幼馴染が人助けした。
「あれが、龍馬先輩に罵詈雑言を浴びせた――氷の女帝、如月このは!」
一人の少女が、遠巻きにこのはを見ていた。
手には担任から教室に運ぶよう言われたプリントの束。そこから小さな背をひょっこりと伸ばして、廊下の向こうからやってくる相手を見ていた。
サイドアップの金の髪に、蒼の瞳。
小柄で幼児体型の彼女の名は、水瀬アリスといった。
「まさか、この学校で一番人気の龍馬先輩をフルなんて……!」
緊張から唾を呑み込む。
このはを見ていると、アリスの胸は不思議と高鳴った。これはある種の畏怖なのかもしれない。少女は自分が絶対に届かない相手を目の当たりに、恐怖したのだ。
そして、次第に距離が縮まってくる。
廊下を行く人々はみな、如月このはに道を譲った。
無表情で、淡々と歩みを進める姿はまさしく――氷の女帝の名に相応しい。
「如月、このは……」
その時だ。
険しくも美しい彼女の尊顔に見惚れたアリスは、思わず――。
「――あ、しまっ!」
思い切り、廊下にプリントをぶちまけてしまった。
しかも氷の女帝の目の前で。
「す、すみません! 今すぐ片づけますから!」
「………………」
アリスは大慌てでプリントを拾い集める。
しかし、慌てれば慌てるほどに、手は滑ってしまった。すると、
「…………え?」
ひらり、一枚のプリントが目の前に差し出された。
面を上げると、そこにあったのは。
「如月、先輩……」
「手伝う」
このはの、思わぬ微笑みだった。
冷ややかなものにも思える。しかし、氷と言われる彼女には似つかわしくない。そのギャップに、アリスは完全に言葉を失った。
その間にこのはがサッサとプリントをまとめ、彼女に手渡す。
そして、静かにこう言った。
「次から、気を付けて」
颯爽と立ち去るこのは。
そんな先輩の後姿を見て、アリスは――。
◆
「へくちっ」
「ん、どうしたこのは? また花粉症か?」
「ううん。多分違うと思うんだけど、誰かがわたしの噂したかも」
「噂かぁ。このはみたいな美人だったら、近所で話題になるだろうなぁ」
「うぅ、もう! かずま!?」
「あはは、殴るなって~」
「むぅ!」
入学式シーズンを終えてしばらく経った、ある日の放課後。
俺の部屋ではいつも通り、二人の時間が流れていた。時折に会話をして、それ以外はなんとなくくつろいで。このはが甘えてきたら、頭を撫でる。
そんな光景が、もはや日常となりつつあった。
「とりあえず、風邪だと危ないから。早めのアレ、飲んどけって」
「うん、そうするね」
俺の提案に、頷くこのは。
そして、薬を準備しようと立ち上がった時だった。
「…………ん?」
「どうしたの、和真?」
「あぁ、いや。なんだか、寒気みたいなのを感じて……」
「和真も飲む? 早めのアレ」
「そうしておくか……」
俺も早めの市販薬を飲むことにする。
しかし、違和感は拭えなかった。
「なんだろう、この感覚……」
嫌な予感とも言い切れない。
とにかく、気を付けておこう――そう思うのだった。
◆
でも、俺は知らなかった。
「如月先輩、男の家に……?」
家の外で、そう呟く少女がいたことを……。
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