カノジョに起きたことと、もう一人の幼馴染。







「なんつー豪邸だよ、我が従妹」

「仕方ないでしょう? これが両親にとっての普通ですもの」


 俺は電話の相手――従妹である水瀬アリスの家へと足を運んだ。

 正確には親に送ってもらったのだが、細かいことは言いっこなし。ひとまず、住宅街から少し離れた場所にある水瀬家宅について。

 家というより、そこは屋敷だった。

 真っ白な壁、廊下には赤い絨毯が敷かれている。


 こりゃ、プライベートビーチも所有しますわ、という感じだった。



「それで、和真兄さん? お話というのは、お姉様のこと、ですよね」

「あぁ、やっぱりアリスも気づいていたのか」

「気付いていた、というより――私は、見てしまいましたもの」

「見てしまった……?」


 リビングに通され、豪奢なソファーに腰掛けるとそんな話が始まる。

 歯切れの悪いアリスに訊ねると、どうにも難しい顔を浮かべた。

 しかし、意を決したように口を開く。



「本当は口止めされていましたけど、お姉様の身の安全のために。私は今この時だけ、お姉様との約束を反故に致します」



 言って、少女はこう語り始めた。



「先日、高校でのことです」――と。







「――ん、あれはお姉様?」



 ある日の昼休み。

 新学期が始まって間もなくのことだった。

 アリスは廊下を歩いている際に、窓の外に校舎裏へと消えていくこのはを見た。どうやら同級生数名と一緒に向かったようだが、様子がおかしい。

 剣呑としている、といえば大げさに聞こえるかもしれない。

 しかし、そう表現せざるを得ないほどに違和感があった。


「…………これは、ただごとじゃないですね」


 アリスは一緒にいた友人に声をかけてから、このはの後を追った。

 そして、間もなく彼女の消えていった場所に着く。

 そんな時だった。



「……!?」



 ――パシンッ! と、乾いた音が響いたのは。

 驚いて駆けつけるとそこには、同級生の女子に頬を叩かれたこのはの姿があった。他の女子生徒たちはみな意地悪な笑みを浮かべて、彼女のことを見下している。


「お姉様……!」


 アリスは即座に、倒れたこのはに駆け寄った。

 そして、尊敬する彼女を叩いた女子生徒を睨み上げる。



「貴方たち、こんなところで何をしているのですか!!」



 怒りの声を張り上げるアリス。

 しかし、女子生徒たちは怯むことなく冷笑を浮かべるのだった。そこに罪悪感など、微塵も浮かんでいない。むしろ優越感に近い感情が見て取れた。

 アリスは眉をひそめ、嫌悪感を顕わにする。

 このままでは、彼女は殴りかかってしまうだろう。


 そう思われた時、このはがこう言ったのだ。



「アリスちゃん、わたしは大丈夫」

「お姉様……?」



 立ち上がりながら、感情のこもらない声で。

 しかしアリスにだけ分かる微笑みを浮かべて、こう口にしたのだった。



「和真には、内緒にしてね……?」――と。







「イジメられている、このはが……!?」

「えぇ、そうでしょうね。でなければ、あんなヒドイ仕打ち……」



 俺の声に、アリスは目を伏せる。

 そして声を震わせた。


「いったい、誰が……? 首謀者は、やっぱりその女子の中に?」


 俺は堪え切れずに、従妹に矢継ぎ早な質問をする。

 息が苦しい。怒りで、どうにかなりそうだった。そんな俺の様子に気付いているのか、アリスはあえて落ち着いた口調でこう告げる。



「深呼吸をしてください。首謀者は、分かっています」

「他に、いるのか……?」



 俺の言葉に、アリスは頷いた。

 緊張した面持ちで、しかし真っすぐに俺を見て。



「今回のイジメの首謀者は、私たちの高校の理事長の孫――」




 ハッキリと、その名前を口にした。




「御堂龍馬、です」――と。



 

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