舞台上の御伽噺 4
舞台衣装に触発されたのか、そろそろ仕上げないと間に合わない時期だからか、数日後、ヨルンが作っていた仕掛けが屋敷に持ち込まれた。
「暗闇で光る鉱石に手を加えて、人の体温に反応して少しの間、光るようにした」
宝玉と英雄の剣。そのうちの宝玉をヨルンが手にすると、舞台の客席からでもよく見えるような光が放たれた。
おおー、とアスタとカティヤが感心する中で、ヒスキが意見を口にした。
「これ、舞台の小道具に使うよりも、街中で夜間の照明にでもしたほうがいいんじゃねえか。照明の改革だと領主から賞賛されるぞ」
「触ってしばらくの間、光るだけだ。加工前の鉱石ならともかく、夜の間ずっと光っているようなものじゃないし、現行の明かりに比べて遥かに割高だ。それも何度か繰り返し使ったら光らなくなる。直前の練習と本番のみの使い捨てだ」
「それで十分よ。すごいわ、駄目で元々、なんでもお願いしてみるものね」
「礼なら彼女に言ってくれ。発案したのは僕じゃない」
「アスタ、ありがとう。私が求めていたものが形になったわ。さすが以心伝心ね」
満足した様子のカティヤが、アスタの手を取って感謝を伝えた。
「えっ、いえその、どういたしまして……」
アスタのイメージとしてはスポットライトや背景の演出として使える光だったのだが、そういえばそこまで詳しくヨルンに伝えたわけではなかった。
「そうだわ。ここまでできるなら、邪竜の瞳が光るようにできない?」
「さすがにそれは……」
カティヤとヨルンのやり取りを聞いて、ヒスキが咄嗟に自分の目元を覆った。
台詞を間違えることも減ってきて、演技の方向性についてあれこれ議論していたとき。邪竜と姫の問答についてアスタがヒスキと話していたら、ヒスキが話題を変えた。
「そういやこの前、ラブロマンスがどうとか言ってたじゃん。舞台と言えば悲劇の恋愛ものって感じだけど。どうよ、次の公演では濃厚な絡みをやりたい、とかお嬢様が提案してきたら」
「照れますね」
「そんだけ? ってか、アスタは演技でやれって言われたらどこまでできる?」
「どこまで、でなにを想像しているのか知りませんが」
アスタだって考えたことがないわけではない。前世でドラマや映画を見ていて、役者はなにを思いながらラブシーンを演じているのだろう、と。
「でも舞台でのキスシーンって、客側からは直接見えないようにして、それっぽく見せるものなんじゃないですか?」
「そうかあ? 酒場でやってる小芝居とか、結構ガチでやってるぞ」
下町で繰り広げられる大衆向けの芝居は、酒場に来るような客向けに最適化されているらしい。多分、刺激的で下世話な方向に。
「いまのうちに練習しとく? つーか、邪竜なら姫に対してなにするかわかんねえな。もうちょいそういう絡み追加してみるか?」
肩をつかんで抱き寄せる、くらいなら台本のト書きに書かれていた。さらに追加と言われても、カティヤが考える演出通りのものかはわからない。下世話な方向に行くようなら止めなければ。
「そういう絡みというと?」
「だから、こういう――」
あごを持ち上げられ、顔が近づけられて――。
ばこ、と軽い音が響いた。
「いってーな! なにすんだ!」
「うちのホムンクルスに手を出すとはいい度胸だな」
丸めた台本の冊子を手にしたヨルンが、ヒスキの後ろに立っていた。
「出してねえよ! こっちは真剣に劇の演じ方を考えてだな」
「ほう? 最初はあれだけやる気なんてなさそうだったのに」
「うるせえ! 本番近いんだし、ここまで来たらやるしかねえだろ!」
そのタイミングで、姫用の金髪のかつらを用意したからと取りに行っていたカティヤが、広間の扉を開けた。
