第一片 聖誓

女子高生と偉大なる魔女(自称)①

 春という季節は、冬にため込んだ毒を吐き出す時期なのだそうだ。


 冬の厳しい寒さに耐えるため蓄えた生命力──つまり魔力──も、蓄えすぎると肉体という器を内側から破壊する凶器に代わる。


 だから魔女たちは内臓を活発化させ代謝をよくするために、色んな薬草を用いる。


 今の時期で代表的なものだと、カモミール、ダンデライオン、フェンネルなどなど。ハーブと呼ばれるこれらの植物も、立派な薬草なのだそう。


 このように、魔女とは自然、そしてそこに住む“隣人たち”と仲良くなるための知識を豊富に持つ者。それと同時に、魔力を編み、自在に繰る才能に恵まれた者の総称である。それが、ここ数週間で学んだこと。


 あたしが思い描いていた魔女よりも、もっともっと面白いしリアルだし、なにより最っ高にワクワクする。


「ねえ、本当にいいの……?」


 後ろからおどおどとそう尋ねてくるのは、そんな魔女の一人、ヒルデ。


 同時に、あたしの師匠でもある。


 椅子に腰かけたあたしの髪。背中まで伸びたそれを、ヒルデは慣れない手つきでまっすぐに整えていく。後ろに立つ彼女の不安そうな表情が、その指の震えと口調からありありと伝わってきた。


「もお。今日で六回目だよ、それ」


 そんな彼女がおかしくて、思わずクスクスと笑ってしまう。それにつられるように、木製の椅子もギシギシと一緒に声をあげた。膝の上で踊るオレンジ色の光も、ほわほわと不規則に散っていく。


 触れるとちぎれ、しばらくするとまたくっつく。不思議な球体たち。これはオドという自然から溢れた生命の力。自然が豊かな証拠らしい。


「だってぇ……こんなにきれいな赤髪なのに」

「いいのいいの。いい加減鬱陶しかったんだよね。この髪」


 ずっと自分をだましてきた、その象徴みたいで。


 長いものには巻かれろの精神は好きじゃないけど、抗って生きていくほどの気概もなかった。


「……もしかして、昨日のこと、気にしてる?」

「昨日?」


 なんだろう? まったく心当たりがないけど。


「だからぁ……私が、アマネちゃんに魔法の才能がないって言ったこと」

「あー、それね」


 そういえば、そんなこと言われたっけ。


「んー。まあショックじゃなかったと言えば嘘になるけど」


 不可思議を現実に表出する『魔法』。


 それを行使するための『魔力』。


 あたしはある程度の魔力は作り出せるし、オドと呼ばれる外界に漂う魔力も感じ取ることができる。だけどその魔力を魔法として編み直し、外界に放出することができないのだ。


「う、うう……」

「ああもう、泣かないでよ」


 例えるなら、蛇口が壊れて水が出せない水道。


 特に髪の毛には大量の魔力が宿るらしくて、魔法に関わる者であれば普通はみんな伸ばすらしい。


 でも、あたしには不要なものだ。


「だってぇ~! あんなにいっぱい魔法の勉強してくれたのに~!」


 むぎゅ。むぎゅ。


 駄々をこねる師匠のご立派な二つの大胸筋おっぱいが、知ってか知らずかあたしの背中を蹂躙する。


 なにかとスキンシップの激しいこの大胸筋には散々悩まされてきた。だが、昨晩の入浴中にまさかの襲撃を受け仏の心を習得した今のあたしの敵ではない。


 それにしても、何かある度にこうして泣きついてきちゃって。これじゃあどっちが先生で生徒なんだか。


「せっかくこんな夢みたいな世界に来れたんだし、魔法も使ってみたかったなってだけ。ヒルデのを見てるだけでも充分だよ」

「うう……、ほ、本当……?」

「うん。ほんとほんと」


 まあ全く未練がないかと聞かれると、答えはノーなんだけど。


 というか魔法とか小さい頃からの夢だったし。できれば誰かなんとかしてほしい。


 だが現実とはいつも非情なもので。よくあるマンガやアニメみたいに訓練でどうにかできるものでもないらしいから、こればっかりは潔く諦めるしかない。


「そ、そっかぁ。えへへ」


 こんな調子ですぐに泣いて、すぐに笑う。まるで子供みたいで、とてもじゃないが御年数百歳のエルフとは思えない。


「ほら、それじゃあひと思いに。バサッと。どうぞ」

「……わ、わかった」


 カットをお願いしてから一時間経って、ようやくあたしの決意が伝わったのか。ごくり、とヒルデの喉がなる。


「じゃあ、いくよ?」


 キラキラと銀色に光る、植物のツタみたいな不思議な模様の入ったハサミ。魔女が髪を切るときに使うという特製のハサミが、やっとこさあたしの髪に触れた。


「う、うん」


 生まれたての小鹿みたいにぷるぷるとふるえるその刃先。


 任せたはいいけど、失敗して変な髪型にされちゃったらどうしよう……。


 そんな不安が唐突に頭をよぎる。あんまり見た目を気にするタイプではないけれど、さすがに人前に出れないような奇抜な髪はちょっと困るなぁ。


「え、えーい!」


 ちょっきん。


「おお!?」


 そんなことを考えていたら、髪の毛が切られたとき独特のむず痒い感覚が唐突にやってきて、ビクッと身体が震えた……のだが。


ぱらぱらぁ。


 気合充分な掛け声とは裏腹に、床に散ったあたしの髪はあまりにも少なかった。これじゃあせいぜい毛先が数ミリ短くなった程度だろう。


「で、できた!」

「ヒ、ヒルデ~……」


 いやいや。そんな「私、頑張ったでしょ?」みたいな顔で見られても。


 結局、優柔不断な師匠に代わって自分で自分の髪を切る羽目になる火鳥天音かちょうあまね、十六歳なのでした。

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