女子高生と偉大なる魔女(自称)②
そうして二人ですったもんだしているうちに、すっかり日も暮れて。
「ごめんねえ、ぐすっ、役立たず、うう、で……」
あたしが晩ごはんの準備をする横で、ヒルデは大粒の涙を流しながら杖を振るっていた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった愛らしいお顔。その一方で、右手に握られた細い杖が描くのは、複雑でありながらも美しい曲線。その動きにつられるように、二人分の食器が年季の入った食器棚から飛び出してきては宙に浮き、次々とテーブルの上に並んでいく。
「別にいいってば。最後にキレイにしてくれたでしょ?」
その光景にこっそり見惚れながら、あたしはサラマンダーの火をコンロ代わりにして、ぐつぐつといい匂いのする鍋をかき混ぜる。その手の動きにつられて、サラサラになった毛先が頬に当たってちょっとだけくすぐったい。
リンス、コンディショナー、トリートメント。その他、様々なケア用品。そんなめんどくさいものは、ヒルデと暮らす今の私には必要ない。
彼女が杖を一振りすれば、どんなに一流の美容院に通うよりもツヤッツヤでサラッサラの美しい髪になるのだ。ショートヘアだと外はねの処理が面倒だからとても助かる。
そしてなにより、お風呂上がりにドライヤーをしなくていい。これ、とっても重要。
「よし、こんなもんかな。もういいよ。ありがとね」
いつも頑張ってくれるサラマンダーに、あたしはご褒美の鶏肉をひょいと放り投げた。それを苦も無くキャッチするトカゲ。計ったことはないけれど、大きさは全長で一メートルほどだろうか。正直、すごいかわいい。
「わ~! 今日もおいしそう……! アマネちゃん! これはなんて料理なの? なんかドロドロしてる!」
ニコニコ笑顔でもぐもぐと口を動かす真っ赤なトカゲ。そのざらざらした頭を撫でていると、お皿を並べ終わったヒルデが鍋を覗き込んできた。
「シチューだよ。クリームシチュー」
「ほえ~」
お昼に畑で収穫した野菜を適当な大きさに切ってぶち込み、朝一で絞ったヤギのミルクに小麦粉でとろみをつける。鶏肉は師匠が町の患者さんからもらってきたものを。細かい味付けは庭園のハーブたちの力を借りて。
隣に立つヒルデはというと、視線は鍋の中身に釘付け。よっぽどお腹が減っているのか、今にもヨダレが垂れそうだ。
「ちょい」
「なに?」
「待て」
「わん♪」
「よし」
さっきまでめそめそと泣いていたくせに、今は目の前にあるごはんに興味津々。まるで山の上の天気みたいに、コロコロ表情とテンションが変わる。
「ほら、これテーブルまで運んで」
「はーい」
上機嫌に返事をしながら、ヒルデが杖をひょいと一振り。すると、食器と同じようにクリームシチューのたっぷり詰まった鍋がふわふわと浮かび上がり、テーブルの真ん中にゆっくりと着地する。
「アマネちゃんもはやく~!」
「はいはい」
おもちゃを放られた犬のごとく駆け出し、舌なめずりをしながらシチューをお皿に盛るヒルデ。
うーん。子供を見守る母親って、こういう気分なのかなぁ。
そんなことを考えながら、あたしも彼女に続いて席に着く。
「はい、アマネちゃんの分」
「おっとと、ありがと」
「じゃあ、いただきまーす!」
「いただきます」
両手を合わせて、いただきます。
この家にやってきて、あたしが一番最初に彼女に教えたこと。
眩しいくらいに煌めく水色の髪を振り乱しながら、あたしの作ったごはんをガツガツほおばる目の前の女性。
くりくりとした金色の瞳がだらしなく垂れ下がっている。
そんな彼女の周りには、たくさんの不思議な光玉が
炎を吐くサラマンダーがあたしの足もとで尻尾を振りつつ夕飯のおこぼれを狙っている。
レンガで出来た暖炉の火は意志があるように不規則にゆらめいていて、まるでくべられた薪の上でタップダンスでも踊っているかのよう。
そんな本の中でしか見たことないような光景が今、実際にあたしの目の前に広がっている。
すっかり見慣れてしまったこの景色を、ふとした時に夢なんじゃないかと思うことが今でもある。そして毎朝目を覚ますたびに、夢じゃなかったんだと安心する。
数週間前まで過ごしていたあっちの世界。小さい頃に友達の家で遊んだミルバニアファミリーというおもちゃがあった。
真っ赤な屋根を被った西洋風の外装に、おしゃれで暖かみのある木製の家具たち。
その世界にガリバートンネルをくぐって迷い込んでしまったかのような、雰囲気溢れる木造の一軒家。
それが、今のあたしが暮らす家。
それが自称“偉大なる魔女”、そしてあたしの師匠でもあるヒルデガルト・ビルゲンの住処。
この世界でたったひとつの、あたしの帰れる場所。
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