第2話 お屋敷とただのお遣い

 庶民の暮らしはお天道てんとう様と共にある。朝日が昇る少し前に起き出し、夕日が暮れる頃には家に帰るもんだ。

 たいていの者はそうしている。

 中には夜に働く仕事の者たちもいるが、皆慎みなつつましく生きていた。


 朝から源蔵と京助は華のお江戸の城下町の中心にやって来た。通りは賑わい活気づき働き者の商人や農民たちが行き交っている。


 広い通りを源蔵と京助の二人が足早に歩いていると集団で見廻る侍たちや岡っ引きの姿もあり辺りに目を光らせていた。

 風の噂で夜な夜な出る義賊や化け猫の話がそこかしこでまことしやかにささやかれる。大概は暇つぶしに集まった民衆が面白可笑しくお喋りしているだけだが幕府は怪しい者を見かければ容赦なくしょっ引き牢屋に入れた。

 有無を言わせる隙はない。


 立派に構えた店ではなく、町の空いた場所にむしろを敷いて売る農民や漁師なんかがいる場所に源蔵と京助は急いだ。

 源蔵は担いだ竹籠が肩に食い込みしかめっ面。京助は飄々とした涼し気な顔をして源蔵の機嫌取りをする。


「源蔵さん。ひと仕事終わればまた金がふところに入ってくるから我慢だ我慢」

「俺の籠にはもう酒やら米が入ってんだ。重たくてかなわねぇや」

「ちょっとの辛抱だよ、源蔵さん」


 むしろの上には採れたての野菜や干した魚やわらで編んだ草鞋わらじや箕に傘、籐のかごに機織り生地などなど。

 目移りしそうなほど品物が並んでいる。

 さしずめ小さな『市』のようだ。


 源蔵は結局上手いことのせられ京助の儲け話を断れずにここにいる。


「でもよぉ、食料調達するだけの単純なお遣いで大金を稼げるなんざ、なんか裏があるんじゃねぇか? 京助」

「相手は高貴な身分の方だからね。世間に忍んで休暇を満喫したいんじゃないのかい。お屋敷に知った顔の出入りが沢山あっちゃあ、静かに過ごしたくても出来ないかだろうからね」

「忍んでねぇ……」


 源蔵はもやもやと胸が晴れなかったがさっさと仕事を終わらせたかった。それに高貴な位の人間の屋敷を見てみたい気持ちがあったのは否めない。

 二人は頼まれた食料などの買い物をすますと指定されたお屋敷に向かった。


   ◆


 鬱蒼とした雑草を手で掻き分けながら源蔵と京助は道なき道を行く。人の背丈を越えるほど成長した草が行く手を阻むように続いていた。

 二人はひたすら歩き続けて江戸城下から南に下って半刻(約一時間)ほど行くとやっと視界が開け竹林が広がっていた。陽の光は差し込んできたがどうにも源蔵は不気味な気がして晩夏とはいえ寒気がしていた。ひたすら京助のあとに続いて進む。

 時々、辺りにからすの鳴き声や獣の鳴き声もした。

 そんな音が響き渡ると、源蔵も京介もドキリとしてひゃあっと小さく飛び上がった。


 江戸の中心から少し来ただけでこんな場所があったのか。


「そ、それにしても、京助。お屋敷はまだかい?」

「おっかしいなぁ。源蔵さん、そろそろなはずなんだけどねぇ」


 源蔵も京助も体力には自信がある。源蔵は普段から仕事で鍛えてきたし、意外なことに京助は怠け者のくせに身のこなしが軽く持久力もあった。

 京助いわくしつこく迫る女達から逃げているうちに脚の力がついたと小憎らしいことを源蔵に言って退けた。


「おぉっ。あった、あった! ここを抜けるんだ」


 洞窟のような通路を二人が抜けると……。


「こりゃ、たまげたねぇ!」


 小さな城に匹敵するぐらいの大きなお屋敷が現れた。

 源蔵は普段は見たこともないぐらいの絢爛豪華さで壁や屋根は煌びやかな装飾が施されている。

 源蔵は大工の親方に連れて行ってもらい日光の東照宮の陽明門を一度だけ拝んだことがあったがあの華やかさを思い出していた。


「こいつはすげぇや」


 源蔵はそれっきりお屋敷に見惚れて声が出なかった。

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