カノジョに起きたことと、もう一人の幼馴染。
「なんつー豪邸だよ、我が従妹」
「仕方ないでしょう? これが両親にとっての普通ですもの」
俺は電話の相手――従妹である水瀬アリスの家へと足を運んだ。
正確には親に送ってもらったのだが、細かいことは言いっこなし。ひとまず、住宅街から少し離れた場所にある水瀬家宅について。
家というより、そこは屋敷だった。
真っ白な壁、廊下には赤い絨毯が敷かれている。
こりゃ、プライベートビーチも所有しますわ、という感じだった。
「それで、和真兄さん? お話というのは、お姉様のこと、ですよね」
「あぁ、やっぱりアリスも気づいていたのか」
「気付いていた、というより――私は、見てしまいましたもの」
「見てしまった……?」
リビングに通され、豪奢なソファーに腰掛けるとそんな話が始まる。
歯切れの悪いアリスに訊ねると、どうにも難しい顔を浮かべた。
しかし、意を決したように口を開く。
「本当は口止めされていましたけど、お姉様の身の安全のために。私は今この時だけ、お姉様との約束を反故に致します」
言って、少女はこう語り始めた。
「先日、高校でのことです」――と。
◆
「――ん、あれはお姉様?」
ある日の昼休み。
新学期が始まって間もなくのことだった。
アリスは廊下を歩いている際に、窓の外に校舎裏へと消えていくこのはを見た。どうやら同級生数名と一緒に向かったようだが、様子がおかしい。
剣呑としている、といえば大げさに聞こえるかもしれない。
しかし、そう表現せざるを得ないほどに違和感があった。
「…………これは、ただごとじゃないですね」
アリスは一緒にいた友人に声をかけてから、このはの後を追った。
そして、間もなく彼女の消えていった場所に着く。
そんな時だった。
「……!?」
――パシンッ! と、乾いた音が響いたのは。
驚いて駆けつけるとそこには、同級生の女子に頬を叩かれたこのはの姿があった。他の女子生徒たちはみな意地悪な笑みを浮かべて、彼女のことを見下している。
「お姉様……!」
アリスは即座に、倒れたこのはに駆け寄った。
そして、尊敬する彼女を叩いた女子生徒を睨み上げる。
「貴方たち、こんなところで何をしているのですか!!」
怒りの声を張り上げるアリス。
しかし、女子生徒たちは怯むことなく冷笑を浮かべるのだった。そこに罪悪感など、微塵も浮かんでいない。むしろ優越感に近い感情が見て取れた。
アリスは眉をひそめ、嫌悪感を顕わにする。
このままでは、彼女は殴りかかってしまうだろう。
そう思われた時、このはがこう言ったのだ。
「アリスちゃん、わたしは大丈夫」
「お姉様……?」
立ち上がりながら、感情のこもらない声で。
しかしアリスにだけ分かる微笑みを浮かべて、こう口にしたのだった。
「和真には、内緒にしてね……?」――と。
◆
「イジメられている、このはが……!?」
「えぇ、そうでしょうね。でなければ、あんなヒドイ仕打ち……」
俺の声に、アリスは目を伏せる。
そして声を震わせた。
「いったい、誰が……? 首謀者は、やっぱりその女子の中に?」
俺は堪え切れずに、従妹に矢継ぎ早な質問をする。
息が苦しい。怒りで、どうにかなりそうだった。そんな俺の様子に気付いているのか、アリスはあえて落ち着いた口調でこう告げる。
「深呼吸をしてください。首謀者は、分かっています」
「他に、いるのか……?」
俺の言葉に、アリスは頷いた。
緊張した面持ちで、しかし真っすぐに俺を見て。
「今回のイジメの首謀者は、私たちの高校の理事長の孫――」
ハッキリと、その名前を口にした。
「御堂龍馬、です」――と。
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