第7話 お誘い

 源蔵は女主おんなあるじの言葉に乗りかかりそうになっている。

 頭の中ではじっくり考えるべきだと思うのに、女の方から漂う香りがどうにも判断力を鈍らせてるような気がしてならない。


(たしかにいい話かもしれねぇな。こんな立派なお屋敷の直々の大工なら将来さきに困ることはねぇだろうし)


 女主おんなあるじは片手を口元に立て添えながら妖艶に笑った。


「うふふふふ」


 源蔵の傍に寄ると体をしなだれかけてくる。源蔵はびっくりして両手で女をはね退けようとしたが女の体はうんとも寸とも動かない。


「仕事のことなんてあとになさいよ。お楽しみはこれからだもの」


 源蔵は女に押し倒されると下は布団だった。

 体がちっとも自由が利かない。

 源蔵は金縛りにあったみたいに動けずにいた。女は源蔵の横に寄り添うようにして体を横たえると源蔵の体を上から下へとさすりだした。

 それから源蔵の顔を舌を出してチロリチロリと舐め始めた。ザラザラとした舌の感触に源蔵は寒気を覚える。


「おいおい、めておくんな。俺には心に決めたお人がいるんでぇ」

わらわのほうが良いに決まっておるのじゃ。それに源蔵お前は何を勘違いしておる? お前はわらわのものぞ。誰もわらわには逆らえぬ。もう少し腑抜けにしてからいただこうと思ったが、もう我慢がならぬっ!!」


 ニャゴォォォ――――――!!


 主の女の体がむくむくと巨大化して白と茶色の体毛が生えていた。


「ばっばっばっ、化け猫〜っ!!」


 源蔵は腰をぬかした。

 ぐわっと化け猫が大口を開けて牙を剥き出しにして襲ってくる!

 源蔵を今にもぱっくりと食べてしまいそうな勢いで、恐怖に怯えた顔の源蔵の体に飛びかかってきた。


「やめてくれっ!」


 こんなとこで死んだら、おみっちゃんにもう会えないじゃねぇか。

 源蔵は京助の誘いに乗った自分の浅はかさに後悔をした。

 こりゃあ取り返しがつなかねぇ。俺はじきにあの世行きだ。

 源蔵がそう思った時、胸元から光り輝く一枚の御札が現れて源蔵の前に守るようにひらひらと舞った。


 すると――――


「お不動さま!」

 御札はみるみる力強い体格の不動明王に変わっていく。


『成敗』

 不動明王が化け猫の背中に乗ると、化け猫はシュウシュウと音を立てて体が縮み大人しくなった。

 畳には少しばかり透き通った体の三毛猫が丸まっていた。

 不動明王は「にゃあん」とひと泣きした三毛猫を抱きあげる。

 元々は化け猫、今は甘えた仕草の猫の魂を脇腹に抱え直して、不動明王は源蔵を真っ直ぐに見据えた。

『はっはっはっ。せいぜいわしの所に参りに来たお美代に礼を申すのだな』と源蔵に向けて笑った。


 源蔵は金縛りの解けた体で慌てて土下座をし、頭を畳に擦りつけるようにした。


「へへぇ、ありがとうございました。お不動さん。そういたしやす」


 おもてを上げると屋敷は跡形もなく無くなっていた。

 源蔵の体の下にも周りにも荒れ放題の草っぱらと朽ちた建物の残骸が転がっていた。


 不動明王は三毛猫をしっかり抱えたまま、夜空に去って行った。


 源蔵は再び腰を抜かして、しばらく放心していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る