カノジョより甘え下手なお姫様と、明るい王子様の話。







 ――私は、ずっと一人でした。


 幼いアリスは膝を抱えて、ベッドの上で泣いていた。

 両親は仕事で帰ってこない。自分の世話をしてくれるのは、家事手伝いの人たちだった。親しく接そうとしてくれた者もいたが、どうにも心を開けない。


 結果として、アリスは泣きはしない無難なお得意様になっていた。


 決して邪険に扱われていたわけではない。

 それでも幸福かと訊かれれば、必ずしもそうではなかった。


『………………』


 そんな少女の心の支えは、一つの絵本だった。

 白馬の王子様がお姫様を迎えに来てくれる、そんなよくあるお話。だからアリスも、そんな都合の良い話があるなんて思ってもみなかった。


 ただ、それと憧れは別の話。


『いつか、私にも現れるのでしょうか?』


 夜空を見て、呟く。

 流れ星がきらり、一筋流れた。


 少女は願う。

 いつか自分にも、そんな御伽噺のような相手が現れることを――。







「……アリスちゃん?」

「え。あ、はい?」



 手を引かれるままに歩いていたアリスは、健太の声にハッとする。

 そして、彼の顔を見た。するとそこには柔和な笑みを浮かべる青年がいて、思わず視線をそらしてしまう。素直になれない自分が嫌になった。



「もうすぐ、打ち上げ花火の時間だね」

「打ち上げ花火……? あぁ、テレビでは見たことあります」

「そうなんだ。じゃあ、実際に見るのは初めて?」

「は、はい……」



 彼の言葉に、アリスはたどたどしく答える。

 打ち上げ花火がどんなものかは、もちろん知っていた。

 だけど少女にとっては、あまり興味を持てないものでもあった。



「あの、久保さん……?」

「どうしたの、アリスちゃん」

「どこに、行こうとしているんですか?」



 それよりも気になったのは自分たちの行く先。

 健太はアリスの手を引いて、けもの道を突き進んでいた。浴衣の裾が少し木の枝に引っかかるのが気になって、上手く歩けない。

 でも青年は、ずっと秘密だと言っていた。



「アリスちゃん、ってさ? ――どこかで、人に甘えられてないんだよね」

「甘えられていない?」

「そそ。甘えちゃダメ、って思ってる感じかな?」

「………………」



 そして、こんな話をするのだ。

 煙に巻かれたような感覚になるアリスは、眉をひそめた。

 そんな少女の変化に気付いているのか、健太は愉快そうに笑う。



「でも、ね?」



 そこで、ふと足が止まった。

 一気に視界が開けて、見えたのは――。



「たまには、肩の力を抜いても良いんじゃないかな? ――お姫様」



 眼下に広がる、夏祭りの光景だった。


「――――――!」


 その景観に、アリスは息を呑んだ。

 屋台の明かりに、夜空の星々のコントラスト。

 だんだんと闇に包まれていくその世界の中には、間もなく――。



「綺麗……」



 満開の花が、咲いた。

 ここは特等席。何物にも妨げられない、そんな穴場だった。

 アリスは言葉を失い、空に咲くそれに酔いしれる。円らな瞳にその輝きを映して、自然と祈りを捧げるように手を組んだ。



 それはもしかしたら、あの日の流れ星の願い事。

 少女のそれが、叶った瞬間かもしれなかった。



 

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