第6話 屋敷の主

 源蔵が目を覚ますと三十畳はあろうかと思うほどだだっ広い部屋にいた。たくさんの行燈あんどんが等間隔で置かれていて、源蔵は部屋の中をよく見通すことが出来た。


 布団は源蔵にとっては生まれて初めての肌触り、凝った刺繍が入ってふかふかで高価そうな代物は見たことがなかった。

 他には家具は何ひとつ無い。


「いったいここは? 京助はどこ行った」


 キョロキョロと部屋を見渡してから源蔵は立ち上がりふすまや柱をさする。

 これでも大工の端くれだ。やっぱり建物の具合いや構造や材木の種類が気になった。


「随分古い造りじゃねぇか。こりゃすげぇ……」


 源蔵は他の部屋も見てみたくて廊下に出ようと襖の引手ひきてに手を伸ばした。


「お加減はいかがですか? 我があるじがお待ちでございます」

「ヒイッ!!」


 いきなり背後から話しかけられ、源蔵はびっくりして飛び上がりそうだった。

 振り返るとお女中らしき若い女が三つ指をついてる。

 源蔵は肝っ玉が潰れそうだった。

 ツーッと冷や汗脂汗が滲み、こめかみから垂れ落ちてくる。


「おめぇさん、最初はなっからいたかい?」

「はい。わたくしはずっとここにりました」


 ――おっかしいねぇ。ずっと部屋にいたって?

 いやいやそんなはずはないと源蔵は小首をかしげた。俺は部屋を隅から隅まで見渡したんだ。

 さっきまで誰もいなかっただろう?

 源蔵はいぶかしんだが、女はすっと立ち上がり痩せこけた顔で薄く笑った。


「宴席を設けておりますから後ほど部屋へご案内いたします」

「それより俺と一緒に来た京助って奴を知らないかい?」

「お連れの方はもう先にお楽しみでございます」


 京助の野郎、俺を置いて一人でさっさと酒の席に行きやがったか。源蔵は毎度のことながら京助の自由奔放さに腹立たしい思いが湧き上がった。


あるじが参りました」


 お女中が部屋の襖を開けるとあでやかで立派な着物に身を包んだ若い女が部屋に入って来た。


 見目麗しいその女人にょにんが入ってきた途端、芳しい花の香りがして源蔵をくらりと酔わせた。

 女の後に数人の側仕えの者が控える。

 主の女は見た目にはとても若く見えた。まだ子供かと思えるぐらいに。

 上座に座り主の女が「下がりなさい」とひと声発すると、お女中たちは衣擦れの音を立てながら波の干きのようにいなくなった。


「源蔵と申したか?」


 声高ながら威圧ある響きで主の女は源蔵に口を開いた。

 源蔵は慌てて女の前に距離を開けて正座し緊張した面持ちで女をじっと注視した。


「へぇ、あっしは源蔵と申しやす。それで貴女さんは何者ですかい?」

「ふふっ。わらわか? わらわは京からある武家に嫁ぎに来たのじゃ。名は明かせぬ。だが源蔵、お前がわらわの屋敷の者になって働くなら明かしてやっても構わぬぞ」

あっしがここで?」

「ちょうど抱えの大工が欲しかったのじゃ」


 源蔵はゴクリと唾を呑み込んだ。

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