幼馴染が窮地に陥った。






「今日もありがとうね、和真!」

「気にすんな! 毎日来て良いんだからな!」

「うん! それじゃ、また明日!!」



 もうじき日も落ちそうな、そんな時間帯。

 このはは橋本家を出た。いつもより遅くなってしまったが、日の入りの時間も遅くなっているのだから、大丈夫だろう。

 そう思いながら、鼻歌を口遊みつつ少女は歩いていた。


「ホントに優しいなぁ、和真」


 その道すがら、彼女はそうつぶやく。

 幼馴染の少年は今日も、彼女にとっての救いだった。

 優しく、温かく、そして明るく。不安になりそうな瞬間があっても、和真がいれば大丈夫。そう心の底から信じることができた。


「…………はぁ、もう会いたくなっちゃった」


 そう考えていると、思わず少女はため息をつく。

 少しばかりいじけたように。早く明日にならないか、と。

 嬉しいような寂しいような、そんな時間をこれから過ごすのだった。


「早く、会いたいよ。かずまぁ」


 泣きそうになる。

 会いたくて、泣きそうになる。

 そして、いよいよ本当に涙を流しかけた。その時だった。



「よぉ、そこの姉ちゃん? 俺と遊ばないか?」

「…………え?」




 見るからにガラの悪い、年上の男性に声をかけられたのは。

 少し離れた位置からも分かる。酒臭かった。

 このはは、酒の臭いが苦手だ。



「いや……」

「あん? まだ触ってもねぇじゃねぇか」

「近寄らないで!」

「んだとぉ!? 少し顔が良いからって!!」



 だから、思わず拒絶の声が出た。

 すると男性は一気に感情を荒らげて、このはに迫る。



「へへへ、気持ちよくしてやるからよ。こっちこいよ」

「やだ、離して!!」



 そして、力任せに彼女の手を掴むのだ。

 下卑た口調で顔を近づけ、いよいよ鼻先が触れようとした。






「俺の――」






 その瞬間だった。







「――このはから、離れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!!」








 彼の声が聞こえたのは。



「ぐへぇ!?」

「和真っ!?」



 何かが、男性の顔面を捉えた。

 相手はその場にうずくまり、苦悶の声を上げる。すると、



「このは、大丈夫か!?」



 その間に、和真が割って入った。

 全速力で走ってきたのだろうか、大きく肩で息をしている。



「てめぇ、何しやがる!!」

「うるさい! 俺の彼女に手を出すな!!」

「彼女だァ!? ふざけんな、てめぇみたいなガキが!!」



 酒に酔った男性は、逆上した。

 そして、手を上げようとしたその時。





「……いいんすか? ほら、あっち」

「んあ?」





 和真が、男性の後方を指さした。

 その先にあったのは――。





「げ……!?」





 ――交番だった。

 そして、明らかに警察官がこちらを見ている。

 何だったら、今すぐにでも飛び出さんとしていた。



「ちっ、分かったよ」



 そこで、相手も急に冷静になったらしい。

 舌打ちを一つ打ってから、大股で立ち去るのだった。



「ふぅ……」



 それを見て、和真はぺたんと尻餅をつく。



「和真……?」

「いや、悪い。忘れ物届けに来たんだけど、腰抜けちまった」



 苦笑いする幼馴染。

 そんな彼に、このはは――。



「ありがとう……!」





 ついに堪え切れなくなった涙を流しながら、力いっぱい抱きついた。




 

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