舞台上の御伽噺 2

 そうと決まるとカティヤの行動は早かった。


 図書館へ行き、昔から何度も演じられている舞台の台本を借りて、それを元に台本を書いた。街の劇団を訪ねて演技の指導者を紹介してもらい、演技の基礎を学んだ。小さな劇場の使用許可を取りつけた。


 そしてアスタとの食事会から半月後、領主の屋敷の応接間にアスタとヨルンとヒスキは集められた。


「――というわけで、一ヶ月後の公演に向けて練習することになったわ。頑張りましょう」


 ヒスキがそろそろと手を挙げて発言する。


「……で、なんで演技なんてろくにやったことがない俺たちが呼ばれたんだろうな」

「私も素人よ。大丈夫、指導者がいるからなんとかなるわ」


「てっきり、カティヤさんがこの街の劇団にでもお忍びで入るのかと思ってました」

「本職に混じりたいと思うほど厚顔無恥じゃないわよ。劇団員にも予定があって、次の公演に向けて忙しいでしょうし」


 どこか照れくさそうに語るカティヤ。彼女と同じテーブルについたヨルンは、嘆息した。


「なぜ僕まで……」

「正式な依頼よ。演劇の効果に使えそうな仕掛けを作って欲しいの」

「作るだけだな?」

「あとは通行人の役でもやってくれると嬉しいわ」


 カティヤはにっこりと微笑む。ヨルンに対して演技力を求めていないものの、舞台にも巻き込みたいらしい。


「そいつが通行人ってことは、俺は?」

「倒される敵ね」

「待て、どういう話をやるつもりなんだよ」


 ヒスキの問いかけに、カティヤは胸に手を当てて自信満々に答えた。


「私が主役の英雄で、アスタが囚われの姫の、昔話を下敷きにした王道英雄譚よ」


 へえ、と受け入れたのはアスタだけで、疑問を投げかけたヒスキの反応は芳しくなかった。


「いや、せっかく可愛い女の子が二人もいるのに、なんで片方は男役なんだ?」

「最初はベタな話のほうがいいと思って」

「ベタだけど! 令嬢が企画する演劇としてはベタじゃねえだろ!」


「なにを言っているの。いま王都で流行りの演劇と言えば、女性のみの劇団で男役も女性が演じるものよ。それは素晴らしいのだから」

「……劇は詳しくないけど、そんなことになってんのか」


 貴族のお嬢様の趣味ってわかんねー、とヒスキが小声でつぶやくのが聞こえた。


「それに演技の醍醐味は自分ではない存在になれることよ。動物や植物や無機物を演じることもあるのだから、逆の性別を演じるくらい些細なことだわ」

「ってことは俺たちも女装すんの?」

「してくれるの? だったら次はそういう台本を書いてみるわ」


 カティヤの思いつきに、ヒスキとヨルンは勢いよく頭を左右に振った。


「まあとにかく。ヒスキ、あなたは街で仕事をするよりも私に付き合って報酬をもらうほうがわりがいいと思うけれど。どう、やるの、やらないの」

「しょうがねえな……」


 ヒスキの返事に、カティヤは満足そうに頷いた。


「最初は敵対していたけれど、いまは一つの目的のために協力する仲に。いい話ね」


 ヨルンとヒスキの承諾を得られたので、カティヤは一度応接間から出て台本を取ってきて、三人に配った。


 アスタがページを開くと、最初のページに劇のタイトルとともに配役一覧があった。配役の横にはカティヤたちの名前が書かれている。


 ヨルンやヒスキの名前はインクがまだ生乾きだ。いままさに追加したらしき文字を見て、断られる可能性も視野に入れていたことが見て取れた。


 中をめくっていたヨルンが難色を示した。


「通行人は英雄に道を示したり、重要な道具を授けたりはしないと思うが……」

「英雄を導く賢者よ。錬金術師と似たようなものよ」


「二役とか書いてあるのは気のせいか? 邪竜の城にある石像で、囚われの姫が出てくる場面に立っているとあるが」

「台詞はないのだからいいじゃない」


「いや、動かずにいるのも大変では……というか石像なら舞台背景として作ったほうが早いが」

「それを人が演じるのが面白いのよ」


 そういえばさっき、無機物も演じてなんぼだと言っていた。だからって……とヨルンの顔が渋面になっていく中、ヒスキが声を上げた。


「ヨルンなんかいいほうじゃん。俺なんて悪役だっての。なんだよ邪竜って。昔話に出てくるあれかよ」

「物語というのは悪役の出来によって評価が変わってくるのよ。責任重大だわ」

「へいへい」


「そして昔話を連想したのも当然ね。邪竜に捧げられた姫の昔話を元にしたのが、この劇の台本よ」


「だろうな」とヨルン。どうやらこの街の住人なら知っていて当然の昔話らしい。


「昔から劇の題材に使われ、劇団や役者によって様々に脚色され演じられてきたわ。私たちだとどうなるか楽しみね」

「いや、楽しみとかじゃなく、最初に方向性決めといてくれねえか?」

「そういえばそうね。私は役者であり、企画立案者であり演出でもあるのよね」


