第3話 おみっちゃん

 源蔵と京助は二日に一回、お屋敷に頼まれたとおりの食料を買いつけてはその日のうちに運んだ。

 大汗をかきながらひたすら歩き重たい荷物を運ぶのは大変だったが、ちゃんとした見返りがある。

 届け終わるとその度に、何日分かのめしが食えるほどの報酬を貰って二人はほくほく顔だった。

 いつになく懐があったまったが源蔵は元々堅実な男だ。お屋敷にいるらしい人物が元の場所に帰ればこの美味しい稼ぎはなくなる。

 きちんとその辺は肝に命じている。


 源蔵も京助も屋敷に上がったことはなく、門の前で使用人に運んできた食料を渡して金を受け取る。


 奇妙なことに源蔵と京助の二人が屋敷に到着すると、使用人の男らが覇気のない無表情な顔で三人ほどいつも屋敷の外で待っていた。

 源蔵と京助は決まった時間に屋敷を訪れた訳ではないのに、二人の来る時刻が分かっていたのかと思う調子、奇遇さだった。


   ◆


 源蔵は自分の長屋に帰って来て戸を開けると、部屋の中には幼馴染みのお美代みよが土間にいた。


「お帰りなさい、源蔵さん」

「おみっちゃん、どうしたんだい?」

「美味しい鰻を奉公先の女将さんが土産にくれたんでね。お裾分けにきたのよ」

「鰻かいっ! そいつぁ嬉しいねぇ。馳走ちそうになるよ」

「京助さんは?」

「あいつは女に会いに行ったよ」

「また遊びだろう? 仕方のない人だね」


 お美代は苦手な物を見た時のように心底嫌そうな顔をした。

 それにお美代は京助なんかどうでもよく眼中に無かった。他の女達は京助に夢中になるがお美代はそっと源蔵を見つめていた。

 源蔵は妹のようにお美代を可愛がっていて、お美代が困っているといつでも全力で助けに来てくれた。

 お美代は源蔵に心を寄せていた。


 源蔵とお美代は二人で夕餉ゆうげについた。甘辛いタレにくぐらせ香ばしく焼いた鰻の姿は照りがあり輝いて見える。一口分箸で割り入れて源蔵は口に運んだ。

 お美代がこうして訪ねてきただけでも上機嫌な源蔵だったが、鰻の蒲焼のじゅわっと広がる美味さにますます笑顔になった。

「うめぇ。うめぇなぁ。……そういや、おみっちゃんはどうでぇ仕事は? 意地悪されてないかい?」

「大丈夫だよ、源蔵さん。今の呉服屋さんの女将さんはずいぶんアタシに良くしてくれてね。昔に亡くなった娘さんにアタシが似ているらしいんだ」

「そりゃあ良かったなぁ。でもなんだ。なんかあったらいつでも俺に言いな」

「源蔵さん」


 ――源蔵さん、お慕いしております。

 お美代は伝えられない苦しい胸の内を吐露することなく、代わりにそっと着物のたもとからおふだを取り出した。


「おみっちゃん、これは?」

「源蔵さんは心根が優しいから心配よ。だから身代わり不動尊でお札を貰ってきたの。肌見離さず持っていて」

「ありがとよ」


 源蔵が嬉しそうにお美代からの心遣いのお守りを着物の胸元にしまうと、お美代の顔は頬紅を指したように微かに赤く染まり綻んでいた。

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