幼馴染が人助けした。








「あれが、龍馬先輩に罵詈雑言を浴びせた――氷の女帝、如月このは!」


 一人の少女が、遠巻きにこのはを見ていた。

 手には担任から教室に運ぶよう言われたプリントの束。そこから小さな背をひょっこりと伸ばして、廊下の向こうからやってくる相手を見ていた。

 サイドアップの金の髪に、蒼の瞳。

 小柄で幼児体型の彼女の名は、水瀬アリスといった。


「まさか、この学校で一番人気の龍馬先輩をフルなんて……!」


 緊張から唾を呑み込む。

 このはを見ていると、アリスの胸は不思議と高鳴った。これはある種の畏怖なのかもしれない。少女は自分が絶対に届かない相手を目の当たりに、恐怖したのだ。

 そして、次第に距離が縮まってくる。

 廊下を行く人々はみな、如月このはに道を譲った。

 無表情で、淡々と歩みを進める姿はまさしく――氷の女帝の名に相応しい。


「如月、このは……」


 その時だ。

 険しくも美しい彼女の尊顔に見惚れたアリスは、思わず――。


「――あ、しまっ!」


 思い切り、廊下にプリントをぶちまけてしまった。

 しかも氷の女帝の目の前で。


「す、すみません! 今すぐ片づけますから!」

「………………」


 アリスは大慌てでプリントを拾い集める。

 しかし、慌てれば慌てるほどに、手は滑ってしまった。すると、



「…………え?」




 ひらり、一枚のプリントが目の前に差し出された。

 面を上げると、そこにあったのは。




「如月、先輩……」

「手伝う」




 このはの、思わぬ微笑みだった。

 冷ややかなものにも思える。しかし、氷と言われる彼女には似つかわしくない。そのギャップに、アリスは完全に言葉を失った。

 その間にこのはがサッサとプリントをまとめ、彼女に手渡す。

 そして、静かにこう言った。



「次から、気を付けて」



 颯爽と立ち去るこのは。

 そんな先輩の後姿を見て、アリスは――。





「へくちっ」

「ん、どうしたこのは? また花粉症か?」

「ううん。多分違うと思うんだけど、誰かがわたしの噂したかも」

「噂かぁ。このはみたいな美人だったら、近所で話題になるだろうなぁ」

「うぅ、もう! かずま!?」

「あはは、殴るなって~」

「むぅ!」



 入学式シーズンを終えてしばらく経った、ある日の放課後。

 俺の部屋ではいつも通り、二人の時間が流れていた。時折に会話をして、それ以外はなんとなくくつろいで。このはが甘えてきたら、頭を撫でる。


 そんな光景が、もはや日常となりつつあった。


「とりあえず、風邪だと危ないから。早めのアレ、飲んどけって」

「うん、そうするね」


 俺の提案に、頷くこのは。

 そして、薬を準備しようと立ち上がった時だった。


「…………ん?」

「どうしたの、和真?」

「あぁ、いや。なんだか、寒気みたいなのを感じて……」

「和真も飲む? 早めのアレ」

「そうしておくか……」


 俺も早めの市販薬を飲むことにする。

 しかし、違和感は拭えなかった。



「なんだろう、この感覚……」



 嫌な予感とも言い切れない。

 とにかく、気を付けておこう――そう思うのだった。







 でも、俺は知らなかった。




「如月先輩、男の家に……?」




 家の外で、そう呟く少女がいたことを……。



 

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