2020年8月17日(先負)
夏休み中も蝶々夫人の個別練習は行われた。
そして短い夏休みも残り1週間となった。まだ八月も半ばだ。
日中最高気温37度などという、学校よりも水場に行った方がよいような日である。
だがそれでも長い春休みの分の授業時間を埋めるために学校は始まるのだ。
不条理とも思え、誰もがその話題になると嘆きを口にしていた。
そんな日に、企画通称『オペラ部』の初めての全体合同練習が行われた。
振りと歌を合わせてのいわゆる立ち稽古である。噂を聞きつけた卒業生らも様子を見に来た。
そんな日に、大坪未來は部活をさぼった。
りょうが心配して連絡すると、返事はすぐに帰ってきた。
なお学校は夏休み中である。校内のスマホ使用は放課後と同じ状況である。
「今日はさぼります」
りょうもダイレクトメッセージを重ねる。
「わかりました。お大事に」
「なにがわかったの?」
「体調不良で休むって意味だと思いました。違いますか?」
「(×マークのスタンプ)」
「じゃあ練習に来てください。今日は大事な日です」
「行きたくない」
「なぜ」
「OBの畑中さん来てる?」
「来てます」
「やっぱりサボる」
「なんで」
「知らないの?」
「なにを?」
「彼と付き合ってた。最近まで」
りょうは少し考えた。それから返信した。
「わかりました、さぼってください」
「だから何がわかるっていうのよ」
「???」
「ごめん。イライラしてた」
「聞かない方がいい話なら無視してください。何かありましたか?」
「あなたには言えない」
「じゃあ言わなくていいです」
「知りたくならないの? そんな風に言われて」
「別に」
「嘘つき」
「ええ、嘘です。けど、未來さんが傷つくなら黙ってればいいと思います」
「ごめんね」
「イライラしてたら仕方ないです」
「そうじゃなくて、あなた私の事好きでしょ?」
りょうは既読だけつけて返信しなかった。未來のほうから追伸が来る。
「つつみんに聞いた」
11年の堤のことだ。りょうは少し遠い目になり、険しくため息をついた。
確かに、憶えがあった。
去年の夏合宿のバーベキューの場で、当時の10年生同士の輪の中で悪ノリに盛り上がってしまったことがあった。
その話題が『部内で誰が好きか』だった。
その時、調子にのって確かに『大坪先輩』とりょうは言った。
これをうけて、りょうは返事を打った。
「確かにあいつには言いました。去年の合宿の夜、勢いで。バレたら仕方ないです」
「あれから1年たつよね」
「たちますね」
「もうほかに好きな子できたかな」
「そんなこと知ってどうするんです?」
「いるなら、いた方がいいから」
「そうですか」
そう打って、すぐにりょうは続けて発信した。
「話して気が楽になるような話なら、聞きます」
やや間があって、返信が来る。
「浮気された」
「それで今日、未來さんを探しに学校まで来た、と」
「あなたとパート一緒だし、香盤表も知ってる。今後もあなたの居る日は彼が来るかもしれない」
「だから回避したくてサボるんですか」
「(イエスのスタンプ)(土下座のスタンプ)」
「わかりました。追っ払いましょうか?」
「どうやって?」
りょうは少し考えた。
「ぶん殴るとか?」
「やってくれるの?」
「怖いですけど、ワンパンまでなら」
「やっちゃって」
……さて、それからりょうがどのように振舞ったか。いずれわかることである。
少なくともりょうから未來へはその日はそれきり返信はなかった。
かわりに畑中から未來へ「しばらく合唱部には顔を出さない。悪かった」とメールが届いた。
未來は読んだが返信しなかった。
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