「ヒスキ……知らなかったわ。あなたがそこまでこの舞台に熱を入れてくれていたなんて」
感動して瞳を潤ませている様子のカティヤに対し、ヒスキは引きつった笑みを浮かべた。
「いや、いまのは売り言葉に買い言葉で」
「アスタやヨルンとも親しくなってくれたようだし。嬉しいわ」
「あーはいはい、もうそういうことでいい……」
カティヤとヒスキが噛み合わない会話を繰り広げる中、アスタはこちらを見つめているヨルンと目が合った。
「大丈夫か?」
「そんなヒスキさんを親の仇のように見なくても……劇の練習をしていただけですよ」
「劇の練習なら、あいつとでもあんな振る舞いを――」
そこまで言って、ヨルンは言葉を切った。
「いや、なんでもない。すまない、忘れてくれ」
そのまま広間の扉に向かう。
「ヨルン、もう少ししたら休憩のお茶を運んでもらうわよ」
「ああ。頭を冷やしたら戻る」
扉が閉まる音を残して、ヨルンは去って行った。
「なにかあったの?」
「いえ、ちょっと青い春的なぶつかり合いが。大丈夫です、少年は殴り合った後に互いを認め合うものです」
「待て、アスタ。さっきのはそれが主題じゃねえんだけど」
「じゃあなんですか?」
アスタの問いにヒスキは答えず、独りごちた。
「ったく、お子様が二人……いや、三人か」
公演が近づいてきた日のこと。素人の集まりながら、最初に比べたら大分様になってきた。そんな中で通し稽古をしていると、重々しい足音が近づいてきた。
「なんだ、この騒ぎは」
声とともに、広間の扉が開け放たれた。
姿を見せたのは、カティヤのストロベリーブロンドの色味をそのまま暗くしたような赤味がかった茶髪に同色の髭を生やした、立派な身なりの壮年の男性だった。
リンドグレン卿、とヨルンがつぶやいたのが聞こえた。とすると、彼はカティヤの父親でこの街の領主、ベルンハード・リンドグレンだとアスタは察した。
「演劇の練習よ」
「私は許可した覚えはないが」
傲然と言い放つ領主に、カティヤは前に進み出て反論した。
「許可を取らないとやりたいこともしてはいけないの?」
「そうだ。それが領主の家に生まれた者の義務だ」
「許可なんて出してくれない癖に……いつも自分の都合ばかりで、家族のことなんて自分に従う駒としか見ていない癖に!」
「大人しく従う気もない癖に、口だけは達者になって。お前が息子だったら、その負けん気の強さも少しは他の貴族とやり合う武器になっただろうに」
「好きで娘に生まれたわけじゃないわ」
「だから反抗すると? 将来のために嫁入り修行もせずに?」
「ええ、そうよ。私は絶対にやり遂げるわ。お父様に邪魔されても反対されても!」
扉を強引に閉め、カティヤは内側から鍵をかけた。しばらく外からなにか言っている様子が聞こえてきたが、やがて足音は去って行った。
「カティヤさん……」
「ごめんなさい。酷い場面を見せたわね」
無理やり浮かべた笑みが、アスタの胸を衝いた。
「さて、練習を再開しましょうか」
そう言うカティヤに、領主のことについて訊ねられる者はいなかった。
二人の会話で、カティヤが最初からやりたいことはできないと諦めていたことを思い出した。子供の頃からずっとあんな風に言われ続けていたら、諦め癖もつくだろう。
領主の家の令嬢として一見恵まれているように見えても、人はそれぞれ事情を抱えているものだ。そしてそれはきっと、カティヤだけに限った話ではないのだろう。
領主はああ言っていたが、小劇場の予約が勝手に取り下げられることはなく、公演の日になった。
夏の空はよく晴れていたが、アスタが知る夏ほど蒸し暑くはない。気温は高いが過ごしやすい気候の中、先日の領主の言葉が思い返された。