 自分で言った役職に満足したのか、カティヤは頷いた。


「大丈夫ですか、カティヤさん。はじめての舞台で一人でいろいろやって」

「一人じゃ無理でしょうね。演出をやっていて現在手が空いている方に教えを請い、助言をもらうわ」


「一人で突っ走られるよりは安心だけどよ。この調子で一ヶ月で見られるもんになんのかね」

「見られるものにするのよ」


 共演者も雇えよ、というヒスキのぼやきはなかったことにされた。


 それからおのおの台本を読んで、通してそれぞれの台詞を言ってみた。

 カティヤはここ半月の成果もあって、演技の是非は置いておくとしても非常にはきはきとして聞き取りやすかった。


 他の三人は、それに比べたらいかにもな素人っぷりだった。それに対してカティヤが指導者から教わったことを教えていく。


「舞台で声を出す基本は腹式呼吸。腹筋を鍛えて体力作りね」

「待てお嬢様、そこまでやんなきゃ駄目なのかよ」

「活舌をよくしたかったら早口言葉ね」

「通行人の台詞なんて削ってくれ」


「アスタは頑張ってくれて嬉しいわ。その調子で、姫を演じるのだから王侯貴族らしい振る舞いを身につけましょうか」

「せ、台詞を覚えてから段階的にお願いします……」


 協力する、と安請け合いしたからか、姫の台詞は主役の英雄ほどではないものの、邪竜や賢者のものよりも大分多かった。


 ホムンクルスは体力があるからか、大きい声を出そうとしたら思ったより大きな声が出た。一から体力をつけなくてもよさそうなのはよかったが、棒読みなのはわかっているし、それが大声で部屋に響いていると思うといたたまれなかった。


 うまくいかなくて恥ずかしい思いもしたけれど――この街で知り合ったみんなと一つのことをやろうとしている時間は、楽しかった。




 夕食をご馳走になってから館に帰って来たヨルンは、疲れた顔をしてテーブルに突っ伏した。


「大丈夫ですか、ヨルンさん。断ってもよかったんじゃ……」

「領主の家の令嬢に呼び出されて、断れる雰囲気だったか?」


 スポンサーの娘にはあまり強く出られないらしい。

 それからノーラが出してくれた紅茶を二人で飲み、一息ついた。


「君も演技は素人だろう? 随分楽しそうだったな」

「はい、楽しいです」

「演劇を見たことがあるのか?」

「演劇というか、人が別の誰かを演じて話を紡ぐものには馴染みがあります」


 入院生活が長くインドア生活をしていた前世では、プレイヤーやパソコンを持ち込んで、病室でドラマや映画を観賞していた。舞台中継をネット配信したものもあり、一時よく見ていた。


「生ではあまり見たことは――」


 そう言おうとして、思い出した。まだ小学校に通えていた頃。文化系クラブの発表会で、演劇クラブの出し物を見たのだった。

 学芸会のようなイベントがない学校だったので、生で見た劇というとそれくらいだ。だが自分と同じ小学校に通っている子たちが演じる様子に、すごいと思ったのを覚えている。


「――ありました。それを見て、ちょっとやってみたいと思ったんです」


 身体が弱いせいで、文化系のクラブといっても演劇や合唱のように体力を使うものは駄目だろうと、諦めていたのだが。


 以前はしょせんその程度の興味だった。明確に反対されずとも、自分から身を引いていた。どうせ体力がなくてついていけないから。入院して、発表会の頃に学校に通えていないかもしれないから。


 でも、いまは違う。健康で丈夫で、多少無茶をしても倒れることのない身体がある。


「――わたし、以前諦めたことができてるんですね」

「よかったな」


 いつ演劇を見ていつ諦めたのか、などと疑問を挟んでくることはなく、ヨルンは目を細めてそう言った。


「君がそこまで言うなら、しっかり協力しないとな」

「わ、わたしじゃなくて、カティヤさんが発案者なんですからね!」


 慌ててアスタはそうつけ加えた。


「ところで僕は演劇を見たことがないのだが。どういう仕掛けを作ればいいのだろうか」

「え、スポットライトとか……」


 そこまで言って、思った。この世界、この街に電気はあっただろうか。

 最近では映像を背景に映し出して場面転換したり、演出に使ったりするらしいですよ、などと口にする前でよかった。前世でメジャーになってきた技術がこの世界で簡単に再現できるとも思えない。


「でも錬金術ならなんとかできないんですかね……。なんかこう、魔法みたいに光らせたりするのは」

「光ればいいのか?」


「はい。できれば火を使うものではなく、手軽につけたり消したりできるものだといいんですが」

「そうか。考えてみよう」


 どこまで実現可能なのかわからないが、なんだかあっさり承諾されてしまった。

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