幼馴染と俺の出会いと、これからを考える。






 ――これは、俺とこのはが幼かった頃のお話。


 初めて彼女と出会ったのは、幼稚園に通っていた時だった。

 入園式で一言も発しなかった少女。どこか怯えた様子の女の子。そんな彼女から目を離せなかったのは、きっとそれが一目惚れ、初恋だったから。


『ねぇ、キミの名前は?』


 そう声をかけたのは、入園してから数日が経った頃だったか。

 一人で絵本を読んでいたこのはは、びくりと肩を弾ませて俺のことを見た。


『俺の名前はかずま! キミは?』

『……このは』


 しかし返事ができないわけではなく。

 あくまで怯えているのだろう、このははそう名前を口にした。


『そっか、このは! 一緒に遊ぼうよ!』

『え……?』

『あ、それとも絵本が良いのかな』

『ううん。別に、大丈夫だけど……』


 遊びに誘うと、まだ警戒しているのか彼女は目を逸らす。

 俺はそこで少し考える。そして――。



『無理に合わせなくて、いいよ?』



 笑いながら、彼女の頭を撫でた。

 自分がしたいことがあれば、無理に人に合わせる必要はない。彼女の意思を尊重できないのなら、それはきっと、俺の独り善がりに違いない。

 子供ながらに、それは間違ったことだと思った。

 すると少女は驚いた顔をしてから、



『……うん。一緒に絵本、読んでほしい』

『分かった!』



 小さく微笑んで、そう口にする。

 初めて見た彼女の笑顔に、俺も自然と笑った。

 隣に座って、よくある絵本に目を通す。途中でその感想を言い合って、お互いに意見を言い合って、笑い合って。気づけば、そんな日々が何日も続いて。




『かずま! わたし、かずまのお嫁さんになりたい!』




 少女の言葉が、嬉しかった。

 だから俺は誓ったのだ。



『うん、俺がこのはを守るよ!』――と。




 それはきっと幼い俺たちの、幼い約束で。

 今となっては、反故になっているかもしれないけれど。

 少なくとも俺にとっては、自分の一生を捧げても良いと思えるものだった。







「それから、小学校で龍馬と遊ぶようになって。家も近かったから、三人でどこかに出かけたりさ? ――あぁ、龍馬ってのはもう一人の幼馴染なんだけど……」

「………………」

「あの、アリス? 聞いてる?」

「…………この――」

「ん?」

「この、薄らトンカチ!!」

「いってぇ!?」



 殴られた! 親父にもぶたれたこと――あった。

 とにかく何故か分からないけど、思い出話の途中でアリスに思い切り頭を叩かれた。チカチカとする視界に少女を捉えると、立ち上がった彼女は腕を組んで俺を見下ろしている。顔には明らかな怒りを浮かべて。

 いったいどうしたのか。

 俺は困惑しながら、アリスの言葉を待った。すると――。



「どうして自分の気持ちを理解しながら、それを伝えないのですか!? あぁ、馬鹿なんですね! 大馬鹿なんですね!? これだから、男ってのは……!!」



 キーっと、髪を掻きむしって叫んだ。

 唖然とする俺。かといって、馬鹿呼ばわりされて黙っているわけにもいかない。なのでひとまず、言い返すことにした。



「だって、アレは子供の約束で。それに彼女の気持ちを無視は――」

「だってもそってもないです!! 本当に鈍感なんですね!! それとも、良い人アピールですか!? 自分が悪い人になりたくない、とか考えているのですか!?」

「お、おおう……」



 しかし、反論の暇さえ与えられない。

 顔を急接近させて怒鳴る少女に、俺は両手で待ったをかけながらのけぞった。



「ど、どうしたんだよアリス。そんな剣幕、見たことないぞ?」

「兄さんが馬鹿だからです!! お姉様のこと、考えているようで考えてない!」



 すると、アリスはそこで一度深呼吸をして。

 ふっと寂しそうな顔をするのだった。そしてこう口にする。



「…………女の子からなんて、そんな酷な話はないでしょう?」――と。




 それを聞いて、俺は何も言い返せなかった。




「お姉様が大切なら、しっかりと伝えてあげてください」




 アリスが深々と頭を下げる。




「お願い、いたします」

「アリス……」




 俺は従兄妹の姿に息を呑んだ。

 そして、こう答える。




「分かったよ、ありがとう」――と。





 まだ少し時間はかかるかもしれない。

 それでも必ず、腹を決めよう。それがきっと、




「このはのために、ね」




 最愛の女の子のためでもあると、そう信じて。


 

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