「大丈夫でしょうか……突然中止しろ、なんて主張する人が乗り込んできたら」
「……なんとかやり切るしかないわ」
小声で話しながら、舞台袖から客席を見る。客の入りはまばらだ。これまでなんの実績もない素人集団の公演なのだから、これでも人が入ったほうだろうか。
本番前の肌を刺す空気の中、舞台衣装を身にまとった主演兼演出担当は、緊張を見せながらも微笑んだ。
「先日のことは気にしないで。みんな、頑張りましょう」
「はい!」
カティヤの号令に、アスタたち三人は頷いた。
そうして劇の幕が上がった。
「食べられたくなくば大人しくしているのだな。そなたは我に捧げられた身。美しい髪も瞳も身体も心も、すべて我のものだ。我に従え。我に忠誠を誓い、祈りを捧げよ」
「可哀想な方。力で支配するしか知らないのですね」
邪竜と囚われの姫との問答は、邪竜の棒読み感が薄れて、照れくささで中断されることはなくなった。
姫や令嬢らしい振る舞いはカティヤに比べたらまだまだだが、踵の高い靴で歩き回るのにも慣れて、最初の頃に比べたら随分マシになった。
英雄が舞台に出てきて、客席がざわついた。あら、こうした役をやるには随分可愛らしい。主演なら実力者なんだろう? そんな囁き声の感想は、舞台上までは届かない。
極限まで台詞を削った賢者が、英雄を導く予言を与える。
英雄が探し出した、邪竜がいる地への鍵となる宝玉が光り輝く。ヨルンが作っていた舞台での仕掛けだ。
邪竜がいる城で、英雄は邪竜と対決する。掲げた剣の刀身が輝いた。
「姫を返してもらおう!」
「人間風情が、我に敵うはずがなかろう」
練習した殺陣が繰り広げられる。舞台でのセオリーとは違うのかもしれないが、邪竜に剣をつきつけたときには、観客から拍手が上がった。
「姫、助けにまいりました」
「ああ――ありがとうございます」
英雄は姫の手を取り、二人は舞台の手前に出てくる。英雄が姫の手の甲に口づけする場面で、舞台の幕は降りる。
全部が全部、完璧にできたわけではない。トラブルもあった。
だが、なんとかやり切った。
舞台から降りたカティヤは、見知った人影を客席に見つけ、真っ先に席を立ったその人物を急いで追いかけた。
「お父様」
声をかけると、ベルンハードは振り返った。
「どうしてここに……それに、反対なさっていたのでは」
「確かに反対していたが、あそこまで準備を進めていたものを、勝手に中断させるわけにもいかないだろう」
舞台衣装を着たままの娘に、領主は語りかける。
「こなれていない感が多分にあったが――よく少人数でやり切ったな」
「は……はい」
二人の会話はそれだけで、領主は劇場を出て行った。
だがそれを後ろから窺っていたアスタたちからしたら、リンドグレン家の家族の関係はそう険悪にも見えなかった。
アスタたちに気づいた様子のカティヤが、ばつが悪そうな顔をした後、微笑んだ。
「みんな、ありがとう。大成功よ」
「カティヤさん!」
駆け寄ったアスタはカティヤと手を取り合い、笑い合った。
館に帰ったアスタは、興奮冷めやらぬままヨルンに話しかけた。
「成功しましたね!」
「ああ」
「いやー、青春しちゃいました」
「そうか」
「またこの四人でやりたいですね」
「僕は柄じゃない。実際にやって実感した」
「……そうですよねー」
舞台に上がっても緊張している様子はなかったし、練習すれば棒読みは改善されるだろうが、本人がそういうなら仕方がない。
これで話は終わりかと思ったが、大分間が開いてから、ヨルンは言った。
「……またやるというなら、協力ならしてもいいが」
その言葉に、アスタは瞳を輝かせた。
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