カノジョより甘え下手なお姫様と、明るい王子様の話。
――私は、ずっと一人でした。
幼いアリスは膝を抱えて、ベッドの上で泣いていた。
両親は仕事で帰ってこない。自分の世話をしてくれるのは、家事手伝いの人たちだった。親しく接そうとしてくれた者もいたが、どうにも心を開けない。
結果として、アリスは泣きはしない無難なお得意様になっていた。
決して邪険に扱われていたわけではない。
それでも幸福かと訊かれれば、必ずしもそうではなかった。
『………………』
そんな少女の心の支えは、一つの絵本だった。
白馬の王子様がお姫様を迎えに来てくれる、そんなよくあるお話。だからアリスも、そんな都合の良い話があるなんて思ってもみなかった。
ただ、それと憧れは別の話。
『いつか、私にも現れるのでしょうか?』
夜空を見て、呟く。
流れ星がきらり、一筋流れた。
少女は願う。
いつか自分にも、そんな御伽噺のような相手が現れることを――。
◆
「……アリスちゃん?」
「え。あ、はい?」
手を引かれるままに歩いていたアリスは、健太の声にハッとする。
そして、彼の顔を見た。するとそこには柔和な笑みを浮かべる青年がいて、思わず視線をそらしてしまう。素直になれない自分が嫌になった。
「もうすぐ、打ち上げ花火の時間だね」
「打ち上げ花火……? あぁ、テレビでは見たことあります」
「そうなんだ。じゃあ、実際に見るのは初めて?」
「は、はい……」
彼の言葉に、アリスはたどたどしく答える。
打ち上げ花火がどんなものかは、もちろん知っていた。
だけど少女にとっては、あまり興味を持てないものでもあった。
「あの、久保さん……?」
「どうしたの、アリスちゃん」
「どこに、行こうとしているんですか?」
それよりも気になったのは自分たちの行く先。
健太はアリスの手を引いて、けもの道を突き進んでいた。浴衣の裾が少し木の枝に引っかかるのが気になって、上手く歩けない。
でも青年は、ずっと秘密だと言っていた。
「アリスちゃん、ってさ? ――どこかで、人に甘えられてないんだよね」
「甘えられていない?」
「そそ。甘えちゃダメ、って思ってる感じかな?」
「………………」
そして、こんな話をするのだ。
煙に巻かれたような感覚になるアリスは、眉をひそめた。
そんな少女の変化に気付いているのか、健太は愉快そうに笑う。
「でも、ね?」
そこで、ふと足が止まった。
一気に視界が開けて、見えたのは――。
「たまには、肩の力を抜いても良いんじゃないかな? ――お姫様」
眼下に広がる、夏祭りの光景だった。
「――――――!」
その景観に、アリスは息を呑んだ。
屋台の明かりに、夜空の星々のコントラスト。
だんだんと闇に包まれていくその世界の中には、間もなく――。
「綺麗……」
満開の花が、咲いた。
ここは特等席。何物にも妨げられない、そんな穴場だった。
アリスは言葉を失い、空に咲くそれに酔いしれる。円らな瞳にその輝きを映して、自然と祈りを捧げるように手を組んだ。
それはもしかしたら、あの日の流れ星の願い事。
少女のそれが、叶った瞬間かもしれなかった。
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