせるコツなどを指南などをしている。
りょうとしては気まずいながらも後輩の指導という点で助かっていた。
「私は、あの人にとってその程度の女だった。所詮見た目がいいだけ、わたし本人なんてどうでもいい」
その目は既にりょうなど見ていなかった。
どこかむなしい心に罵りの言葉でもぶつけているようだった。
それをきいて、りょうは傷ついた動物を見るような目で未來を見つめた。
元々彼女は傷ついていたのだ。――その傷を受験で塗りつぶして止血し続け、いまその止血が解けた。その傷口に詰まった膿と血が吹き出すように、自棄を起こしている。
りょうはくいっとコーヒーを飲み干し、携帯の時計表示を見た。まだ8時前である。
「わかりました。行きましょう」
「え?」
「渋谷のホテルには行きません。行くのは近くのカラオケです」
未來は目を丸くした。
「ほかにないじゃないですか! もう自棄を起こしてできることなんて。例えばお酒を飲むのもぼくらの身分じゃ無理でしょ」
そういわれて、未來はぼんやりと頷いた。
ふたりはその足で初台駅から近い順に数軒のカラオケボックスをめぐった。営業時間の短縮要請の影響で、どの店も営業は8時までだが、幸いにして、まだそれには時間があった。
『カラオケは三密になるから避けるように』と1年前は散々に言われていた。
だが店側も換気設備の増強やスタッフによる個室の消毒など、この1年で感染対策は十分に取るようになっている。生き残るために経営者も必死なのだ。
ふたりは時間いっぱいきっかり歌いとおした。
合唱部で鍛えられた喉は強く、やや物足りないながらもふたりは憑き物の落ちたような顔で午後8時に店を出た。
雨とビル風から互いを守り合うようにひしと寄り添いあって、初台駅へ戻る。
駅に入り、下り方面の電車に共に乗る。
中央線はいまだ落雷の影響を受けているようで、京王線は混雑していた。
りょうは明大前駅で乗り換えである。
未來はその別れ際、一緒に一度プラットホームに降りた。
混雑した駅の中、彼女はマスクをずらして顔を寄せた。
そのままそっとりょうの頬に口づけをし、バイバイと彼を乗り換え線へと送り出した。
そうして、それぞれに家路についた。
家に着き、それぞれの家族に迎えられる。
未來は悲しみを分かち合い、りょうは『大切な友達が傷ついていたから、慰めてきた』と説明した。
その夜、ふたりはそれぞれになかなかに寝付けなかった。
未來の不眠は、満たされない心の痛みからだった。
夜は遅く、睡眠導入剤も薬箱にはない。
明朝は、卒業式のために普段より少し早く家を出なければならない。
彼女は焦りから、父親の蓄えた酒瓶達から火のつくような強い酒を少々、睡眠導入剤の代わりに手をつけた。
その状態でベッドに入り、スマートフォンを掴んだ。それから、誰かに電話をかけた。
どれほど何を話したか、とにかく心を開ける相手だったのは間違いなかった。
そうして、濁るように力尽きて眠りに落ちることができた。
……一方りょうは酒や睡眠薬など思いつくこともなく、床の中で凍えるように、目を固く
彼の不眠は『明衣を失うかもしれない』という今まで感じたことのない不安からのものだ。
かつては『いつかそういう日も来る』と思い、少しの寂しさとして過ごしてきた。
だがこの数か月でその状況は大きく変わった。
外形的にはそれまで通りだった。
だが、先月の受験休みのような長く
また将来的には大学という、物理的に2人で過ごす時間を決定的に分かつものが来る。
互いの価値観は、これから更に変わり続けるだろう。
その中で、まるで隙間風が吹くように、まだ見ぬ誰かが彼女を
それが恐ろしくなったのだ。
そこに至ってりょうははじめて真に、10月のあの日『諦めきれない』と泣いた明衣の気持ちを痛感した。
――手放したくない。
心からそう思いながら、うつらうつらと朝を迎えた。
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