カノジョとの『約束』は、今も胸の中に。









「歩き疲れちゃったね、休も?」

「そうだな」



 俺とこのはは一通りの屋台を回り、手ごろなところにあったベンチに並んで腰かけた。道行く人々は、そろそろ始まる花火を見るために移動している。

 ここからでも見えるだろうから、わざわざ混んでいるところにいく必要はない。

 彼女も同じ考えだったらしい。

 前かがみになって俺を覗き込むと、へにゃりと表情を緩めた。



「たくさん、遊んだね!」



 嬉しそうに笑うこのは。

 垂れた髪を手で押さえながら、そう口にするのだった。

 本当に無邪気な時間だったと思う。だからこそ、あっという間だった。



「なぁ、このは?」

「なぁに?」



 満足げな彼女を見て、俺はおもむろに口を開く。

 そして、訊ねる のだった。




「あの約束、覚えてるか?」――と。




 それは、俺たちにとってかけがえのないもの。

 幼いながらも、それぞれの気持ちを、想いを繋いできた約束だった。

 みなまで説明する必要はなかったらしい。このはは、少しだけ恥ずかしそうに微笑んでから空を見上げて小さく頷いた。




「わたしが、和真のお嫁さんになりたい、って言ったやつだよね?」

「やっぱり覚えてた、か」

「えへへ。当たり前だよ? だって――」



 そして、目を細めて愛おし気にこう言う。




「和真はわたしの初恋で、白馬の王子様なんだもん」――と。




 隣の俺の手に、指を絡ませながら。

 それは、あの頃一緒に読んでいた絵本に出てきた登場人物。

 一人ぼっちのお姫様。そんな彼女のもとに、颯爽と現れて手を引く白馬の王子様。二人は困難を乗り越えながら、やがて幸福へと至るのだった。



「和真は、運命って信じる?」

「運命、か……」



 そこでふと、このはは少しばかりありきたりな話を持ち出す。

 でもそれを恥ずかしく感じないのは、きっと相手がこの子だから。こちらが考え込んでいると、彼女は俺の肩に頭を乗せて優しくこう口にした。




「わたしは、あると思う。じゃないと、こんな出会いはなかったもの」――と。




 ふっと、熱っぽい吐息を感じる。

 どうやらまだ、緊張が解けていない様子だった。

 だから俺は、いつものように彼女の頭をゆっくりと撫でる。



「わたしね、ホントに人見知りだったから。そんなわたしの心に、和真はすっと入ってきて、今でも出て行ってくれない」

「あはは。不法侵入の不法滞在か」

「えへへ、そうだね。でも――」



 すると、耳元でこのはが囁く。





「そんな和真だから、大好きなの」――と。





 俺が少し驚くのが分かったらしい、彼女はすっと離れて笑った。

 その時だった。



「あ、聞こえる和真? 始まるみたいだよ!」



 人気のなくなったこの場所まで、小さな花火の音が聞こえたのは。

 幼馴染だった少女は、瞳を輝かせてそう言った。




 それを見て、俺は――。











 ――人気のない、神社の一角で。

 このはは、愛の言葉を和真に囁いていた。

 彼は言葉少なではあったが、しっかりと答えてくれる。荒唐無稽にも思える話にも、子供っぽい御伽噺にも、そのすべてを受け止めてくれる。


 だから、好きになったのだ。

 その優しさが、心の底から好きになったのだ。


 そんな彼との特別な時間。

 このはは、絶対に忘れないと胸に秘めて彼を次の場所へ導こうとした。



 その時だった。




「え、かず――」




 ほんの少し強引に、和真が彼女を抱き寄せたのは。

 そして――。




「ん……」






 優しく、その唇に口づけをしたのは。






「俺も大好きだよ、このは」





 遠くで花火が打ち上がる。

 その明かりに照らされる少年の微笑み。

 このはは呼吸を止めて、その余韻に浸っていた。







「わたしも、だいすき」








 花火は鳴り止まない。誰も止める者はいない。

 誰も、二人を邪魔するものはいなかった。




 


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